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人間は叱ることで快感を覚えてしまう...『叱る依存がとまらない』【書評】

2025年03月26日 公開
2025年06月03日 更新

大村壮太(作家)

論理的思考とは何か

日々、多忙なビジネスパーソン。限られた時間の中で、いかに効率良く知識や教養を身につけるかは、常に頭を悩ませる問題だろう。本連載では、そんな悩みを抱えるビジネスパーソンに、スキル向上に役立つ書籍を厳選してご紹介する。今回は、村中直人著『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)を取り上げる。

 

『〈叱る依存〉がとまらない』

叱る依存がとまらない

私たちの社会では、「叱る」ことが愛情表現や教育の最善策として強く信じられている。ビジネスの現場でも、「育てる」ことと「叱る」ことがしばしば同一視され、人前での叱責や理不尽な言葉すら「美談」に仕立て上げられる風潮が残っている。

その背景には、「苦しまなくては人は学ばない」という頑なな信念がある。しかし、尊厳を傷つけられたり、理不尽な扱いを受けたりすることが、本当に私たちの「学び」を深めるのだろうか。

本書は、こうした「叱る」という行為にまつわる根強い思い込みを、認知心理学や精神医学の視点を取り入れながら解き明かしていく。

著者が「叱る」を指して「言葉を用いてネガティブな感情体験(恐怖、不安、苦痛、悲しみなど)を与え、相手の行動や認識をコントロールしようとする行為」と定義するくだりは衝撃的だ。これほど多くの場面で使われている手法が、実は「学び」を促すどころか阻害する要因になっているというのだ。

では、なぜ多くの人々が「叱る」ことの効力を信じて疑わないのか。著者は、その大きな要因を「人間に備わった処罰欲求や他者をコントロールしたい欲求が即座に満たされるからだ」と分析する。

部下を叱って行動が変わったと感じたとき、叱った側は「処罰欲求」が満たされ、自分が「正しいことをした」という優越感や「自己効力感」に浸る。こうして、一度その快感を覚えてしまうと「叱る」ことをやめられなくなってしまうのだ。

さらに本書は、「叱る」ことの依存性に強い警鐘を鳴らす。少年犯罪に対する「厳罰主義」や、教育現場の「体罰支持」、さらにはスポーツ指導現場での「しごき」など、私たちの周囲には「叱る」行為を正当化する例が数多く存在する。

その背後には、まさに「処罰感情」を満たし、心の空虚を埋めようとするメカニズムが潜んでいる。こうして社会全体が〈叱る依存〉から抜け出せなくなっているというわけだ。

本書の提言は明快だ。まずは自分の「処罰欲求」を見つめ直し、相手はコントロールできない存在だと知る。そして、対話を通じて互いの目指す方向を探っていくこと。

実際、多くの研究では、強制や叱責を受け続けると主体性や創造性が損なわれると示されている。真の「学び」を引き出すのは、ネガティブな感情による強制ではなく、自律的に行動できる環境なのだ。私たちは少しずつ「叱る」ことを手放し、別のアプローチを探る必要があるだろう。

ビジネスの現場でも、年齢も背景も異なる部下を指導する際、叱責以外の方法に悩むことは多いはずだ。そんなときに本書を読むと、「学び」を本質的に促す技術や心構えを身につける大きなヒントになるだろう。

また、教育やビジネスだけでなく、家庭や日常生活にも鋭い視線を投げかける。親子間の叱り方、友人同士の言い争い、さらには自分自身を追い込む内面の声まで、私たちのコミュニケーションを根本から問い直してくれる。

社会全体が「叱る」ことに支配されるのではなく、互いの尊厳を尊重し合いながら成長していける未来を築くために、この一冊は多くの示唆を与えてくれるに違いない。

 

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