2025年04月14日 公開
ストックオプションとは、将来、事前に決められた価格で、株式を取得できる権利のこと。会社が成長して株価が高くなればなるほど、利益を多く得られる制度だ。これを報酬の一部として自社の社員に付与するスタートアップ企業があるが、もっとうまく活用すれば、会社はもっと成長すると、Nstockを創業した宮田昇始氏は話す。(取材・構成:川端隆人、写真撮影(宮田氏):まるやゆういち)
※本稿は、『THE21』2025年5月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
――Nstockは「日本からGoogle級の会社を生み出す」ことをミッションに掲げています。ストックオプション(SO)支援を事業にしているのは、なぜでしょうか?
【宮田】Nstockの前に私が起業したSmartHRは、友人と2人で立ち上げたのですが、現在では社員数1400名規模に成長し、ユニコーン企業になっています。
大きく成長できた理由の一つが、SOです。
SOは報酬の一つの形です。現金の報酬と違うのは、会社が大きくなるにつれ、価値が大きくなっていくこと。だから、SOを受け取った社員は、会社を大きく成長させることに当事者意識を持ちやすくなるのです。会社の成功が社員の人生の成功でもある、ということになるわけです。
その経験から、日本のスタートアップ企業がもっと大きく成長するためには、SOが必要不可欠な武器だと感じました。
――SOを付与すると、社員のモチベーションが上がるということでしょうか?
【宮田】それはもちろんですが、社員の視点が変わることが大きいです。
会社の評価額が10倍になっても、給料は10倍にはなりません。だから社員は、「どうやったら我が社の評価額が10倍になるだろう」とは考えません。それより、「給料を上げるために、いかに早く昇進するか」といった、短期の目標にフォーカスしがちになります。
一方、取得したSOの価値が100万円だとしたら、会社の評価額が10倍になれば1000万円に、100倍になれば1億円になります。すると、社員は「どうやったら我が社の評価額が100倍になるだろう」と考え出します。視点が長期的な方向に変わるわけです。
SOを持っていると、「会社の業績向上のために、このポストには、自分が昇進するより、◯◯さんが就くほうがいい」といった考え方も普通になります。これは、組織内での権限委譲やバトンタッチの促進にもつながります。
――社員にSOを付与するのは、難しいことなのでしょうか?
【宮田】実際に取り組んでみて痛感しましたが、社員一人ひとりと契約を締結し、それを細かく個別管理するだけでも膨大な手間がかかります。さらに、SOを発行するには株主総会や取締役会での決議が不可欠であり、そのたびに多くの時間と労力を要します。こうした膨大な事務処理の負担に直面し、「これは無理だ」と諦めてしまう会社も決して少なくありません。
当社が提供しているサービス「株式報酬SaaS」を使っていただくと、その負担を大きく軽減することができます。
また、社員がメリットを感じにくいSO制度の設計がされているために、十分に活用されていないケースが多くあります。SOには、法律、会計、税務、人事といった分野の専門的な知識が関係しますから、経営者自身がよくわかっておらず、インターネットで契約書の雛形を探してきて、それをそのまま使っているからです。
例えば、そうした雛形では、退社するとSOが失効することになっていることが多い。アメリカでは、退社後も失効しないのが普通です。
SOには法律による制限も多いのですが、これは法律ではなく、慣習によるものです。
では、いつまで在籍すれば、権利を行使して利益を得られるのかと言えば、上場してから、さらに3~4年かかる契約になっているケースが多い。これも慣習です。上場まで10年かかるとしたら、13~14年かかるわけです。
ということは、20代半ばでスタートアップ企業に転職し、SOをもらったとして、お金持ちになれるのは40歳くらい。一番お金が必要なタイミングをちょっと過ぎてしまうと感じる人もいるでしょう。
――確かに、それでは魅力を感じにくいですね。
【宮田】制度設計とは別に、権利を行使したら、どれくらいの利益を得られるのかがわかりにくいのも、社員が魅力を感じにくい理由になっています。
「株式報酬SaaS」を導入していただいた企業からは、業務の負担が減ったということに加えて、「社員にSOの価値・魅力が伝わりやすくなった」という声も多くいただいています。
「株式報酬SaaS」では、保有しているSOの価値を、現在の会社の評価額をもとに計算して、社員のマイページで見ることができるようにしています。SOの価値が金額で見えるようになったことで、社員のみなさんの意識が変わったという話をうかがっています。
もちろん、SOに力を入れている会社では、以前からSOの価値をシミュレーションして社員に見せたりしていたのですが、第三者に示されると途端に実感が湧くという効果があるようです。
――オウンドメディアでの情報発信にも力を入れられているとか。
【宮田】SmartHR時代に、社員のSOについての理解度を調査したことがあります。意外にも、職種による理解度の偏りはまったくありませんでした。
ただ、よく見てみると、前職などで実際にSOでキャピタルゲインを得た経験がある社員がいるチームのメンバーはSOに詳しいということがわかりました。つまり、身近にSOの価値を実感している人がいると、急に理解度が高まるということなんです。
ですから、Nstockのオウンドメディア「Stock Journal」で、SOの価値を実感している人のインタビューやSOをうまく活用している会社の実例などを紹介しています。
日本のSOについての問題提起もしていきたいと考えています。
――今後の目標や展望について教えてください。
【宮田】まず、「株式報酬SaaS」については、「上場を目指すスタートアップ企業なら、基本的に使っている」という状態に、数年以内に持っていきたいと思っています。
また、非上場の株式を売買できる「セカンダリー取引」のプラットフォームを提供できるよう準備を進めています。
2022年に政府が「スタートアップ育成5か年計画」を発表してから、SOに関する法律も大きく改正されました。例えば、SOは付与から10年で失効していたのが、設立5年未満の非上場会社は15年に延長されました。これにより、無理にでも10年以内に上場するスタートアップ企業が減り、より長期で成長戦略を考えられるようになるでしょう。
以前は非常に難しかった、非上場でのSOの行使も容易になりましたし、また、非上場株式の取引をする仲介システムへの参入要件も緩和されました。
会社が非上場でも、SOの権利を行使して、取得した株式を換金できれば、社員の経済的成功がより実現しやすくなるでしょう。
こちらについても、数年以内の目標として、ユニコーン企業、ないしはネクストユニコーンと呼ばれる会社の社員が、当たり前のようにセカンダリー取引をしているという状態を目指しています。
それに加えて、日本では遅れているエンジェル投資関係の事業も準備中です。
SOでお金持ちになった人には、次世代のスタートアップ企業に投資するエンジェル投資家になる人もいます。しかし、スタートアップ企業とエンジェル投資家が出会う機会は、あまりありません。
エンジェル投資家とスタートアップ企業との出会いの機会を増やすプラットフォームを、将来的には私たちで作っていけたらと考えています。
【宮田昇始(みやした・しょうじ)】
1984年、熊本県生まれ。大学卒業後、複数のIT企業でWebディレクターとして活躍。2013年、自社サービスの運営と受託開発を行なう(株)KUFU(現・(株)SmartHR)を設立。15年、クラウド人事労務ソフト「SmartHR」を提供開始。22年1月、SmartHRの代表取締役CEOを退任し、以降は取締役ファウンダーとして新規事業を担当する。同月、自身が感じたスタートアップエコシステムの課題を解決するためのNstock㈱を設立、代表取締役CEOに就任。
更新:04月20日 00:05