2012年10月31日 公開
2022年12月07日 更新
20年慣れ親しんだ会社から新天地に移籍する決意を後押ししたのは、『患者さんの役に立つ』という自分の"志"だった――。
こう語るのは、第一三共〔株〕代表取締役社長兼CEOである中山讓治氏。ここでは、中山氏が大きな決断や悩みを前にした際に行ってきたメンタルの維持方法を紹介します。
(取材・構成:杉山直隆/写真撮影:永井浩)
※本稿は、『THE21』2012年11月号総力特集「折れない自分の作り方 プロビジネスマンの心を強くする習慣」より、内容を一部抜粋・編集したものです。
国内第3位の医薬品メーカーである第一三共〔株〕。2年前から同社を率いる社長の中山讓治氏は、バラエティに富んだキャリアの持ち主だ。
サントリーの酒類営業や財務を経て、医薬品子会社の社長に就任。その会社が第一製薬に買収されると、第一製薬の取締役に。さらに、三共と合併した後、現職に昇格した。
異なる環境でもまれることで、強い心を手にしたのではないだろうか? そんな問いを投げかけると、意外な答えが返ってきた。
「さまざまな経験を積んではきましたが、若いころと比べて、自分の心が強くなったかというと、そうは思いません。まだまだ弱いままだと思っています。第一三共の社長になってからは、それを改めて実感しましたね」
医薬品メーカーの生命線は新薬を生み出すことだが、その開発には数百億円もの資金がかかる。うまくいけばリターンは大きいが、リスクも大きい。失敗すれば、会社が傾くことも十分にありえる。
「医薬品の難しいところは、公共性の高さ。製薬会社は、リターンばかり考えずに、利益の出にくい分野の医薬品開発にも乗り出す社会的使命があります。
その代表的な例が、子供用のワクチン。採算がとりにくいのですが、子供たちを守るためには踏み出さなければいけない分野だと思うのです。ただ、それを言い訳に、赤字を出すことは許されない。
従業員に十分な給料を払い、株主が期待する収益を上げることも必要です。ですから、何に投資するかを決断するのは非常に難しいですね。
ただ、決断するのを怖がっていては、いつまで経っても前に進めません。そこで、強がることなく、自分の弱さを認めたうえで、心を乱さない準備をするようにしています」
その「心を乱さない準備」とは、「最悪の状況をシミュレーションすること」だ。
「そもそも決断に恐怖を感じるのは、どれほどの悪いことがふりかかるのか、わかっていないから。そこで、この決断をしたときに起こり得る、最悪な状況とは何か。2番目、3番目に悪い事態とは何か。これらを考えて、書き出して、つらつらと眺めているんですね。
このように現実を突きつけてみると、暗い気持ちになりそうですが、実際はその逆。だんだんと『まあ、せいぜいこの程度か』『命までとられることはないだろう』と勇気が出てきて、決断できるのです。
ときには、厳しい結果が出る可能性が高い決断を下さなければならないこともありますが、どんな失敗が起こるか覚悟しておけば、のちに受けるショックも少なくなります。
私はこのシミュレーションを毎朝、出社前にするようにしています。以前は前日の晩にしていたのですが、夜にすると寝られなくなってしまうのですよ。
シミュレーションは、第一三共の社長になるよりずっと前、サントリーにいたころからしています。最初は予測の精度が低かったのですが、繰り返すうちに、精度が上がってきた。いまでは想定外の事態が起こることは、ほとんどなくなりました」
中山氏がシミュレーションをするのは、難しい決断をするときに限らない。プレゼンの前や、上司や部下と面談をする前にも行なってきたという。
「『こんなことを話そう』『私がこういったら、相手はこんな答えを返してくるのでは』といったことを事前に考えて、メモしておくのです。
本番では、メモのとおりに話が進むとは限りませんが、それでかまいません。『相手の出方はだいたい想定できている』と思えると、非常にリラックスして、プレゼンや対話に臨めるんですね。
私は、仕事の場で話すときには、たとえ五分程度の会話だとしても、つねに事前準備を欠かさないくらいの緊張感をもつべきだと思っています。それは、冷静に話せるようにするためでもありますが、相手の貴重な時間をムダにしないためでもあります。
相手の時間を奪うことに敏感にならなければ、周囲の評価は得られないでしょう。ベテランになればなるほど、油断して準備をしなくなりがちなので、注意が必要だと思います」
更新:11月25日 00:05