2025年03月25日 公開
平日はミドルリーダーとして毎日忙しく働き、勤務先と自宅の往復だけ。休日はたまった疲れを取るために家でゴロゴロ、もしくはストレス解消に外出する......そんな日々を過ごしていないだろうか? しかし、それでは本当に「休養」を取っていることにはならない。
休養学の権威・片野氏に、100%のパフォーマンスを発揮するための「攻めの休養」について取材した。(取材・構成:辻由美子)
※本稿は、『THE21』2025年3月号特集[休みたいのに休めないリーダーを救う「休養術」]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
私は休養について20年以上にわたって研究してきました。現在は休養の重要性を伝える日本リカバリー協会の代表理事を務めています。
日本リカバリー協会が就労者10万人を対象に行なった2024年の調査では、なんと約8割の人が疲労を感じているという結果が出ています。
健康をつくる3要素は「運動」「栄養」「休養」ですが、私たちは「運動」「栄養」に関する知識はあっても、「休養」については学校などできちんと教わったことがない。つまり「休養」のリテラシーが低いことが、この結果につながったと考えています。
そもそも人間の働き方は時代によって変化しています。休み方もそれに応じて変わっていかないといけないのに、それができていません。
働き方がどのように変化していったのかというと、昔農業が中心だった頃は日の出とともに働き、日の入りとともに休む肉体労働中心の生活でした。それが産業革命や電気の発明によって、朝も夜も交代制で働く工場労働に変わり、身体の生理的なリズムに抗うような肉体労働に変化しました。
そして20世紀後半になると、コンピュータが発達し、デスクワーク中心の頭脳労働に変化。さらに現代はデジタル通信機器が発達し、24時間いつでも、どこでも、誰とでもつながる新しい働き方に変わっています。
ちなみに、まだコンピュータが普及していなかった昭和の時代にも「24時間戦えますか」というCMが流行ったことがありますが、厳密に言うとあの時代は24時間働いているわけではありません。
今のようにオンラインミーティングはできなかったので、営業に行くにも交通手段を使って、いちいち相手のところに出向かなければなりませんでしたが、その間電車の中で眠ったり、喫茶店で時間をつぶしたり、けっこう休んでいたのです。
ところが今は休みなく、分刻みで予定を入れることができます。そのうえ1日は24時間ではありません。電車の時刻表やテレビ欄で26時とか29時といった表記を見たことはありませんか。すでに1日は24時間ではなく、26時間や29時間になっている。それが現代の働き方です。
これだけ働き方が変化した一方で、私たちは「休養」に対するリテラシーがないために、自分の経験にもとづいた休み方しかしていないのです。
すなわち疲れたら寝る、寝れば回復する。若い頃はそれで良かったかもしれません。でも私たちの身体は、20代をピークに体力も代謝も免疫力も落ちていきます。
さらに、IT技術の発展によって働く環境も猛スピードで変化しています。はたして、寝れば回復するという昔の休み方が今の環境に通用するのでしょうか。
はっきり申し上げて、「寝れば回復する」は幻想になりつつあります。現状の働き方に合わせた休養の取り方が必要で、そのリテラシーを獲得しない限り、日本人はいつまでたっても疲れが取れず、生産性の低い状態から抜け出せないと私は考えます。
適切な休養が取れず、疲労が残ったまま働き続けると、どんな弊害が現れるのでしょうか。
日本疲労学会の定義によると、疲労とは「過度の肉体的、精神的活動のあとに起こる活動能力の減退状態」とされています。わかりやすく言うと、身体と頭の働きが緩慢になる状態です。
私たちはよく「疲労がたまる」と言いますが、「疲労」は状態のことなので、たまるわけではありません。たまるのは疲労状態のとき、身体が発する不快感、すなわち「疲労感」です。
この不快感は、熱や痛みなどと同じように身体から発せられる危険信号ですので、疲労感を感じたら、熱や痛みと同じように、何らかの対処をしないといけないのです。
動物は身体からの危険信号を受け取ると、本能的に対処します。例えば、私は小型犬を飼っているのですが、散歩に行って疲れると動かなくなります。そして、しばらく休んでからまた動き始めます。
これは、疲労状態だと敵に襲われたとき逃げきれないので、いったん安全な場所で活動能力が回復するまで待つ、という動物の本能的な行動の現れです。
