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48歳が最低、82歳が最高 幸福度のU字曲線が示す老後の希望

和田秀樹(精神科医)

和田秀樹氏「60代~」

昔はたくさんの人たちに囲まれていたが、老後は寂しく送るという例も珍しくない。幸せな老後を送るため、自身の栄光時代とどのように向き合うべきなのか。和田秀樹氏の著書『60歳で離れる人、60歳からつきあう人』(PHP研究所)より解説する。

※本稿は、和田秀樹著『60歳で離れる人、60歳からつきあう人』(PHP研究所)より内容を一部抜粋・編集したものです。

 

昔の自分との比較が老後の幸せを奪うことも

私は高齢者専門の医師として日頃からいろいろな境遇の高齢者と接していますが、そのなかで感じるのは、かつて社会的地位の高かった人や裕福な人が定年後も幸せかどうかはわからない、ということです。むしろ、そうした「過去の栄光」が、今の自分を素直に受け入れることの妨げになってしまうこともあるのです。

たとえば、かつて大企業で部長を務めていた方が、退職後「運転が好きだからタクシーの仕事をしてみたい」と思っても、周囲の目や世間体が気になってしまうこともあるでしょう。お客さんに丁寧に接して頭を下げることも、現役時代の自分の立場と比べてしまって、どこか抵抗を感じてしまう人もいるかもしれません。

あるいは、「有名企業出身」「元部長」などの肩書きを誇りにしている人は、定年後にパートやアルバイト、地域活動などを始めても、昔の自分と比べて価値が下がったように感じてしまい、素直に新しい環境を楽しめないことがあります。

また、現役時代に高収入だった人が、定年後に収入の少ない仕事やボランティアを始めたとき、「昔はもっと稼いでいたのに」と過去と比べてしまい、不満や不幸を感じてしまうこともよくあります。本来なら新しい挑戦を心から楽しめるはずなのに、過去の地位や栄光が今の生活を曇らせてしまうのです。

こうしたことを理論的に説明したのが、心理学者で行動経済学者でもあるダニエル・カーネマンです。彼は、「人間の幸福は絶対的な条件で決まるのではなく、参照点との比較によって決まる」ということを示しました。たとえば、年収1000万円から600万円に減った人は、「損をした」と感じてがっかりしますが、逆に500万円から600万円に増えた人は、「得をした」と感じて幸せになります。たとえ同じ600万円でも、感じる幸せの度合いがまったく違うのです。

これはお金だけの話ではありません。

大企業の経営者だった人が、入居金数億円の超高級老人ホームに入ったとします。内装は高級ホテルのように豪華な施設で、一流のシェフが毎日5000円の料理を用意し、スタッフもホテルのコンシェルジュ並みに丁寧に接してくれます。それでも、現役時代に高級レストランや周囲の厚遇に慣れていた人にとっては、物足りなさしか感じられないのです。

逆に、質素な暮らしをしてきた人が特別養護老人ホームに入れば、毎日おかずが何品も並ぶ食事に喜ぶことができますし、スタッフのちょっとしたサポートに感謝の気持ちを抱くこともあるでしょう。

つまり、人はどうしても今の自分の状態を「過去の自分」と比べるため、過去の参照点が高ければ高いほど、今の現実を「それより下」と感じて、不満や物足りなさが生まれてしまうのです。参照点が上がれば上がるほど不幸になっていくといえるかもしれません。

 

孤独と不満の老後にしないために今からできること

この参照点の考え方は、たくさんの人の老後を見てきた私にも納得できるところがあります。というのも、人は高齢になればなるほど、体力や記憶力が落ちたり、できることが少なくなったりと、心身ともにネガティブな変化が増えていくのが普通です。しかし、人は歳を重ねるにつれて、幸福感が高まっていく傾向があるのです。不思議なことに思えるかもしれませんが、これは実際にデータでも証明されています。

ある経済学者が世界132カ国で「人生の幸福度と年齢」の関係を調べたところ、幸福度は48歳前後でもっとも低くなり、その後は上昇に転じ、82歳前後でピークを迎えるという結果が出たのです。これは「エイジングパラドックス(加齢の逆説)」と呼ばれ、世界中で共通して見られる現象です。

