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戦略人事に取り組む企業はたった4割 今こそ問われるマネジメントの重要性

2025年08月20日 公開

西谷晴信(PHP研究所認定エグゼクティブコーチ)

マネジメント

「人間力」を磨き、部門経営者を育てることを目的としたPHPの研修事業。講師陣は、企業・組織において様々な現場を経験し、時に修羅場を乗り越えてきた実務者ばかりだ。

本稿では、PHP研究所認定エグゼクティブコーチの西谷晴信氏がその研修の一部「人が育つ組織風土を作るマネジメントの重要性」と「自律考動型社員の育て方」について解説する。(構成:坂田博史)

※本稿は、『THE21』2025年9月号より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

日本の現況を理解し、環境変化へ適応せよ

皆さんは、現在の日本の状況をどのようにとらえているでしょうか。

スイスのビジネススクールIMD(国際経営開発研究所)は毎年、世界競争力ランキングを発表しています。かつて日本は1位でしたが、2024年は38位。過去最低です。

従業員エンゲージメント調査で定評のあるアメリカのギャラップ社によれば、日本には「熱意あふれる社員」はたった5%しかいません。

国連の持続可能な開発ソリューションネットワークが発表している世界幸福度ランキングにおいて、日本は55位(2025年)となっています。

現在の日本が、こうした残念な状況であることをまず理解しておく必要があります。

日本の「失われた30年」の状況を見て、京セラ創業者の稲盛和夫氏は次のような内容の発言をされました。

「繁栄、成熟という言葉に踊らされて、日本は緩慢なる衰退に陥っている。平成の失敗は、トップが夢や願望を語らなかったことにあるのではないか」

私も強く共感します。
経営を取り巻く環境は激変しており、産業構造の転換や事業ドメインの見直しが早急に求められています。

例えば、自動車メーカーは内燃機関で走る自動車から電気や水素で走る自動車への転換を迫られています。これまでの強みが強みでなくなる中、自社や自部門は何のためにあるのか、組織のミッション・ビジョンが問われているのです。

テクノロジーも急速に進化しています。デジタル技術を理解したうえで、有効活用することができない企業は早晩、時代に取り残されてしまうでしょう。

労働力不足を背景に働き方改革が進み、人材マネジメント上の遠心力が高まっています。多様性(ダイバーシティ)を実現しつつ、組織としての一体性(インクルージョン)をバランスさせていくことが望まれていますが、これも簡単ではありません。

従来の常識や価値観が次々と転換しており、過去の成功法則が今も成功につながるとは限りません。過去にとらわれない「素直な心」で現実を直視することが大切になっているのです。

 

経営戦略と人事戦略の連動が「人的資本経営」のカギ

3つの重要な視点

これだけ多様で大きな環境変化に対処して生き残るためには、企業変革が不可欠です。では、どこを目指して変革すればよいのでしょうか。

皆さんは「人材版伊藤レポート」をご存じでしょうか。経済産業省が2020年9月に発表したこの報告書の冒頭、一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏は、こう問いかけています。

「日本企業は本当に社員を大切にしてきただろうか」

その後、2022年5月に「人材版伊藤レポート2.0」が取りまとめられ、企業変革のための人材戦略の方向性が提示されました。最重要ポイントは、人的資源・管理から「人的資本・価値創造」への変革です。人を大切な資本と捉え、人的資本に投資することで、人の成長と活躍を促し、中長期的な企業の価値向上につなげていくことが求められています。

経営陣には、企業理念、企業の存在意義(パーパス)や経営戦略の明確化とともに、経営戦略と連動した人材戦略の策定と実行も求められています。

人材戦略の立案に当たっては、「経営戦略と人材戦略の連動」「As Is─To Beギャップの定量把握」「企業文化への定着」という3つの重要な視点が挙げられています。

こうした変革が上手く進んだならば、これまでの画一的な雇用システムから脱却し、キャリアの多様化が実現することでしょう。だから私は、この方向で変革を進めることを目指していきたいと思っています。皆さんはどう思われるでしょうか。

5000社以上の企業を調査した、日本の人事部の「人事白書調査レポート2022」によれば、戦略人事に取り組んでいる企業は約4割に過ぎません。戦略人事に取り組まない理由としては、「何をすればいいのかがわからない」が約4割となっており、経営戦略と人事戦略の連動はまだまだ進んでいないことがわかります。

経営層や人事担当者だけでなく、現場を預かる管理職の皆さんが、こうした変革の方向性を理解し、意識しながら日々のマネジメントを行なうことが、今後、さらに大事になってくるのではないでしょうか。

 

「マネジメント」とは?「目的」と「目標」の違い

私たちは、「マネジメント」という言葉を日常的に使っていますが、日本語に訳すとすると、どんな言葉が相応しいと思いますか。私は「管理」と「経営」がマネジメントだと考えています。部長は部を管理し、経営する役割で、課長は課の管理者であり経営者です。こうした意識を皆さんは、持っているでしょうか。

管理職が果たすべきことは、適切なマネジメントによって、個々の強みを活かしながら、組織の目的と目標を達成すること。これが、管理職である皆さんがやるべきことです。

目的と目標は違います。目標とは目指すべき状態であり、定量化できる売上や利益などです。「〇〇さんのようになりたい」といった定性的な目標のケースもあるでしょう。皆さんは、メンバーに目標(WHAT)を与え、目標を達成するための方法(HOW)も伝えているかもしれません。

それらに加えて目的(WHY)も伝えているでしょうか。そもそも、なぜ今期この目標に取り組むのかというWHYを語っているでしょうか。目的と目標をセットで伝えているかどうか。ぜひ振り返ってみてほしいと思います。

