2013年04月01日 公開
2023年05月16日 更新
人間を知るために読書は大いに役に立つ。しかし、本を1冊読むごとに、その本に影響されて自分の考えがブレるようではまずい。リーダーの資質の第一は志。考えがコロコロと変わる人には誰もついてこない。
「たとえば、TPP反対の本を読んで反対派になり、TPP賛成の本を読んだら賛成に回る、というようなことでは困ります。
本のなかで語られている主義主張や政策といったものは、必ず根拠をもっています。そして、その根拠は数字にすることができるはずです。数字で表わした根拠をベースに判断する習慣をつければ、本を読んでその主張を鵜呑みにするということはなくなります。
たとえば、私は以前から『江戸時代は日本の歴史のなかで最悪の時代だ』といい続けています。『でも、出口さんは近松門左衛門も歌舞伎も好きでしょう?』といわれることもありますが、私の論拠は極めて簡単なことです。
江戸時代は食料の輸入ができずに栄養失調が蔓延し、末期には日本人男性の平均身長が150cmほど、体重は45kgくらいになってしまった。これが数字で表わした1つの根拠です。
鹿鳴館外交の時代に日本の女性が身に着けた衣装の現物が残っていますが、これをみるといまの小学校4年生くらいの体格だったことがわかります。
このように、データとファクトを根拠に考えてみると、私自身はそんな栄養失調の社会に生まれたくはないし、またそんな社会に子供を生まれさせたくない。もちろん、江戸時代には優れた文化が生まれているし、戦争のない平和な時代だったことも事実です。
しかし、政治の本来の役割は、みんなにご飯を食べさせて安心して赤ちゃんを生めるという最低限の水準を守ることでしょう。そう考えると、平均身長や平均体重が最低になる社会は最悪というしかありません。
このように、表面的な議論に囚われるのではなく、数字・ファクト・ロジックという、しっかりした"岩盤"にまで掘り下げて考えるクセをつければ、本で読んだ内容にいちいち振り回されることはないでしょう」
ところが、現実には浅薄な読書に走るビジネスマンも少なくない。出口氏はこの点を厳しく指摘する。
「日本の大企業のなかには、若い人を集めて、『報告・連絡・相談』が組織運営の基盤である、と説教をするような人が多くいます。『ホウレンソウが組織運営の要』と書かれたビジネス書を読んでいる人が受け売りでいっているわけです。人間を知らないにもほどがあります。
私は大学を出て大会社に入りました。新入社員のときに上司がどうみえたかというと、『20も年上で、うっとうしいオッサンやな』と(笑)。“うっとうしいオッサン”だと思ったら、誰が報告・連絡・相談をするかという話ですよ。
人間を知っていれば、いわゆるホウレンソウというのは部下に強いるものでなく、管理者自身のための言葉だということがわかります。若い人に元気がなかったり、腹が立ったような顔をしたりしていたら、こっそり別室に呼ぶとか、昼食に誘うなどして、報告・連絡・相談をしやすい雰囲気をつくるのが上司の仕事でしょう。
人に会っていない、古典も読んでいない、旅もしていない、だから人間を知らない。人間がつくる社会も知らない。そういう人が浅薄などジネス書を読んで受け売りをしているのでしょうね」
リーダーにふさわしい人間になるための40歳からの研鑽。それは、強い意志でやり抜く、といった類のものではない。ポイントは「習慣化」と「楽しさ」だという。
「30歳で上京したときからライフネット生命をつくる60歳まで、私は毎晩、誰かと会って飲んでいました。ウィークデイに自宅で夕食を食べたのは1日しかありません。朝起きたら1時間、新聞を複数紙読むことと、寝る前1時間の読書も、長年続けている習慣です。あとは、健康のためにたくさん食べて、たくさん眠ることもルールです。
こういうと、『どうやったらそんなに時間をつくれるのか』と疑問に思うかもしれませんが、基本的には気のもちようです。まず、捨てられるものは捨てる。私はテレビとゴルフを捨てました。
これだけでずいぶん時間ができます。そして、習慣にすることです。忙しいからといって、風呂に入らない人はいないでしょう。読書や新聞を読むことも、風呂や歯磨きと同じ習慣にしてしまえばいい。強い意志をもって歯磨きを継続している、という人はいないでしょう。
どういう人と会うか。私の基準は単純です。一緒に酒を飲んでみて、楽しかったらずっと話し続けるし、楽しくなかったら『今日はちょっと体調が...』『仕事が残っていますので』などといって早く切り上げます(笑)。
どんなに地位のある人でも、周囲が『神様のような人だ』と評価している人物でも、楽しくなければその人から学ぶことはできません。本と同じで、楽しくないものは身につかないのです。本の場合は、私は最初の3ページを読んでつまらなければ読むのをやめてしまいます。好きこそものの上手なれ、ということだと思います」
ライフネット生命保険〔株〕代表取締役社長
1948年、三重県生まれ。1972年、京都大学法学部を卒業し、日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部こて経営企画を担当したのち、大蔵省担当として金融制度改革に取り組む。1992年、ロンドン現地法人社長。95年、国際業務部長。2006年、退社。同年、ネットライフ企画〔株〕を設立し、代表取締役に就任。2008年、保険業免許取得に伴いライフネット生命保険〔株〕に社名変更。
(『THE21』2013年4月号 [総力特集]40歳から伸びる人の「大人の勉強法」 より》、内容を一部抜粋・編集より)
更新:11月22日 00:05