
「きみだったら必ずできる!」──部下の心をつかみ、取引先が感激する、その「一言」。人生への深い知恵と洞察、仕事や経営を成功に導く松下幸之助にまつわる秘話を、『松下幸之助感動のエピソード集』(PHP理念経営研究センター編著)より3つお届けする。
※本稿は、『THE21』2024年5月号掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。
昭和40年代の初め、日本の家庭に電気炊飯器がひとわたり普及し終えたころ、炊飯器事業部では、学校や病院の給食、将来の外食産業の需要を見越して、業務用炊飯器の開発に着手し、試作品を完成させた。
それは、一度に大量のご飯が炊けるのはもちろんのこと、フタも軽く、ハンドル1つで炊きたてのご飯を取り出すことができたし、水洗いも簡単にできるものであった。
技術者たちは、試作品を持ち、勇んで本社での重役会に臨んだ。開発のねらい、新製品の特徴などについて熱のこもった説明が行なわれたが、重役たちの反応はもうひとつ盛り上がったものではなかった。
やがて昼食の時間が来て、弁当が配られた。そこには、試作品で炊いたご飯が試食のために添えられていたが、そのご飯をおかわりした人が一人だけいた。幸之助である。
「この炊飯器のご飯、おいしいな。もう一杯おかわりを」
そのひと言は、技術者たちにとって、どのような激励やほめ言葉より嬉しいものだった。そのとき、この会議に出席していた技術者の一人は、「食が細いということを聞いていたのに、"もう一杯おかわりを"と言われたときは、ほんと、もう胸がいっぱいになりましたね」と、のちに語っている。
幸之助が会長になってまもないころ、ある新聞記者が取材に訪れて、こう質問した。
「松下さん、あなたの会社は急速な発展を遂げてこられましたが、どういうわけでそうなったのか、その秘訣というようなものをひとつ聞かせてもらえませんか」
「秘訣と言われても、特にそういうものはありませんが、あえて言えば、天地自然の理法に基づいて仕事をしてきたということですかな」
「それはいったいどういうことですか」
「いや、別にむずかしいことではありません。たとえば、あなたは雨が降ったらどうされるかというと、傘をさすでしょう。雨が降れば傘をさす、それが私は天地自然の理法に則した行き方だと思うのです」
「......」
「つまり、そうした行き方の中に商売のコツというか、経営のコツがあるのではないかということです」
「......」
「雨が降っているのに傘をささなかったら、濡れてしまう。だからだれもが傘をさす。そうすれば濡れないですむ。これは当然の話です。
経営とか商売でも同様で、原価1円のものは、1円10銭とか1円20銭という適正な価格で売る。そして、それを売ったら、必ず集金をするといっただれでも考える当然なことをきちんとしていくことが大事です。
ところが現実の商売となると、原価以下で売ったり、売っても集金をしなかったり、あたかも傘をささずに歩きだすようなことを、しばしばしがちなんですね。
ごく当たり前のことを適時適切に行なっていけば、商売なり、経営というものは、もともと成功するようになっている。私はそう考えて、そのように努めてきたのですよ」
「ハハア⁉タダで乾電池を1万個、あなたにあげる?」
幸之助の計画を聞くと、東京の乾電池会社の社長はそう言って驚いた。
驚くのも無理はない。幸之助の計画とは、新しい自転車用ナショナルランプを開発したが、その販売にあたっては、宣伝見本として各方面に1万個を配りたい、ついてはその見本に入れる乾電池1万個をぜひ提供してほしい、というものであった。
「松下さん、そりゃ少し乱暴じゃありませんか」
「社長さん、あなたが驚かれるのも無理はありませんが、私はこの方法に非常な確信を持っているのです。しかし、1万個もの電池を故なくタダでもらおうとは思っていません。それには条件をつけましょう」
その条件とは、今は4月だが、年内に乾電池を20万個売る。そのときに1万個まけてほしい。もちろん売れなかった場合にはその代金は支払う、というものであった。
「私が商売を始めてからこのかた、こんな交渉はただの1度も受けたことがない。よろしい、年内に20万個売ってくれるのなら、1万個はのしをつけてきみにあげよう」
いよいよ乾電池とともにナショナルランプ1万個を市場に配ることになった。しかし、1万個という数はいかにも大きい。また、ランプそのものが高価なものである。あげるにしても、もらうにしても1個ずつであった。
だから、1000個ほども配ったと思う時分には、その見本が注文を呼んで、次々と注文が殺到した。そしてその年の12月までに、松下電器は47万個の乾電池を引き取っていたのである。
翌昭和3(1928)年1月2日、幸之助の家を訪ねる人がいた。紋付羽織、袴に威儀を正した乾電池会社の社長がわざわざ東京から大阪まで出向いてきたのである。
「松下さん、きょうはお礼を言いに来ました」
社長は感謝状を渡すとともに、「わずかのあいだに47万個も販売されるというのは、わが国電池界始まって以来ないことだ」と口をきわめて賞賛し、幸之助を感激させたのだった。
更新:04月29日 00:05