2025年12月11日 公開

生成AIの進化・発展が止まらない。そして近い未来に、「ASI=Artificial Super Intelligence(人工超知能)」が完成する。1台で、人類全体の頭脳と同じ思考力を持った知能が誕生したとき、どんな世界が待ち受けているのか。本連載では、未来予測の専門家(フューチャリスト)である鈴木貴博氏に、3回にわたって「世界の政治」がどう変わるのかを読み解いてもらう。
※本稿は、全3回の短期集中連載「2040年のAI民主主義」の第3回です。
『THE21』2026年1月号の内容を一部抜粋・再編集してお届けします。
2040年。人類すべての頭脳を足し合わせたよりも賢い人工超知能(ASI)が出現する未来。その時代の政治とは、どのようなものになっているのでしょうか?
「人工知能に人類の未来を委ねるのは愚かな考えだ。あくまで政治とは人間ファーストであるべきだ」。もし、この時代の日本政府がそのように主張して、一時的にASIの政治への利用を停止したとしたら何が起きるのでしょうか?
これとよく似た状況が、25年の日本経済に起きています。日本企業は、他の先進国企業と比べて、AIのビジネス利用が遅れているといわれます。理由は単純で、2年ほど前にChatGPTが出現した当初、「ChatGPTのビジネス利用を禁止する」というルールを作った企業が多かったのです。
出現当初のChatGPTに、例えば社内のデータを打ち込んでグラフを作ってもらったり、社内の議事録を読ませてまとめてもらったりすると、そのデータをChatGPTが「学習する」仕組みになっていました。
ですから、大企業がChatGPTを使っているうちに、その企業の社内の会議の議事録はChatGPTにどんどん吸収され、他の会社の人がその大企業について調べると、機密情報だったはずのデータが公開されてしまうことになりかねないリスクがありました。それで大企業は慌てて人工知能の業務利用を禁止して、取引先の中小企業にもそれを徹底させました。
その後、環境が整うにつれて大企業では人工知能の業務利用が解禁されていくのですが、そのような事情がわからない中小企業では、いまだに人工知能の利用が禁止されたままという企業も存在します。
このわずか2年程度の話ではありますが、日本企業が人工知能の利用に躊躇している間も、アメリカ企業と中国企業は、生成AIをどのように業務に組み込んでいくのか、積極的に研究と実践を進めています。
それと同じ現象が2040年の人工超知能(ASI)出現時にも起きると考えてください。
「でも、たとえ日本が遅れたとしても、アメリカや中国のASIが先んじて『人類の最大多数の最大幸福』を考えてくれていれば、日本も救われるんじゃないの?」。そう楽観的に考えるとしたら、その考えは間違いです。
仮にアメリカが世界で最初に人工超知能ASI「ジーニアス」の開発に成功したとしましょう。アメリカ大統領がそのジーニアスを政治にフル活用するとした場合、ジーニアスはどのような政治的ゴールを設定するでしょうか。それは間違いなく、アメリカ支配によるアメリカの最大幸福のはずです。その理由は単純です。もし世界が最大多数の最大幸福になると、主だった先進国の生活水準は今よりも悪くなるのです。
今、世界人口を82億人と想定すると、IMFが算出する24年の世界GDP合計が約110兆ドルですから、世界の一人当たりGDPは1万3000ドル(約190万円)です。これに対してアメリカの一人当たりGDPは8万6000ドル(約1250万円)、日本は3万2000ドル(約470万円)です。
簡単に言えば、途上国から富を奪うことで、先進国は高い水準の生活を享受しています。これは、世界各国が合意する国際経済のルールの下で行なわれている合法的な搾取です。
世界には、水道も電気も通っていない場所に住む人たち、満足に教育も受けられない人たちがたくさんいます。アメリカでもヨーロッパでも、豊かな暮らしを求めて地続きの場所から押し寄せる不法移民が大きな社会問題になっています。
当然ですが、先進国で先に実用化されるASIは、世界全体の幸福よりも先に、国境で隔てた自国の最大幸福をどう維持するかが最大の目標となるはずです。アメリカのASIはアメリカの国益を、中国のASIは中国の利益を最優先することになります。
そしてEUでは、未来を巡る新たな分断が起きる可能性があります。というのもドイツのASIはドイツの、フランスのASIはフランスの利益を第一に、EUという枠組み自体をどう進化させるのかを考えるはずです。場合によっては、ドイツのASIがドイツのEU離脱を画策し、フランスのASIがドイツの離脱がフランスのマイナスになることからそれを阻止するような頭脳戦が起きるかもしれません。

