2025年09月18日 公開
グロービス経営大学院が主催する「あすか会議」は、年に一度、各業界のトップリーダーと学生(在校生・卒業生)および教員が一堂に集い、開催するカンファレンスです。21回目の開催にあたる「あすか会議2025」には約1,200人が参加。グロービスグループが地方創生に取り組む茨城県水戸市に集い、学びを深めました。
本稿では、「あすか会議」で行われた、慶應義塾大学総合政策学部教授/公益財団法人国際文化会館常務理事の神保謙氏と慶應義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏、同志社大学法学部教授の村田晃嗣氏、株式会社サキコーポレーションファウンダー/三菱商事株式会社取締役の秋山咲恵氏(モデレーター)によるセッション「トランプ時代の世界の行方 ~不確実性を増す世界の動向を探る~」から、アメリカを動かす構造についてのお話をご紹介します。
――ご自身の専門分野の視点から、これからの世界の動向についてお話いただけますでしょうか。
【神保】いま世界全体が内向きになっています。国際システムは、本来、国同士の合意とルールを基盤に成り立ち、そして貿易を通じて利益を高めてきました。しかし、それが進みすぎると、社会のまとまりやナショナリズムが刺激され、最終的には国家単位に戻っていく。
この流れが続くと、力や資源を持つ大国は依然としてルールを押し付けたり変えたりできますが、日本や多くのアジア諸国、例えばシンガポールといった国にとっては、ルールに基づく秩序を維持することこそが国益なんです。この点でアメリカとは違う発想を持たないといけません。
たとえば、トランプ政権が「リベレーションデー」と称して相互関税を発表した際、アジアで最も感情的に怒ったのはシンガポールのローレンス・ウォン首相でした。同国はアメリカに対して大きな貿易黒字を抱えているわけではないので、最低の10%関税で、彼は交渉しているわけです。それでも強い危機感を示したのは、ルールを無視する形で国際貿易の秩序の前提が崩れることが、中小国家にとってレバレッジポイントを失うことにつながるからです。
ですから、このルールをどう組み替えていくのかということに焦点を合わせた外交を強化する必要があります。日本が一生懸命関税交渉をするのは大事ですが、同時に日本にとって最も良いルールは何かということを考える必要があると思います。
実際、第一次トランプ政権時には、TPPを離脱したアメリカを差し置いて、日本が主導してCPTPPを11か国で成立させました。この枠組みに参加を希望する国は、アジアの中でもインドネシアやフィリピンなど多数あります。そうなると、相互関税による貿易転換効果が起こりますから、多くの国がアメリカから離れた新規市場を探すときに、日本がルールを提供することのリバウンドはとても大きいと思います。
――新しいルールを構築していく際には、力を持ってない国が、数の力でチームを組んで対抗していくのか、あるいは力を持っている国も取り込めるようなルール設計にするのか、色々なアプローチがあると思います。その辺りにイメージはありますか?
【神保】多国間の貿易ルールは、それに加入しているかどうかで明確なメリットがあることが大事です。EUの例では、ボスニアヘルツェゴビナは90年代に民族対立で殺戮を繰り返してきましたが、EUに入るためにはしっかりとしたガバナンスと平和的な体制がなければダメだということで、民族の融和と権力の分立が進みました。ルールの中に入ることによっていろいろな問題が解決するということが重要です。
【竹中】まず、力とは何かを考えます。トランプはアメリカ大統領として政治的権限を持っている。そしてアメリカは、強い軍事力と大きな支持を持っているわけです。そのトランプを止めるものがあるとすれば、それはマーケットの力です。
トランプが報復関税を発動すると発言した瞬間、アメリカの株価は下落し、ドルに対する信頼が低下、さらに債券も値下がりし、いわゆる「トリプル安」の状態となりました。そこで慌てたトランプは関税発動を90日間延期しました。このことからもわかるように、私たちはマーケットのパワーを信頼すべきです。そして、その力を利用して、日本が中心となってマーケットを動かすための制度改革を行う必要があります。
参院選でも、そういうことはほとんど議論されていません。日本は「自由貿易の上に成り立っている」と語られがちですが、実際にはほとんどの農産物に関税をかけています。
今後は、日本がCPTPPの対象国であるASEAN諸国なども巻き込み、自由貿易圏をさらに発展させ、一つの大きな力にしていくべきです。そのためにはまず、国内の政策をしっかりと整備するという発想を持つことが不可欠です。
――それでは、村田先生は何に注目されていますか?
