2025年04月22日 公開
年間約50回のプレゼン会議を通して、商品開発を即時決定し、毎年1000点以上の新製品を生み出しているアイリスオーヤマ。その迅速な意思決定を可能にしているのは、トップのカリスマ性ではなく、情報を全員同時に共有する「仕組み」にあった。意思決定の土台となる「想像力」や「感性」の磨き方を、大山健太郎会長に聞いた。(取材・構成:川端隆人)
※本稿は、『THE21』2025年5月号特集[ムダに迷わない「意思決定術」]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
――アイリスオーヤマといえば、毎週月曜日、全部署の責任者が集まって行なう「プレゼン会議」が有名です。この会議をもとに、毎年1000点以上の新製品を生み出しているとか。
【大山】年間約50回、アイリスの本拠地がある宮城県の角田I.T.P.の会議室で開催しています。長年、私が議長を務めていましたが、最近、息子の大山晃弘社長にバトンタッチしました。
1980年頃に、このプレゼン会議の原型となる会議を始めたときは、私が考えた新製品のアイデアについて幹部社員に説明する場でした。その後、事業領域が広がっていくにつれて、社員の提案を役員が聞くことも増えていきました。
当初は開発・製造部門のマネジャークラスが出席していたのですが、市場状況をより詳細につかめるようにマーケティング部門の責任者も出席してもらうようにしました。そうこうするうちに、役員全員、各事業部、開発部、営業部、製造・物流部、品質管理部、知財・販促部など、各部門のマネジャーを中心に、総勢50人が出席する場になったのです。
他にも東京や大阪、中国・大連工場などの関係者もテレビ会議で参加しています。
――大人数からなる会議ですが、新製品の企画がその場で即決されることも多いらしいですね。
【大山】アイリスの製品はすべて、この会議から生まれます。社員が一人5~10分でプレゼンをして、出席者で議論をし、議長である社長がOKと判断すれば、その場で決裁書類にハンコを押してゴーサインが出る。プレゼン開始から決裁まで10分かからないこともあります。
――社長だけがプレゼンを聞いて判断するのではなく、各部門の責任者全員が参加する意味はどこにあるのでしょうか?
【大山】それは我々が、情報の同時共有に徹底的にこだわっているからです。
プレゼン会議では、その場に社長や役員だけでなく、主要部門のマネジャークラスが集結しているので話が早い。一同で協議し、議長である社長が決裁すれば、全部門が同時並行で即座に走り始めることができます。
この仕組みがあるからこそ、年間1000点以上の新製品を生み出すアイリスの事業スピードが可能になっているのです。
――それにしても10分での決裁はすごい。数時間議論をしても、各部署が勝手なことを言って何も決まらない......といった会議が世の中では普通です。
【大山】それは情報の偏りがあるからでしょう。ある案件を話し合っているとして、営業の情報、制作の情報、経営の情報と、それぞれ持っている情報が違う。すると同じ案件でも、営業が下す判断と、制作が下す判断が違ってくる。会議の場で対立が発生し、結論が出なくなってしまいます。
もちろん情報共有しても、立場の違いが完全になくなるわけではありませんが、その違いが確実に「薄まる」ということはあります。
――「うちの会社も情報共有ならしてるはずなのに、なんでうまくいかないんだろう?」と疑問に思う読者も多そうです。
【大山】たしかに、メールにCCをつけて流す、といったことはどこでもしているでしょうね。それも情報共有ではあるけれども、しかし、ただメールで流れてくるだけでは必要な情報なのか、あるいは単なる連絡なのか、区別ができないでしょう。
プレゼン会議で共有されるのは、単なる情報ではなくて、プレゼンテーションという情報です。テーマに合わせてみんなが集まる。提案者は、自分の考えと意思を持っていて、それを出席者に伝えるためにプレゼンをするわけです。ただメールで流れてくる情報とは印象の強さが違いますし、特に重要なポイントがどこかも自然に伝わります。
もう一つ、情報共有の前提として、我々が「視点の共有」を重視していることも大きいでしょうね。
――視点、ですか?
