THE21 » キャリア » AIにちょっと頼めばアプリ完成? バイブコーディングが日本のホワイトカラーを救う理由

AIにちょっと頼めばアプリ完成? バイブコーディングが日本のホワイトカラーを救う理由

2026年04月09日 公開

鈴木貴博(経済評論家、経営戦略コンサルタント)

鈴木貴博「THE21」

本連載では、未来予測の専門家(フューチャリスト)である鈴木貴博氏に、5回にわたってこれから起こりうる未来について、様々な切り口から読み解いてもらう。今回は、業務レベルでAIがもたらすと予想される革新について解説する。

※本稿は、全5回の短期集中連載「2040年の経済学」の第3回です。
『THE21』2026年5月号の内容を一部抜粋・再編集してお届けします。

 

「Claude Cowork」がもたらした騒動

2026年年初のアンソロピックショックで、ソフトウェア会社の株価が3割も下落する事態が起きました。アンソロピック社は、AIでOpenAIと肩を並べる勢いのある会社です。そのアンソロピックが、生成AIに法律や会計などの専門知識を組み込んだと発表したのです。

この結果、アンソロピックのAIツールは、営業、マーケティング、データ分析などの業務や、そのバックオフィスで必要な契約書のチェック、見積もり、請求書の発行なども自動的にこなせる能力を持つことになりました。

「つまり、高価な業務ソフトウェアに頼らずに、AIが代わりにやってくれるようになるということだよね」と多くの人が気づくことになりました。そして、「だとしたら、セールスフォースとかサービスナウといった企業活動のバックオフィスを担当するSaaS(Software as a Service)がいらなくなるんじゃないの?」

「富士通やIBMに頼らなくても、数年後にはAIがシステム開発してくれるようになるよね」という疑念が湧いて、ソフトウェアを提供する企業の株価が急落したのです。

この騒動、株式市場の動揺という視点では、いったん落ち着いています。先に結論をお伝えすると、それは正しい落ち着き方だと思われます。

その前提で、長期的に見て何がAI脅威論の本質なのか?

それでも最終的に「SaaSの死」はなぜ起きないのか?という問いについて考えていきたいと思います。

さて、アンソロピックショック後、わずか1カ月で私の周囲で起きたことからお話しします。

何人かの知人が、アンソロピックのClaude CoworkというAIを使い始めて、「はまった!」と騒ぎ始めています。

ある友人の場合、もともと個人会社を運営しているのですが、Claude Coworkをいじっているうちにどんどん自分専用の業務アプリで仕事を効率化してしまいました。

別の友人の場合は、やはり個人営業のコンサルタントなのですが、営業アシスタント、調査・資料作成スタッフ、財務担当スタッフのそれぞれの役割をこなすAIエージェントをClaude Coworkで作った、と主張しています。

これはバイブコーディングというアプリ開発手法です。AIに対話形式で「こんな感じのプログラムを作ってほしい」と伝えるだけで、AIがほとんどのコードを書いてくれるのです。

 

業務アプリのサービスを生成AIが次々と代行?

バイブ(Vibe)とは、音楽シーンの用語で「ノリ」とか「フィーリング」を意味する言葉です。ノリでプログラムを書いてもらうので、最初はだいたい不具合があるのですが、何度か対話で書き直させていくうちに、数十分から1時間程度で実用レベルのプログラムが出来上がります。

AI以前は、プログラミング言語を知らない人にはプログラムは書けなかったのですが、2026年時点の生成AI事情では、多くのツールで文系の素人ユーザーでもこのバイブコーディングを実用レベルでこなせるまでに進化しています。

さて、これをいったん経験してしまうと、その次もできそうな気がします。

零細企業の場合、日常業務で頼っている業務アプリといえば、①会計、②給与計算、③受発注、④請求書(インボイス)といったサービスを有料で利用しています。積もり積もってサブスク料金は年間30万円ぐらいにはなっているはずで、経営者なら、「これを生成AIが代わりにやってくれないかな?」と考えるでしょう。ないしは生成AIのエージェント機能を使うことで、「フリーソフトで日常業務を実行できるように業務の仕組みを再設計して」と頼める気がしてきます。

小さな会社であればあるほど、月額3000円の生成AIで業務システムをどんどん効率化できるならば、それは助かるはずです。そして、それに近いことが現実にできる環境になってきているのも事実です。

それではその次の段階はどうでしょう?

