2025年06月06日 公開
ミライロの企業理念は「バリアバリュー」。「バリア(障害)」として捉えていたことも、考え方や周囲の向き合い方次第でバリュー(価値)に変えられる、ということだ。バリアをバリューに変えるビジネスを展開し、今年3月24日には東証グロース市場に上場した同社の創業社長・垣内俊哉氏に、成長の理由を聞いた。
取材・構成:川端隆人、写真撮影(垣内氏):長谷川博一
※本稿は、『THE21』2025年7月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
――業績が伸びている要因は何でしょうか?
【垣内】2021年に成立した改正障害者差別解消法が昨年施行され、障害者に対する合理的配慮の提供が民間事業者に義務づけられました。それを受けて、「何から取り組むべきか」「まずは現状把握をしたい」といった企業からの相談を多くいただくようになっています。
バリアフリー化や障害者雇用の促進、商品開発、サービス改善など、様々な切り口で関わらせていただいています。さらに、2019年にリリースした「ミライロID」をはじめ、労働集約型のビジネスから転換したことも、業績に大きく貢献しています。コロナ禍での業績悪化を経て、しっかりと反転攻勢をかけていく流れを作れました。
――ミライロIDは障害者手帳をデジタル化するアプリですね。
【垣内】あまり知られていませんが、障害者手帳には292(ミライロ調べ)もの異なるフォーマットがあります。自治体ごとの発行で、身体・精神・知的のカテゴリーによっても異なるからです。
そのため、窓口や受付で提示された障害者手帳が本物かどうか、所持しているのが本人かどうか、瞬時に正しく判断することができず、確認に時間がかかります。
時間がかかることへの遠慮から、「すみません」と言いながら障害者手帳を提示する方も少なくありません。
ミライロIDを使えば、障害者手帳の確認が簡単になり、不正利用も防げます。障害者と、サービスを提供する事業者との、双方にメリットがあります。
リリース初年度は、利用できる事業者は6社だけでしたが、その後、マイナポータルとも連携してインフラとして認知されるようになり、現在は約4100社になっています。
ユーザー数は約47万人。日本に障害者は約1165万人いて、そのうち障害者手帳を持っている方は約610万人ですから、まだまだ伸びしろがあります。
ミライロIDは、ユーザーからも事業者からも料金をいただいていません。電子クーポンの利用やスポーツ観戦などの障害者割引チケットの購入ができるようにしたり、他社のサービスと接続して、その接続料をいただいたりすることで、収益を得ています。
例えば、ミライロIDは、コカ・コーラ社のアプリ「CokeON」とも連携しています。
自販機は、どの商品もボタンの形状が同じです。ですから、これまで視覚に障害のある方にとっては、自販機で飲み物を買う際、何が出てくるかわからない状態でした。それが、ミライロIDと連携した「CokeON」を使えば、音声でガイダンスを受け、決済までできます。コカ・コーラ社としても、より多くの人たちに自社の製品を届けられるようになりました。
「困っている人に手を差し伸べたい」という善意は尊いものですが、それだけだと継続は難しい。「導入すると御社のコストが減ります」「お客様が増えます」といったビジネスのロジックに落とし込むことで、事業を広げています。
――労働集約型からの転換というのは?
【垣内】例えば、きっかけはコロナ禍で実地のレクチャーが難しくなったことでしたが、「ユニバーサルマナー検定」をeラーニングに移行しました。
障害者に限らず、高齢者、妊婦や子ども連れ、外国人など、多様な方々と向き合うための「マインド」と「アクション」を体系的に学び、身につけるための検定です。
――どのような方が受講しているのでしょうか?
【垣内】様々ですが、例えば、ヤマト運輸などのセールスドライバーの方々にも受講していただいています。
私の場合だと、インターホンが鳴ってから、ソファーから車いすに移って、玄関ドアを開けるまでに、時間がかかります。聴覚障害のある方だと、インターホンが鳴ったことに気づくのが遅れがちになります。
こうしたことをセールスドライバーが知っていれば、「ちょっと長く待ったほうがいいな」という判断ができます。その結果、問題になっている再配達の発生率も減らせます。
社会的意義もあるし、コスト削減やサービス改善にもつながるということで、多くの企業に取り入れていただいています。
障害者と接するとき、「無関心」か「過剰」のどちらかに寄ってしまう方が多い。何もしないか、必要以上に世話を焼いてしまうか、です。その原因は、知らない、経験がないことです。まずは「知らない」を「学んだことがある」という自信に変えていくことが大切。そのための検定です。
私は「ハードは変えられなくても、ハートは変えられる」と常々言っているのですが、すべての職場をバリアフリーにはできないとしても、そこで働く人たちの意識は変えられます。それを、「マナー」という形で広げていこうというのが、当社の姿勢です。
――他にも数多くの事業を手掛けていますね。
【垣内】私自身が大学進学に際して必要性を感じた「バリアフリーマップ」を作るところから、当社の事業は始まりました。
そこから、施設や設備についての提言やコンサルティングのニーズに応えるようになり、障害者への対応を学びたいというニーズにも応えるようになり......と、複合的になっていくニーズに応えてクロスセル(上乗せ販売)ができているのも、成長の一つの要因です。
――上場して、新たな株主からの期待も感じていると思います。
【垣内】SNSなどを通じて寄せられるのは、障害のあるお子さんがいるお父さんお母さん、ミライロIDユーザーからの「応援しています」「ミライロに成長してほしいから、少額ですが株を買わせてもらいました」といった声です。お金だけでなく、共感という「資本」が集まっているのを感じます。
上場日に東証で鐘を鳴らしたときには、車いすに乗っていても手が届くように、スロープが用意されました。今後、また車いす使用者が鐘を鳴らすときに備えて、スロープは保管されるそうです。早く第二、第三の利用者が現れてほしいですね。
――今後、特に注力する事業は?
【垣内】日本の主要都市の鉄道駅はエレベータ普及率が100%に近い。ニューヨークやロンドンで3割ほど、パリでは1割未満です。「ここまでできているんだ」ということを我々はもっと誇るべきですし、それは日本の大きなポテンシャルだと思います。
飛鳥時代に制定された班田収授法では、障害者にも口分田が与えられること、障害の程度に応じて税の減免がなされることなどが規定されていました。1300年も前からこんなことをしていた国は、日本以外にありません。
先人たちがバリアフリーに取り組んできた土壌があるからこそ、当社のビジネスが展開できているのだと思います。
そのことに感謝しながら、今後は、ミライロIDをいっそう広げていくとともに、テクノロジーへの投資をメインにしていきたいと考えています。
例えば、すでにアプリ内でJR四国の切符を購入できますが、これを他の鉄道会社にも広げていきたい。人手不足が進み、駅員が減っていることへの対応策にもなります。
【垣内俊哉(かきうち・としや)】
1989年生まれ、岐阜県出身。骨形成不全症という遺伝性疾患のため、幼少期より骨折が多く、車いすでの生活を送る。2010年、立命館大学在学中に(株)ミライロを設立。13年、(一社)日本ユニバーサルマナー協会を設立し、代表理事に就任。令和3年度『財界賞・経営者賞』経営者賞受賞。著書に『バリアバリューの経営』(東洋経済新報社)などがある。
更新:06月13日 00:05