【大山】企画を考えるとき、一般的には、自分たちがやりたいこと、自社の強みを活かせそうなこと、あるいは競合他社への対抗から、といった発想にどうしてもなりやすいもの。しかし、それでは「エンドユーザーが何を求めているのか」がおろそかになりがちです。
我々のプレゼン会議では、「自分たちはエンドユーザーのことを、どこまで真剣に考えているだろうか」という視点に重きを置いて判断します。生活者の立場に立って、使う人が「これは役に立つ」「これは安くて使い勝手がいい」などと満足するかどうかを常に考える。これが、私の言う「ユーザーイン」の発想です。
この視点を参加者全員で共有し、決裁するにしてもトップの感性で決めるのではなく、ユーザー目線でジャッジすることに徹する。
それもあって、この会議に1年も出席していれば、誰もがトップと同じような視点を共有できるようになります。
――「ユーザーイン」という思想を持つと何が変わるのでしょうか?
【大山】それは値付け一つとっても変わってきます。
例えば、開発者は製品の原価を知っている。だから「この製品は原価割れするくらいの値段で、お得なはず」と考えてしまう。けれども、そんな理屈は、消費者、ユーザーには関係がない。自分が欲しいか欲しくないかです。
そうやって、いかにお客さんが欲しいものを提案するかを繰り返し繰り返し考えてきた結果、ヒットの確率が高くなっていった。アイリスオーヤマの商品で言うと、5割以上はヒットしているといえるでしょうか。
――打率5割以上。驚異的です。
【大山】打率を上げるための考え方として、ユーザーニーズの他にバイヤーニーズにも注意する必要があります。販売店のバイヤーさんに扱ってもらわなければ売り場に並びません。けれど、エンドユーザーのニーズとバイヤーのニーズは違う。その目線を合わせるためにどうするか。そこで我々が選んだのがメーカーベンダーというあり方です。
普通の商品の流れは、「メーカー→代理店・問屋→バイヤー→ユーザー」というものでしょう。しかし、それだとメーカーとユーザーの間に2クッションある。そこで、我々は自ら問屋機能を持つことにした。すると、ユーザーとの間にはワンクッションしかないので、消費者により近い目線で営業活動ができるわけです。
野球でたとえるなら、投手が投げてきたのがフォークなのかスライダーなのか、あらかじめわかったうえでバットを振るようなもの。これでかなり「ヒット」の確率は上がりました。
――とはいえ、新商品投入で失敗してしまうこともあると思います。
【大山】もちろんです。アイリスオーヤマはペット用品を開発して、日本のペット文化にかなり影響を与えたと思います。けれども、ペットフードは、過去に失敗したことがあります。
なぜかというと、商品を買ってくれるのは人間ですが、本当の消費者はペットなんです(笑)。犬や猫にとっていいものを......と思って作っても、買うお客さんには関係がない。お客さんが満足するものを買っているんだけれど、それは犬や猫の満足ではない。そういった難しさがあって、失敗した過去があります。
――大山会長は、経営判断においてはスピードと正しさ、より重要なのはどちらだとお考えですか?
【大山】スピードです。いくら美味しいものでも、お腹いっぱいのときは食べないじゃないですか。喉が乾いたときは、何の味もない水が一番美味しいわけでしょう。
そのとき、消費者の欲しているものを供給することが優先です。
例えば、コロナ禍が本格化したとき、全国的にマスクが足りなくなった。アイリスは即座にマスクを増産し、飛ぶように売れました。また東日本大震災のときには、震災発生の2週間後にLED照明の大規模増産に踏み切り、このときも消費者の欲しているニーズに応えることができました。
――最近は、効率化のためにAIをどう経営に取り込むかという議論が盛んですが、大山会長はAIについてはどうお考えでしょうか?
【大山】AIは、過去の情報を分析するのには優れています。明日の株価を聞いたら、過去の情報を分析して値動きの幅は示してくれるでしょう。でも、それは明日の株価そのものではありません。
要するに、AIがやってくれるのは情報の整理、分析といった作業の効率化なんです。それはアイデアを出すうえでの参考にはなる。ただ、AIから出てくるものがアイデアそのものだと思ってしまうと、間違えるでしょう。そこに頼ると、一番大事な人間の「想像力」や「感性」が衰えていってしまうでしょうね。
――「ユーザーイン」の思想もそうですが、大山会長は「想像力」を重んじていることがうかがえます。想像力のある人とない人、違いはどこで生まれるんでしょう。
【大山】常に危機感を持ってるかどうか、でしょうね。
今日、仕事がうまくいったとします。「だからきっと、明日もうまくいくだろう」と思っている人は、想像力を養えないでしょう。逆に「今は仕事がうまくいっているし、会社も順調だ。けれども、明日は大丈夫かな?」と思う人には、問題意識が出てきます。この問題意識を持てるかどうかが重要です。
考えてみてください。経済界がこの30年、いや、直近の10年でさえ、どれだけ変わったことか。今日の経済ニュースを10年前に想像できましたか?