トヨタやパナソニック、日本航空といった大企業で、十数万人の社員がいっせいに同じように、業務カイゼンを始めたらどうなるでしょうか?細かい業務のカイゼンがどんどん積み上がっていって、生産性は一気に向上するでしょうか?実はここがこのアイデアのボトルネックです。

 

バイブコーディング実用化の4つの問題点

実際に問題点を理解できるように、バイブコーディングの手法で大企業の業務システムのプログラミングを変更してみましょう。

航空会社のイチ社員が、ある日、「空港に早く着いちゃった人が、スマホアプリから簡単に前の便の空席に無料で予約変更できるサービスを始めたらどうだろう」と、便利なシステム改修を思いついたとします。

確かに私も、大阪や福岡に出張する際に、空港で無駄に待って時間をつぶす経験をよくします。「いやいや、前の便を空席で飛ばすのは無駄だよね。後の便に空席ができたら他の人が乗ってくれるかもしれないしね。オレって天才かもと感じたよ」というノリでやってみましょう。

それを新しいスマホのアプリを作るのではなく、航空会社のアプリ自体のプログラムコードを改良して、予約システム自体をノリで改修するとしましょう。

この話の前提として、彼が使う生成AIは非常に性能が良くて、2028年バージョンぐらいの性能だと仮定します。つまり、今あるすべてのAIよりも力量は上だとします。それで何が起きるでしょうか?おそらく、うまくプログラミングできた場合でも、数百人目ぐらいの利用者の段階でエラーが出ます。致命的なバグがあった場合は、おそらく予約システムが止まります。

ものすごく簡単に、4つの問題として説明します。

まず、AIが作ってくれたプログラムは、AIも思いもよらないバグがあるものです。何度も動かしてテストしてはバグを発見する。このプロセスが当然必要です。これが一番目。

二番目に、プログラム自体はうまくできている場合でも、何らかの例外処理が引き金になってエラーが出るものです。企業のシステム改修においては、テストプログラム自体をきちんと作って、どのような利用者が使っても使えることを確認するプロセスが必要です。

この二つの問題は、それでもAIが進化して、バイブコーディングのプロセスに組み込むことは理論的には可能でしょう。近い将来、ここまでを生成AIが肩代わりしてくれる可能性はないとはいえません。

問題は三番目の、本番環境にそれをのせる段階です。大企業の業務システムは様々なシステムと連携しています。それぞれのシステムは様々なハードウェアで構成されていますし、中には年代物の古い言語で組まれたレガシーシステムも存在します。

そういった環境で新しい改修をしたところ、処理能力が不足してダウンするケースもあります。また、自分のシステムは動くけれども、隣のシステムとの連携がとれずに起きる障害もあります。

これを回避するには、新しい仕組みが必要でしょう。先端工場で使われるデジタルツインのように、システム上にシステムのツインを構築して、事前に問題点を洗い出す必要があるでしょう。これはシステム開発環境がかなり高度化する想定であり、並の大企業がこのレベルに到達するにはAIの進化以上の時間がかかります。

四番目の問題として、思いつきで行なった改修が、セキュリティの問題を引き起こす点も対処が必要です。大企業の業務システムはパソコンとは違うのです。

鈴木貴博「THE21」

 

業務プロセスのカイゼンにAIを利用するには?

