2025年03月21日 公開
農業は日本では衰退産業――。そうイメージしている人が多いだろうが、成長産業へと転換させようとしているのが日本農業だ。狙うのは、人口が増え、所得も向上している東南アジアへの輸出の拡大。そのために、農産物の生産にも参入している。創業者でCEOの内藤祥平氏に、その目指す先を聞いた。(取材・構成:川端隆人、写真撮影(内藤氏):まるやゆういち)
※本稿は、『THE21』2025年4月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
――日本農業という社名には、どのような思いを込めているのでしょうか?
【内藤】日本の農業全体に対してインパクトを与えられる会社になりたいと思ってつけました。
当社のビジネスは、決して複雑ではありません。
日本の農業が成長していないのは、日本の人口が減っていて、農産物の需要が減っているからです。
一方、海を越えると、人口がどんどん増えていて、しかも、1人当たりGDPが伸びている東南アジアの国々がある。そこに日本の農産物を売れたら、日本の農業は成長産業になる。そんな簡単なロジックです。
――そこで、まずは日本のリンゴを仕入れて海外で売るところから始めたということですね。
【内藤】最初のうちは、戦略がどうこうというよりも、本当に手当たり次第に、タイなど、現地のバイヤーに当たっていきました。実績も何もありませんでしたから。
海外に日本の農産物を売るというのは、もちろん以前から行なわれていたビジネスですが、実は、商社などの大手企業はそれほど力を入れてきませんでした。そこに、当社は全力で取り組みました。
世の中には農業以外にもビジネスはいくらでもあります。「短期間で大きな利益を上げられるビジネスは?」という基準で順位づけをすると、農業は上位には入ってきません。例えばリンゴなら、木を植えてから最初の収穫ができるまでに5年もかかりますから。
1年ごと、四半期ごとに数字が問われる大手企業は、10年スパンで取り組むようなビジネスにはなかなか本腰を入れられないという事情もあるのだろうと思います。
ただ、農業というのは、中期的、長期的にしっかり取り組めば、マーケットの規模が非常に大きいですし、ある日突然、需要がなくなるということもない。時間がかかるのはすべてのプレイヤーにとって同じですから、参入障壁にもなります。腰を据えて取り組めるなら、ビジネスとして魅力的だと思います。
――農産物の生産にも参入して、生産から輸出まで一気通貫で行なっているのは、なぜでしょうか?
【内藤】成長産業にするためには、まず需要を増やして、増えた需要に対して供給サイドで生産を増やすことが必要です。かつ、増えた海外の需要にフィットした農産物を生産しなければなりません。
ところが、日本の農業はかなり疲弊しているのが現状です。「海外で需要が増えたから、増産しよう」という発想になりにくい。
減反政策に代表されるように、「需要は基本的に増えないものであって、下手に増産すれば豊作貧乏になってしまう。だから、供給量を減らしながらうまくやっていきましょう」という発想が染みついていて、長い間、増産をしてこなかった業界です。
そこで、農家からの仕入れも続けながら、自分たちでも生産を手がけることにしました。
幸い、青森県でリンゴの生産を始めようとしていると、当社の考え方を「面白い」と言ってくださる方々、「一緒にやりたい」と言ってくださる方々に出会えました。リンゴ農家、集荷・梱包や加工に携わっている方など、様々な分野で応援してくださる仲間が少しずつ増えていきました。
良い出会いに恵まれて、やってこられたと思っています。
――農産物を大量に輸出している農業大国がある中で、日本はさらに輸出を増やしていけるのでしょうか?
【内藤】例えば、中国は世界一のリンゴの生産国で、東南アジアへの輸出量も多いのですが、高品質だとは認識されていません。一方、日本のリンゴは高品質というイメージを持たれています。
また、アメリカなどの果物は、品質は評価されているものの、どんどん増産して新しいマーケットに輸出できる状況かというと、そうではありません。大量生産が以前から進んでいて、さらに増産する余地が少ないうえに、農業用水の供給の問題など、それぞれに事情を抱えているからです。
それに対して日本では、人手不足という問題はあるものの、まだまだ増産する余地があります。国内需要が伸びないために、品質を高める研究が進んだ一方で、生産性向上のための取り組みはあまり進んでこなかったからです。
リンゴについて言えば、青森県の土地生産性はアメリカの3分の1くらい。労働生産性は3分の1を下回ります。
そこで当社では、イタリアから始まって、アメリカやニュージーランドでも広がっている、「高密植栽培」という栽培方法を導入しています。これによって、生産性が3倍になります。もちろん、高品質と両立しながらです。
加えて価格の面でも、日本産の農産物は、高品質ながら、それほど高くありません。良くも悪くも、日本ではアメリカなどの国々ほど人件費が上がっていないからです。さらに、円安も影響しています。
――海外での生産も行なっているということですが、その目的は?
【内藤】タイのチェンマイで、イチゴを生産しています。
品目によっては、日本で生産するよりも、日本の技術を使って、海外で作ったほうがいいものもあります。
一つは、日持ちのしない果物。イチゴなどはまさにそうで、日本で作ったイチゴを海外で売るとしたら、時間のかかる船便は使えず、航空便を使うしかありません。すると価格がかなり高くなってしまいます。現地で「日本ブランド」のイチゴを作ることで、富裕層だけでなく、上位中間層もターゲットにできます。
もう一つは、旬の時期にしか出荷できない品目です。例えばブドウは、日本で作ると、夏の始まりから秋口までしか供給できません。こうした品目については、季節が日本と違う海外で生産するメリットが大きいのです。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
【内藤】先ほどもお話ししたように、農業は時間のかかるビジネスです。リンゴをやり切ってから他品目も展開していくのでは、あまりに時間がかかりすぎます。ですから、ある程度、同時並行で他品目にもビジネスを拡大しています。
ただ、当面の目標としては、現在、主に扱っているリンゴで、もっと社会にインパクトを与えたい。
青森県産リンゴのうち、当社の取扱量は1万5000トンほどで、まだ5%ほどです。それでも、新しい需要を創出したことで、リンゴの相場は、当社が参入した8年前と比べて1.5倍ほどになっています。相場が上がれば、当社のバリューチェーンに入っていない生産者も含めて、みんなが儲かります。
さらにこの流れを進めて、「リンゴ農家って儲かるらしいよ」という状況を作り出せたら、青森県全体でリンゴを増産に転じさせることができるはずです。
青森県では、この1年で400ヘクタールもリンゴの栽培面積が減っています。従来の栽培方法では1ヘクタール当たり20トンのリンゴが収穫できるので、400ヘクタールだと8000トンです。
高密植栽培だと1ヘクタール当たり60トン収穫できるので、当社以外も含めて、毎年、約130ヘクタール以上、栽培面積を増やせば、青森県全体で増産に転じる計算です。これを、3~4年で実現しなければならないと考えています。
【内藤祥平(ないとう・しょうへい)】
1992年生まれ。神奈川県横浜市で育ち、慶應義塾大学法学部在学中に米国・イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校農業経営学部に留学。その後、鹿児島とブラジルで農業法人の修行を経験する。大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社にて農業関連企業の経営戦略の立案・実行などの業務に従事。2016年に㈱日本農業を設立し、CEOに就任。農林水産省「食料・農業・農村政策審議会」委員。「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2021」や「Forbes 30 Under 30 Asia 2022」に選出。
更新:03月24日 00:05