なぜ、人は48歳ごろにもっとも不幸を感じ、82歳ごろにもっとも幸せを感じるのでしょうか。

その理由として、48歳前後には子どもの独立や親の介護といった家庭内の大きな変化が重なること、住宅ローンや教育費、老後資金といった経済的な責任がまだ重くのしかかっていることなどが挙げられると思います。

そしてもうひとつ大きいのは、「参照点が変わる」ことではないでしょうか。

48歳前後は、多くの人がキャリアのピークを過ぎ、昇進の機会が減り始め、体力の衰えや老いへの不安を強く感じる時期です。一方、周囲の人のなかで、大きく出世したり成功したり、また子どもが一流大学に合格したりする人が出てきます。

それ以前の「ピーク」や周囲の成功者を参照点にしてしまうため、収入や役職、体力が少し落ちただけで、「大きな不幸」に感じやすくなったり、周囲との比較で自分はダメだと思いがちです。

ところが、この時期を過ぎると、多くの人が「叶わなかった夢もあるけれど、人生の終わりというわけではない」などと徐々に受け入れられるようになり、「今あるもの」に目を向けるようになる傾向が強くなります。私が診ている患者さんたちも、80代以降は「自分は歩けるだけで幸せだ」と口にする方が少なくありません。周りに歩けない人が増えていくなかで、歩ける自分を素直に喜べるのです。

また、高齢になればなるほど薬が効きやすくなるため、薬を飲んで体が少し楽になっただけで「起き上がれるようになった」「行動できるようになった」と、その一歩を前向きに受け止める姿勢も見られます。

つまり、参照点が過去の自分の栄光や他人との比較ではなく、「自分の足で歩ける」「美味しくご飯を食べられる」といった、日々の暮らしのなかの小さな喜びや確かな実感に変わっていくことで、人は幸せを感じやすくなるのです。

やはり、幸せというのは客観的な条件で決まるものではなく、主観的な感覚で決まるもの――今を幸せと感じれば幸せであり、不幸だと思えば不幸になるのです。

高齢になっても立派な地位や財産に恵まれているのに、なぜかいつも不機嫌そうな方がいます。

その一方で、社会的な地位や財産はけっして高くなくても、周りの人のちょっとした気遣いや優しさに心から感謝し、毎日を楽しそうに過ごしている方もたくさんいます。

たとえどんなに素晴らしい肩書きや役職も、その人の人生をずっと輝かせ続けるものではないのだと、私は感じています。

もしも、これまで自分の出世や立場ばかりを気にして生きてきたとしたら、歳を重ねてから、仲間と心から打ち解けたり、周りの人の温かさに気づいて感謝したりすることは、少し難しくなってしまうのではないでしょうか。

そして、たとえどれだけ出世を重ねてきたとしても、定年後に待ち受けているのが孤独と不満の日々なら、その人の晩年はけっして幸せとはいえないでしょう。

私は高齢者の方々のそうした姿をたくさん見てきて、心の底から「自分は年老いてからそんな思いはしたくない」と思うようになりました。

では、これからの時間をどう過ごせばいいのでしょうか。

私は、社会的な地位や肩書きよりも、周りの人と心地よい関係を築けているか、毎日を自分らしく、心穏やかに過ごせているか――そうした日々の小さな幸せこそが、人生の後半を幸せに生きるための大事な土台になると思っています。

仕事や家庭で背負ってきた役割から解放されたこれからの時間は、もう他人の評価や期待、過去のしがらみに縛られる必要はありません。

自分が心から楽しいと思えること、やりがいを感じることを大切にしながら、心地よい距離感で人間関係を築いていく――それが60代以降を幸せに生きるための、何よりの秘訣なのです。

プロフィール

和田秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪市生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カールメニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、立命館大学生命科学部特任教授、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック(アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化したクリニック)院長。著書に、『医学部にとにかく受かるための「要領」がわかる本』(PHP研究所)、『老いの品格』『頭がいい人、悪い人の健康法』(以上、PHP新書)、『50歳からの「脳のトリセツ」』(PHPビジネス新書)、『感情的にならない本』『[新版]「がまん」するから老化する』(以上、PHP文庫)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『80歳の壁』(幻冬舎新書)、『自分は自分 人は人』(知的生きかた文庫)など多数。

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