さて、これらの問題点を考慮したうえで、それでも大企業の社員が、バイブコーディングで巨大な業務プロセスを自在にカイゼンして生産性を上げるための前提条件は何かを考えてみましょう。

わかりやすい解決策は二つ。業務システムをすべてアマゾンやマイクロソフト、グーグルなど巨大企業のクラウド上にのせてしまうこと。そして共用できる部分はできるだけSaaSに任せてしまうことです。

業務システムによっては、古いミニコン時代にCOBOL(プログラミング言語)で書いたプログラムがまだ走っている場合があるかもしれません。AIを駆使して、そういった古いシステムをリバースエンジニアリングして、新しい言語でクラウド上に再構築するといったことも、2030年代には当たり前に行なわれるようになるはずです。

そうすることで、大企業はハードウェアの運用に起因する能力不足や接続障害を気にしなくてもよくなります。また、運用面でのナレッジや人材も他の企業と共有できるようになります。

この環境ができるとどうなるのか?社員が思いつきのバイブコーディングで、業務プロセスをカイゼンしても大丈夫になります。たとえて言えば、大企業の基幹システムが、サイボウズのキントーンと同じように業務プロセスをいじって変えられるようになるのです。

この環境を前提にして、生成AIが今よりも進化した近未来であれば、現場の社員が思いつきで考えた業務プロセスのカイゼンについて、プログラムを改修し、適切なテストケースを自動生成したうえでテストを行ない、バグやセキュリティ上の脆弱性をなくしたうえで実装するという一連のやりとりが、AIエージェントの手で速やかに行なえるようになることが予想できます。

要するに、生成AIが進化をすることで起きるAI脅威論の本質とは、自社システムが時代遅れになってグローバルクラウドに取って代わられる未来がやってくるということです。

「ということは、大企業はクラウド上で、零細企業は生成AIによるバイブコーディングで、業務がカイゼンされる未来になるの?」と捉えるのも正しい未来予測ではないでしょう。

というのも、全世界のビジネスパーソンが業務改善のタスクを生成AIに頼るようになると、AIのパワーが足りなくなるのです。

 

アンソロピックショック後の「SaaSの進化」

「生成AI、僕が使いやすい会計システムをイチから作って」「生成AI、わが社の次期システムを設計して」とお願いするのはできないことではありませんが、それに使われるトークンの規模を想像すると、生成AIが有料化された近未来にそのタスクをAIに頼むのは現実的ではありません。

そうではなくて、「生成AIで従業員が次々と業務カイゼンできる、コスパとタイパが一番いいシステム環境を構築して」と頼むほうが、限られた資源を有効に使うという視点ではより現実的です。これがおそらく、アンソロピックショック後のソフトウェア産業に起きる変化です。

基本的には、世界の業務サービスは巨大なクラウド上で使われるいくつかのSaaSへと集約されていき、それらのサービス上では法務や会計、マーケティングやデータ分析などの専門サービスを提供するAIが実装されます。

そして利用者は、それらAIを使いこなすことで、自分向けにサービスをカスタマイズしてごきげんに業務をカイゼンするようになる。

これからやってくるのは「SaaSの進化」という未来なのです。

鈴木貴博「THE21」

プロフィール

鈴木貴博(すずき・たかひろ)

経済評論家、経営戦略コンサルタント

1986年、東京大学工学部卒業。ボストン コンサルティング グループにて数々の戦略立案プロジェクトに従事。2003年に独立し、百年コンサルティングを創業。著書に、累計20万部を超える「戦略思考トレーニング」シリーズ(日経文庫)や『日本経済 予言の書』(PHPビジネス新書)などがある。

THE21の詳細情報

関連記事

編集部のおすすめ

2028年にデイトレーダーが消える? AIが株式市場を凍らせる未来とは

鈴木貴博(経済評論家、経営戦略コンサルタント)

ヒト型ロボットが予感させる 「働かずに年収2000万円」の未来

鈴木貴博(経済評論家、経営戦略コンサルタント)

「世界をリードする日本」はもう描けない? ASI開発後進国がとるべき備え

鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)

ASIによる「理想の未来」実現、その障害となる2つのリスクとは?

鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)