この中国やロシア、イスラエルを含めた世界の先進国同士のASI覇権の行方を左右する要因が3つあります。
1つめは「時間差」。先にある超大国にASIが出現してから、他の先進国がASIを開発してキャッチアップするまでの間に、何年何カ月のタイムラグがあるかが1つめの重要要因です。
2つめは、資源としての「電力」です。データセンターの出力と言い換えてもいいかもしれません。産油国であるアメリカ、莫大な砂漠を有し、太陽光で有利な中国、そして原発で電力の大半をまかなっているフランスは、それぞれ国内の発電量の2割をASI向けに供出するようなリソース戦争においては競争上優位にあります。
3つめの要因は、前回の連載でも述べた「イデオロギー」と「嘘」の学習です。特に重要なのが、人工知能が国際政治を学習する際の大規模データです。学習材料が公的な白書や議会議事録、歴史書に限られるのか?
それとも魑魅魍魎が跋扈する国際政治の裏側まで学び切れるのか? それによってASIの政治判断力は大きく異なります。
アメリカには、ある一定の期間が過ぎると機密資料が開示される制度があります。一方で、現在進行形で行なわれている政治にかかわる機密資料は、厳しく閲覧制限がなされます。最高機密においては、大統領ですら「Eyes Only(読むことだけ許可)」とスタンプが押された資料を手にします。
仮に大国が思い切って、これらすべての最高機密資料をASIに学習させたとしたら、その結果育つASIは、どれほどに知的腹黒さを兼ね備えた怪物に育つのでしょうか?
これは私の推測ですが、おそらくアメリカと中国は、そこまでASI開発を振り切るはずだと考えます。
そしてこの3つの競争要因においては、日本はいずれも劣位にあります。優秀なエンジニアの量でも、電力供給やデータセンター建設のインフラ面でも、日本が世界をリードする未来は、今のところ描きにくい状況にあります。さらには、政治面で重要な機密資料は、官僚たちが個人的、グループ的に隠し持ち、最終的には墓場に持っていくシステムが確立しています。
結果的に、超大国と日本の間には、政治を担当するASIに優位と劣位が生まれます。このことが2040年の国際政治、グローバル経済にどう影響するのでしょうか?
危惧されることは、世界の自由貿易や資本主義、脱炭素に代表される環境枠組などすべてのルールが、アメリカと中国、そしてEUに有利なルールに書き換わっていくことです。
アメリカ大統領が密かにASI「ジーニアス」の活用に振り切って以降、わずか数年の期間で、世界のルールは極端に米欧中が有利なルールへと移行するかもしれません。
当然ながら2040年には、日本だけでなく韓国、インド、東南アジア、中南米諸国などから大きな不満の声が上がります。
しかし、それらの声は一つにはまとまりません。なぜなら、それらの反対勢力のASI全部を足し合わせても、アメリカ一国、ないしは中国一国のASIの思考能力の1万分の1程度の思考能力にしかならないのです。
しかもアメリカのジーニアスは巧妙に、各国それぞれに違ったかたちでの国益を与えることで、それぞれの国の間に分断を引き起こし、世界の弱小国がいっさい連帯できないような手を打ちます。
2040年の未来では、韓国は戦後100年に向けて日本の戦争被害を主張し、台湾はフィリピンとの間での領土問題が漁業権の関係でさらに深刻な状態に陥ります。その陰にジーニアスがうごめいているのです。
日本はアメリカから大量のモノを買わされ、中国に企業や不動産を買い漁られ、それに抗しようにも国際ルールを盾に修正は難しく、しかも共同戦線を張ってくれる外国政府はまばらにしか存在しない状況に追い込まれるでしょう。
その状況から脱却する方法はあるのでしょうか?
結局のところ、話は最初に戻ってしまいます。日本も政治にASIを起用するしかないというのが結論です。それは他の国々、例えばカナダもオーストラリアもインドもサウジアラビアも同じです。
仮にアメリカの「ジーニアス」が世界最高峰の性能を持っていて、世界を出し抜く様々な国際戦略、国際ルールを打ち出して私たちを支配しようとするとします。
それでも私たちが保有するASIにできることがあります。それは人類の能力をはるかに超えた推論です。

アメリカが世界に向けて新しいルールを要求した際に、世界各国のASIは、その結果、世界経済に何が起きるのかを推論で予測することが、人間よりもはるかに精密にできるようになります。
2040年の「ジーニアス」が日本に対して何かを要求するたびに、日本のASI「ソーリー」は、それで日本経済や日本社会がどうなるのかを、地球シミュレータよりも正確に予測するでしょう。
その結果、日本政府はアメリカ政府に「NO」と言うことができます。それは他国政府も同じです。ドイツ政府も、トルコ政府も、ベネズエラ政府も、アメリカの要求について拒否し、受け入れない権利は持っているのです。
つまりこの時代、国際政治で最後に物を言うのは「主権」であり「主張」だということがはっきりします。
たとえアメリカのASIが、日本やインドネシアやニュージーランドのASIの1万倍賢い存在だとしても、その要求を呑むのか吞まないのかを決める権利だけはしっかりと確保することが何よりも大切になるのです。
もちろんそれでも、1万倍頭のいいASIによる謀略で、どこかの国が陥れられることがあるでしょう。その場合、弱小国たちは結束して「しっぺ返し」をするという戦略があります。これはゲーム理論の「囚人のジレンマ」の解とされる一つのアイデアです。
もしアメリカが、世界のどこかの国を、その人工超知能の思考能力で陥れるようなことがあれば、その次は、たとえ世界各国が多少の損になったとしてもアメリカに対して手ひどい打撃になるような罰を受けさせるという戦略です。
囚人のジレンマではこのように、ひどい目にあわされたら報復をすることを繰り返すうちに、世界は協調に向かうことがわかっています。
さて、最後に私たちが覚悟しておくべきことは何でしょうか? 今から15年先の未来はあっという間に到来します。そこでは確実に、今とは格段に性能が上がる人工知能と私たち人類は対峙することになります。
その進化発展を遅らせる動きもありますが、それは得策ではありません。世界の誰かが出し抜いて先に進化するからです。
そうではなく「確実にそのような時代がもうじき到来すること」を前提に、今のうちからその時代のルールを考えておくこと、それが何よりも大切だということが、今回の連載で皆さまに一番伝えたかった私からのメッセージです。
更新:12月16日 00:05