【村田】アメリカ国内のことと、それからグローバルなことを2つ申し上げたいと思います。
トランプ大統領は大統領令を乱発していますが、過去を振り返ってみると、第二次世界大戦中の日系アメリカ人の収容や、リンカーン大統領の奴隷解放宣言も、大統領令によって実行されました。これらが示すように、大統領令は歴史上、時に過激な手段として用いられてきたのです。
また、60年代の公民権法制定後も人種差別が繰り返されたように、社会は常に前進するわけではなく、前進と後退を繰り返しながら少しずつ変化していくものです。このような長期的な視点を持つことが重要な気がいたします。
グローバルな視点に目を向けると、確かに戦後アメリカが支えてきた国際秩序が揺らいでいます。これまでの秩序の中で、日本は「フリーライダー」とまでは言わないまでも、少なくとも「チームライダー」であったことは間違いありません。私たちはこの「不都合な真実」を突きつけられているんだろうと思います。
2010年代にドイツのメルケル首相が指摘したように、EUは世界の人口の7%でありながら、世界のGDPの25%を占め、社会保障費の半分を消費していました。これは、彼らが国防費に金を使ってこなかった結果です。
この状況に対し、アメリカは異議申し立てをしてきており、我々もどれだけ「バーデン・シェアリング(負担分担)」の覚悟を持つかが問われています。これまでの国際政治の議論では、どうしても国をひとつの単位として捉えがちですが、実際にはアメリカ国内には多様な勢力が存在します。
私たちはこの「アメリカ」という国単位の枠を超え、その内部の様々な勢力に直接働きかける新たなアプローチを考えるべきです。特に重要なのは、次世代のリーダーたちとの関係構築です。これまでの日米関係のように、東海岸や西海岸の特定のエリートに限定するのではなく、アメリカ国内のダイナミクスの変化を読み解き、より微細なアプローチを行うことが求められていると思います。
【神保】竹中先生が先ほどおっしゃったトランプ政権に影響を及ぼすものは何かという自分なりの見方をお話したいと思います。今回トランプ大統領は選挙でぼろ勝ちしました。 一般投票で上・下両院をとって、さらに最高裁判所も共和党が多数を占めたため、かなり強い全能感を持った政権なんです。
彼は、イデオロギーに反発する人々を次々と排除し、USAIDや関連財団の権益を解体するなど、文化大革命並みの変化を国内にもたらしています。対外的にはディールによって相手に圧力をかける外交を展開しています。
このようなトランプ政権に制約を加えるものがあるとすれば、それは主に2つあると思います。1つは、まさに竹中先生が指摘された"市場"です。相互関税を巡る債券市場の動きは、政権に大きな恐怖を与えたと見られます。
2つ目は、アメリカが産業面で抱える他国への依存関係です。例えば、中国に対して最大145%の関税をかけた際、比較的早い段階で115%に引き下げられた交渉がありました。この背景にあったのは、アメリカの中国に対するレアアースの依存だと言われています。 供給停止によって自動車産業が生産ラインを停止したのです。また、造船分野においても、アメリカ国内では船をほとんど建造できず、海外への依存を余儀なくされています。こうした依存関係こそが、アメリカの政策を動かす力となるのです。
そして、最後にはおそらく民主主義に戻ってくると思います。もし関税が中国製品に高率で課され続ければ、10月から12月にかけてのホリデー商戦、特にハロウィーン、サンクスギビング、クリスマスにおいて、ウォルマートのような大手小売店は棚に商品を並べることができず、消費者は高額な商品を買うことになります。このような事態になったら、政権は有権者の反発に負けることになります。
私たちは、このようにアメリカを動かす構造を正確に理解した上で、国際情勢全体を語ることが極めて重要です。
更新:09月21日 00:05