人間も、本来なら「疲労感」というシグナルを受け取ったとき、活動を停止して休息するはずです。しかし幸か不幸か、人間は脳が発達したために、疲労感をマスキング(覆い隠すこと)できるようになりました。
例えば、使命感や責任感、報酬の喜びややりがいなどによって、疲労感を感じなくすることができます。また、ドリンク剤などによって一時的にマスキングすることもあります。特にリーダー的な立場にいる人は、この傾向が強くなります。
その結果、何が起きるのかというと、活動能力がどんどん下がっているにもかかわらず、その自覚なく活動を継続するので、仕事のパフォーマンスが落ちてしまいます。それをカバーするために長時間労働となって、さらに疲れがたまるという負のスパイラルに陥るというわけです。
行き着く先は"ゆでがえる"です。かえるを水に入れて、だんだん熱くしていくと、熱さを感じないので、ゆであがって死んでしまうというたとえです。
今のリーダーたちも身体からの危険信号を無視して、疲れをマスキングしたまま仕事を継続していけば、最後はゆでがえるになってしまうでしょう。そうならないためには、どうしたらいいのでしょうか。
今までは、まず仕事があって、余った時間を休養にあてる「仕事ファースト」の考え方でした。しかしこれからは休養を先に取って、残りの時間を仕事に振り向ける「休みファースト」の考え方に切り替えなければいけません。そうしないと仕事のパフォーマンスが上がらないからです。
勤勉な日本人は、「休む=怠けている」「休むのは悪で、休まないのは美徳」と思いがち。ですから、学校でも皆勤賞などという賞があって、昭和生まれの私も毎日一生懸命学校に通って、皆勤賞をもらおうとしたものです。
でもそのために、私は疲れてよく学校で寝ていました。本来は、しっかり休んで体調を整えたうえで登校し、学習するのが正しいあり方なのに、本末転倒です。
会社でも同じです。疲れていて活動能力を十分に発揮できないのに、出社しても生産性は上がりません。でも、「疲れているので会社を休みます」とは口が裂けても言えない。
仕事のパフォーマンスに関係なく、とにかく休まないことを良しとする。そうしたゆがんだ美徳を転換させなければ、日本の国力はどんどん落ちていくばかりでしょう。
よく比較されるのが、日本とドイツの生産性の違いです。日本とドイツはGDPの数値が近く、基幹産業が自動車産業という点もよく似ています。ところが、1日8時間の労働時間で計算すると、ドイツのほうが年間33日も日本より長く休んでいるのです。
同じGDP、同じ産業ですから、ドイツは日本と比べて明らかに生産性が高いと言えます。彼らはしっかりオンとオフを切り分け、休んでいる。だから生産性が高いと言えるわけです。オンをずるずる引きずって、休まず働くのがいいことだという考え方は、もう捨てるべきなのです。
そのために注目してほしいのは、「勤務間インターバル」の過ごし方です。「勤務間インターバル」とは前日の仕事終わりから翌日の仕事のスタートまでの時間のこと。EUでは、この勤務間インターバルを最低11時間以上空けるよう義務づけています。
仮に12時まで残業してしまったら、翌日は11時以降でないと出勤できません。つまり仕事と仕事の間はしっかり時間を取って休養し、何時間もぶっ通しで働いてはいけないということです。
驚いたことに日本のホワイトカラーの勤務間インターバルの最頻値は14~15時間となっています。にもかかわらず、冒頭で述べたように日本人の約8割もの人が疲れを感じていて、生産性も上がっていない。それはなぜでしょうか。
私は「勤務間インターバル」のタイムマネジメントに問題があると考えています。特に重要なのは、翌日の仕事のスタート時の状態です。朝起きても約8割の人が疲れを感じている状態では、本来のパフォーマンスが出せるわけがありません。
わかりやすいように、スマホの充電を例に取って考えてみましょう。朝出勤するとき、スマホの充電が20%しかなかったら、あなたはそのスマホを持って家を出ますか。出ないでしょう。そうならないように、前の日の夜、寝る前にちゃんと充電して、朝には100%になるようにしてから持ち出すはずです。
人間も同じです。本来なら「勤務間インターバル」の間にしっかり休養を取って、100%の活動能力まで回復させ、翌日の仕事に向かうべきです。それなのに、ちゃんと充電せずに朝出かけようとするのは、20%のスマホを持って出るのと同じです。
自分自身を100%充電して仕事に向かうためには、前日の仕事終わりから翌日の朝まで、どのようにタイムマネジメントしてオフの時間で充電するかが重要です。
