2013年02月07日 公開
2022年12月08日 更新
《 『THE21』2013年2月号[総力特集:「いい仕事」ができる人の条件]より》
取材・構成:笠原崇寛/写真:永井浩
現場に立ち戻って仕事の意味を再確認する
百貨店業界は、長く売上げの低迷が続いている。しかしそのなかで、旧弊を打破する試みに積極的に取り組み、魅力ある店舗づくりを行なっているのが、〔株〕三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長だ。業界を代表する経営トップは、「仕事を楽しむ」ということについてどう考えているのか。
「私は社長になったいまでも、店舗を見回る際に思わず、接客に夢中になってしまうことがあります。百貨店の仕事の面白さは、なんといっても目の前のお客様に喜んでいただけることに尽きます。どんなに疲れていても、店頭に立つと元気が出てくる。この気持ちは、業界に入ってから今日まで、変わらずに持ち続けてきました。
多くの人に当てはまることだと思いますが、入社当初は現場にいて、その仕事の面白さを肌で実感していたはずです。だからこそ、いまの会社、いまの仕事でこれまで続けてこられた。
しかし年数を重ねて、中間管理職の立場になってくると、次第に現場から遠ざかってしまう。百貨店の場合なら、店頭よりも事務やマネジメントの仕事が増えて、お客様の顔を直接みることが少なくなってしまうのです。
そうすると、自分がなぜこれまでこの会社で働いてきたのか、だんだんみえなくなってくる。その結果、毎日雑務に追われるばかりで、仕事がつまらないと感じてしまうのです。
そんなときこそ、原点に返って新人に戻ったような気持ちで、現場に立ってみるのがいいと思います。どんな仕事であっても、その先には必ず“お客様”がいます。自分の働きが、誰に、どんなふうに役立っているのか。それを自分の目でみて、仕事のやりがいを再確認するのです。私も社員によくいっていますが、管理職ほど意識して現場に足を運ぶべきでしょうね」
新しいことをやるから仕事は楽しくなる
大西氏は、社長に就任以来、さまざまな改革に取り組んでいる。メーカーの商品を並べて売るだけではなく、百貨店自らが企画・製造に携わるオリジナル商品の充実や、店休日の導入と営業時間の短縮を決定するなど、従来のルールに縛られない試みに挑戦している。これもすべて、受け手である“お客様”を考えてのことだという。
「お客様から『このサイズの靴はないの?』とご要望があれば、そのニーズに応えるよう努力する。当然それは、たいへん重要なことです。しかし、お客様からいわれてから動く御用聞きだけではダメなのも事実。お客様が口にはしないご要望、もしかしたらお客様ご自身も気づいておられない潜在ニーズを察知して、先回りして応える。それこそが仕事の面白さです。
たとえば、弊社では『ナンバートゥエンティワン』という婦人靴のオリジナルブランドを展開していますが、これは現場の社員がお客様のニーズを汲み取って、デザイナーやメーカーと協力してかたちにしたもの。よくて数千足という婦人靴の世界で、3万足近い売れ行きのヒット商品になっています。
また、買い物をする場所が多様化する現在、百貨店にはよりきめ細やかな接客や、より質の高いサービスが求められます。店休日の導入や営業時間の短縮を決めたのも、現場がより活力をもって働ける環境をつくることで、新しい時代の百貨店のモデルづくりに挑戦するためです。
もちろん、新しい試みがすべて成功するとはかぎりません。私の経験上、3回に1回ぐらい成功すればいいほうではないでしょうか。しかし、変化するいまの時代に、失敗を恐れていままでどおりのやり方に留まってしまうのは、未来に大きな失敗を招く行為なのです。
いつも新しいことに取り組むからこそ、心地よい緊張感をもって働けるし、お客様にも期待を超える感動を提供できる。1人ひとりがそれぞれの仕事のレベルにおいて、少しでも新しいことを取り入れていけるかどうかが、組織全体の仕事の楽しさ、そして強さを左右するのではないしょうか」
「異質な考え」に出合い自分の発想の枠を広げる
そして大西氏は、取り組むべき新しいことを見つけるには、自分の仕事の現場だけに留まっていてはいけないと話す。
「目の前の仕事に集中しようとすればするほど、つき合う人も、ふだん自分の周りにいる人や自分と同じような人間に偏りがちなものです。そして、知らず知らずのうちに会社や業界の論理にとらわれて、それが絶対的な基準になっていく。すると発想も、従来の枠組みを出ない限定的なものになってしまうのです。
そうならないためには、できるだけ自分とは異なる人たちに会うことです。
かつて私も、上司からそのことを教えられました。入社7年目のときに新規のプロジェクトチームに配属されたのですが、そのときの上司が毎晩のように飲み歩く人でした。でも、ただお酒を飲むのではなく、デザイナーや芸術家、小説家、ときには政治家など、ほんとうにたくさんの人に会っていた。私はカバン持ちでついて回っていたのですが、初めは遅くまでつき合わされて、正直しんどかった。
しかし、ふだん会わないような人たちの話を聞くうちに、自分のなかにそれまでにはなかった発想が生まれてくるのがわかったのです。百貨店マンでありながらも、その枠組みにとらわれてはならないということを、教えてもらった気がします。
じつは、自分と異なる人たちに会うことは、ストレス対処の点でも有効なのです。仕事のストレスというのは、往々にして自分の視野の狭さが原因になっていることが多いもの。自分や自分の周りの人にはない考え方を知れば、いま抱えている悩みや葛藤についても、異なった見方ができるようになります。
従来のやり方が通用しなくなっているいまの時代だからこそ、自分にはない情報や考え方を積極的に受け入れていくべきです。そうして自ら『変化』を求めていくことが、仕事の楽しさにつながるのではないでしょうか」
(おおにし・ひろし)
〔株〕三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長
1955年、東京都生まれ。1979年、慶應載塾大学商学部を卒業し、〔株〕伊勢丹に入社。紳士服を長く担当し.営業部長などを歴任。執行役員などを経て、2008年3月より、〔株〕伊勢丹常務執行役員と〔株〕三越取締役常務執行役員を兼任。2009年6月から、〔株〕伊勢丹代表取締役社長。2012年2月より、〔株〕三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長を務める。
更新:11月25日 00:05