――絶対に安泰だと思っていた企業が破綻したり、信じられないようなことばかりです。
【大山】そうでしょう。経営者に限らず、こうした危機感を持てるかどうかで想像力の働きが違ってきます。「今までの仕組みに乗っかってやっていくと、仕組みが崩れたときどうなるだろう?」という危機感を持っていると、ビジネスも変えていくじゃないですか。実際、アメリカではリアル店舗がどんどん苦しくなって、大手チェーン店が潰れていっているわけです。
――現在の成功があってなお、アイリスオーヤマはさらに変わっていかなければ、という危機感が会長にはあるということでしょうか?
【大山】もちろんです。先に述べたように、我々は製造業でありながら、問屋業もやっています。この二つは本来、全然違うものです。物を作るメーカーでありながら、問屋機能を持つことによって、ダイレクトにお客さんの情報を取りたい。そのために、普通ならどこもやらないメーカーベンダーというかたちをとりました。そして今、リアル店舗10万店と取引をしているわけです。
また、そのうえで自社でネットビジネスもやっている。取引している店舗さんからすれば相反することかもしれません。でも、ユーザー視点からすれば、近くのスーパーで買うのも、家電量販店で買うのも、ネットで買うのも自由のはず。うちはリアル店舗でしかやらない、コンビニにしか展開しない、なんていうのは流通側のわがままなんです。
さらに言うと、もともと物づくりの2次産業の会社なのに、現在では米や水まで取り扱っている。どうしてか。地震や災害のとき、お客さんが困ることはなんだろう。「水だ」という判断です。
あるいは、「震災後の東北を支援したい。まずは農業支援だ」ということで米を扱うことにした。これまで東北の米は関東より西ではほとんど食べられていなかったのが、「アイリスの生鮮米」として、全国のコンビニに置いてもらうことになりました。
でも、お客さんが食べるのは米じゃなく、ご飯です。じゃあ炊飯器を作って売ろう。炊飯が面倒だというお客さんもいる。じゃあパックごはんも開発しよう。
――そうやって、どんどん想像を広げていったわけですね。
【大山】ストーリーを考えていくと、まだまだやることはある。生活者の不満がビジネスチャンスなんです。
――意思決定の土台には感性や想像力が必要だということがよくわかりました。そうした資質を養うために、ビジネスパーソンが今から始められることは何でしょう。
【大山】別分野の友達をたくさんつくるのは良いと思いますよ。同じ会社の仲間とか、同業者の知り合いではなくて。
最近よく言われる「会議をやめろ」とか「人とのつきあいは最低限に」とかいうのは、「選択と集中」を勧めているわけです。右肩上がりの経済なら、効率化には大きな効果があるでしょう。しかし、今はそういう時代ではない。効率論からは感性は生まれません。一見、無駄に見えるような、仕事とは関係のない人間関係をつくってみる。そこで養われるものは少なくないと思います。
――会長はどんな場で友達づくりをされているのですか?
【大山】私の場合は、主に以前から参加しているニュービジネス協議会ですね。他にも経済同友会など、会合にはできるだけ多く出るようにしています。
同業の集まりも大事ですが、感性を磨くという意味では、できるだけ異分野の人と交流する場を重視しています。同じ地域ではなく全国各地の人と交流するのも大事です。
本を読むのもいいですが、それはヒントをもらうため。感性を磨くためには、やはり対面で話して、一緒にお酒を飲んで、といった場が私には必要なんです。
――貪欲に刺激を受けて、ますますパワフルに活躍されそうですね。
【大山】私は今年でちょうど80歳になります。同級生を見ていると、好々爺になるのも一つの生き方だなとは思います。
ただ、自分の生き方としては「俺の人生、ここで終わりたくない」と思うんです。とはいえ、無理はしない。一歩一歩やれることをやるだけです。
【大山健太郎(おおやま・けんたろう)】
アイリスオーヤマ(株)代表取締役会長。1945年、8人兄弟の長男として大阪府に生まれる。プラスチック成型品を作る町工場を営む父が急逝、19歳で跡を継ぐ。脱下請けを掲げて自社商品を開発、園芸用品や収納用品、ペット用品など従来にない商品を相次いで生み出すことで、新しい生活スタイルを提案。経営者を54年間にわたり務めたのち、2018年に会長就任。『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(日経ビジネス人文庫)が好評発売中。
更新:04月23日 00:05