例えば、自分にとって最適な睡眠時間はどれくらいなのか、何時に就寝するのがいいのか、食事はいつ食べ、余白の時間は何をして過ごすのか──。そうしたマネジメントを前日の仕事終わりから、しっかり考えながら計画することが大切なのです。
オフの時間をマネジメントするというと、睡眠が大切だからと、枕やふとんにやたらと凝る人がいます。間違いではないのですが、休養=睡眠という考え方は改めてください。
仮に1カ月寝ていたらたくさん休養できるかと言われたら、身体の筋肉は半分に減ってしまい、身体には悪影響しかありません。オフの時間をゴロゴロして過ごすより、むしろ少し身体を動かすなど、活動的に過ごしたほうが、活力が充電されて、休養になることがあります。
これらを私は「攻めの休養」と呼んでいます。仕組みを説明しましょう。
私たちはふだん三角形のサイクルで身体を動かしています。まず起点に活動があって、疲労します。そして休養し、また活動を始めるという三角形のサイクルです(上図参照)。
しかし休養のとき、ただゴロゴロしたり、眠ったりなど、"なんとなくの休養"だと、朝フル充電の状態には戻っていません。そのまま活動に入るので、もっと疲れて、再びなんとなくの休養、そして充電が低いままの活動が繰り返され、どんどんパワーダウンしていきます。
一方、私が提唱する「攻めの休養」は四角形のサイクルで動いています。活動して、疲労し、休養するまでは同じですが、活動に入る前にしっかり活力をチャージして元に戻す。つまりチャージできるような休養の仕方をするということです。これが「攻めの休養」です。
では「攻めの休養」とは具体的にどんなことをするのかというと、私は休養の仕方を7つのタイプに分けて提案しています。
休養タイプの1つ目は「休息」です。これは身体を安静にする休息の仕方で、睡眠やゴロゴロ横になって休むことをいいます。
2つ目は「運動」です。血行を促進して疲労物質を流すことを目的とした運動なので、ウォーキングや体操など軽い運動が該当します。
3つ目は「栄養」です。この場合の栄養は、栄養を摂るというより、胃腸を休めるほうに力点を置いています。具体的には食事の量を減らしたり、軽いファスティングをしたりして胃腸を休めます。
4つ目の「親交」は、人やペット、自然とのふれあうことで心の安らぎを得る休養です。
5つ目は「娯楽」です。映画を観たり、音楽を聴いたり、ゲームをするなど楽しむ休養です。あくまでも休養のための娯楽ですから、朝まで動画などを見続けるといった不健康なものは含みません。
6つ目は「造形・想像」の休養です。絵を描いたり、料理をつくって楽しむのは造形の休養、楽しいことや好きな人を思い出したり、イメージするのが想像の休養です。
7つ目は「転換」の休養です。これは皮膚の外の環境を変える休養のことで、デスクの上をきれいにしたり、洋服を着替えたり、旅に行ったりして気分転換する休養です。
ポイントは、これらのパターンを複合的に組み合わせることです。そうすることで、単一の場合より、さらに活力がチャージできます。
例えば、ほっとひと息いれたいとき、白湯を飲むと胃腸にやさしい「栄養の休養」になります。残った白湯でスープをつくれば「造形の休養」になりますし、子どもとワイワイしながら料理をすれば「親交の休養」になるでしょう。
さらにつくったスープを家で飲むのではなく、公園まで歩いて持っていけば「運動の休養」になりますし、ベンチに座って飲めば「転換の休養」です。
このように「白湯を飲む」という一つの休養にどんどんつけ加えていくのが「攻めの休養」です。
オフのとき、どんな休養を取れば、オンのときのパフォーマンスを最大化できるか。プロのアスリートはそのことに最大の注意を払っているといっても過言ではありません。
例えば、メジャーリーガーの大谷翔平選手は10~12時間睡眠を取るといわれ、イチローさんは朝にカレーをよく食べていたそうです。彼らは自分のパフォーマンスを最大にできる休み方を見つけて、それをルーティン化していたわけです。
ビジネスパーソンも言ってみれば「仕事のプロ」ですから、最高のパフォーマンスをあげるためのオフのルーティンを見つけるべきです。
そのためには、どんな休養を取ったときに一番パフォーマンスが上がったか、「攻めの休養の記録」をつけておくことをお勧めします。休養の仕方を可視化することで、自分なりのルーティンが見つかるかもしれません。
また手帳は月曜始まりではなく、土曜始まりにして、1週間をオフの休養からスタートさせるのもいいアイデアだと思います。
リーダーはチームの先頭に立って走らなければならない存在です。今こそ最強の休養を取って、最高のパフォーマンスを上げてください。
更新:03月29日 00:05