目標は下がることはなく、次々とより高い目標が与えられます。メンバーに目標疲れが生じ、職場に疲弊感が漂っているとしたら、目標の先にある目指す意味、目的が感じられていないからかもしれません。管理職は、「そもそも何のためにその目標を目指すのか」を語り、メンバーと話し合うことが疲弊感の払拭につながります。

組織の目的と目標を明確にしたうえで、組織から預かった経営の5大資源「ヒト、モノ、カネ、時間、情報」を最大限有効活用し、組織成果を最大化するための行為全般が、マネジメントなのです。

 

「成果=結果+プロセス」プロセスまで把握できているか

それでは、成果とは何でしょうか。私は、「成果=結果+プロセス」だと考えています。

1000万円の売上目標に対して実績は900万円だった。これは結果です。結果だけを見てメンバーを評価していないでしょうか。結果を出すためにメンバーは数々の努力をしたはずで、それがプロセスです。こうしたプロセスを観察し、把握しているでしょうか。

管理職はメンバーの評価者でもあります。結果とプロセスを踏まえた評価ができなければメンバーからの信頼は得られません。努力によって新しくできるようになった技能やスキルがあったとしたら、それは成長です。そうした成長を評価することも大事なことです。

「成果とは、使命に対する貢献度合いであり、お客様にプラスの変化をもたらすこと」

著名なアメリカの経営学者ピーター・F・ドラッカーは、成果をこのように定義しました。普段何気なく使っている言葉をしっかりと定義し、正しく使うことを大事にしましょう。

次に「経営」を理念として定義してみましょう。
第1定義「経営とは、企業、組織を〇〇させること」
第2定義「経営とは、事業活動を通じ社会に○○すること」
第3定義「経営とは、組織や事業内容を〇〇し続けること」
それぞれの〇〇には漢字2字が入ります。どんな言葉が適切か、少し考えてみてください。

答えは「存続」「貢献」「変革」です。
経営とは、絶えざる変革によって貢献のレベルを維持向上させ、もって組織(部門)を存続させるすべての活動を指します。

さらに、管理職に求められる3つの役割・機能についても考えてみましょう。
1「〇〇をあげること」
2「〇〇を強化すること」
3「新しい〇〇を創り出すこと」
先ほどと同様、漢字2字が入るのですが、わかるでしょうか。

答えは「成果」「組織」「価値」です。
1の「成果をあげること」と、2の「組織を強化すること」に取り組んでいる人は多い印象がありますが、3の「新しい価値を創り出すこと」にも力を注いでいるでしょうか。自らの行動を振り返ってみてください。

 

組織の構成要素は3つ 競争力の差は何が生むのか

個と場の相乗作用

「集団:グループ」と「組織:チーム」も違います。組織が成立するための要素は次の3つ。
1「目的がある」
2「貢献意欲がある」
3「活発なコミュニケーション」

これは、アメリカの経営学者チェスター・バーナードによる組織の成立要件で、共通の目的をもった個人の集まりが組織やチームであり、自分の個性を活かす貢献意欲、活発なコミュニケーションによる情報共有も組織には欠かせません。

つまり、メンバー全員がやる気と主体性をもって活き活きと活動し、各自の個性と能力が存分に発揮され、それがある方向に向かって結集されて、前進し続けている組織が、強い組織なのです。

こうした理想の組織が100点満点だとしたら、あなたの組織は何点ぐらいでしょうか。不足している部分があなたの組織の課題です。ぜひ課題を明確にしてください。

経営は、「理念」と「戦略」と「実行」という3つの要素で構成されています。何のために働くのかという経営理念やパーパスがあり、成果を出すための正しいシナリオである戦略があり、それらの現場での実行力で差がつきます。競争力の格差の源泉は、徹底してやり抜く実行力なのです。

 

「自律考動型」社員とは? 若い世代の動機づけ要因は?

リモートワークが増え、メンバーと直接顔を合わせる機会が減り、管理や把握が以前よりも困難になりました。VUCAの時代には正しい答えを誰も知りません。価値観は多様化し、対話の重要性が高まっています。

こうした変化に適応できる「自律考動型」社員を育成したいと思いませんか。自分で自分を律することができ、考えて動ける社員、それが自律考動型社員です。

仕事(ワーク)と私生活(ライフ)の関係も大きく様変わりしています。昭和の時代は、ワークの中にライフがありました。平成になり、ワークライフバランスが大事だと言われ、仕事と私生活は切り分けられました。令和の現在は、人生100年時代となり、全人生の中に仕事人生が含まれています。ライフの中にワークがあるのです。

ワークライフバランスからワーク・イン・ライフへ。現在の若い人たちは、こうした自分たちとは違う価値観であることを理解できているでしょうか。

あくまで一般論ですが、若い人たちに「行間を読め」と言っても通用しません。若い人たちを動かすためには、シンプルでわかりやすい言葉でコミュニケーションをとることが大切になります。阿吽の呼吸の「ハイコンテクスト」ではなく、言語化による「ローコンテクスト」が大事なのです。

ATD(Association for Tale nt Development)人材育成国際会議の調査結果によれば、ミレニアル世代を動機づける最大の要因は、社会やコミュニティに対する影響力や貢献といった「インパクト」です。

企業理念やパーパス、その仕事を行なう目的や理由をしっかりと伝えることが、若い世代の働く意欲につながるのです。

著者紹介

西谷晴信(にしたに・はるのぶ)

PHP研究所認定エグゼクティブコーチ

大学卒業後、外資系製薬企業に勤務。営業分野を中心として人財開発部の仕事に長く従事。ミドルマネジャーを対象に、主に「組織マネジメント」や「チームビルディング」をテーマとしたコンサルティング業務を担当。2013年、大学院で心理学修士課程を修了後は、人材育成学会に所属し、ミドルマネジメントをテーマとした研究活動も行なっている。

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