
これまでは「人間にしかできない」とされてきた仕事がAIに奪われ、人間が労働の場を失う──そんなSFじみた筋書きが、ChatGPTをはじめとするAIの飛躍的な発展によって、今まさに現実になろうとしている。
本連載では、ITコンサルタントとして一般企業に勤めながらSF作家としても活躍する樋口恭介氏に、そんな時代に淘汰されることなく生き残る人材・生き残る組織のあり方を聞く。(取材・構成:杉山直隆)
※本稿は、『THE21』2024年6月号掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。

本連載の初回で、生成AIに代替されない人材になるための必須スキルとして、「妄想力」「好奇心」「関係性構築力」の3つを挙げました。今回はそのうちの「関係性構築力」について、お話ししようと思います。
関係性構築力と聞くと、多くの人は「周りと協調して仕事を進めるための基本的なコミュニケーション力」を思い浮かべるかもしれません。確かに、これは社会生活を送るうえで非常に重要なスキルです。
しかし、生成AIにできないアウトプットを生み出すためには、それとはひと味違う方向で「関係性」を築く力も重要になります。その力とは、端的に言えば「自分の物語に他人を巻き込んでいく力」です。
この「物語」とは、前回お話しした通り、その人にとっての「本当に実現したい未来」に至るまでのフローのこと。例えばイーロン・マスクなら、「このままでは人類は滅亡する」「その前に人類を火星に移住させたい」「そのために必要なのが、民間ロケット会社のスペースⅩだ」といった物語を描いています。
ここまで突飛でなくとも、理想から逆算して「それを実現するには......」と考えを組み立てていくことができれば、十分に「物語」と言えるでしょう。
さて、ではこの「物語に人を巻き込む」ための関係性構築力は、どうすれば手に入るのでしょうか。重要なのは、その物語を「自分が本気で信じ込む」こと。つまり、自分を騙し切ることが大切なのです。
どんなアイデアも、自分自身が半信半疑では、第三者に熱意や真剣味を伝えることはできません。言動も中途半端になり、説得力も弱まるでしょう。
一方、自分を騙し切っている人は、何があっても「ブレる」「諦める」ことなく邁進するため、物語を語る姿や語られる言葉にも、自ずと迫力や説得力が生まれます。第三者の共感を誘い、自分の物語に巻き込むには、そうした姿勢が不可欠です。
不思議なもので、その物語の実現に必要な人材やリソースといったものも、本気で自分を騙している人のもとに集まってくるものだと感じます。
この種の「関係性構築力」で成功を収めたのが、米アップル創業者のスティーブ・ジョブズです。彼と話していると、論理的に考えるとどうやっても不可能なはずのことが「すごく頑張れば実現できそうなこと」に思えてきた、という証言がいくつも残っています。
SF映画の『スター・トレック』に出てくる「時空歪曲フィールド」をもじって「ジョブズは現実歪曲フィールドの使い手だ」と言われていたそうです。
もちろんジョブズもエスパーではありませんから、それは彼が「納期・コスト・リソースの不足」「科学的な根拠の弱さ」といったマイナス要素にめげずに「自分の物語」を信じ、彼が持ち得る最大の熱量で、雄弁に語っていたということでしょう。
実際彼の周りの人々も、ミーティングの最中には「確かに、ジョブズの考える路線ならいけるかも」と思わされて合意したのに、自席に戻ったとたん「いやいや、ジョブズが言っていたこと、どう考えてもおかしかっただろ」と青ざめることがあったと語っています。
ジョブズのこの力を支えたのは、彼が子どもの頃から生涯信じ抜いた「電子機器の世界で革命を起こす。それこそが自分の使命だ」という信念です。
ビジネスパーソンには「ジョブズは常に素晴らしい実績を挙げ続けた」と思っている人がいますが、そんなことはありません。むしろ、うまくいっていない時期のほうが長いほどです。
アップルでも、初期のヒット作である初代Macintoshの発売(1984年)の後、その需給予測を誤ったことから巨額の赤字を積み上げてしまい、それから2年足らずで一度退職を余儀なくされています。その後立ち上げた会社でも、結局ヒットには恵まれず。
アップルを退職した際に買収したピクサー社の映画が成功したこともあり、どうにかアップルへの出戻り自体は果たしますが、その間10年以上、電子機器の分野ではまるで活躍できていませんでした。
それなのに、ジョブズは「電子機器の世界で革命を」という自分の物語を諦めなかったのです。そんな人だからこそ、社内外の人を巻き込んで「iPod」「iTunes」「iPhone」を次々に生み出し、現実に「電子機器で世の中に革命を」起こすことができたのでしょう。
もちろんジョブズは一例で、前回紹介したイーロン・マスクも、こうした「自分の物語に他人を引きずり込む」力を持つ経営者の一人です。日本人でいえば、パナソニックグループの創業者である松下幸之助も、自身が編み出した「水道哲学」という物語に他人を引きずり込むという意味では、このタイプの経営者だったように思います。


ここまで聞いて「そのレベルに到達するのはさすがに無理」と思った人も多いかもしれません。それは確かにその通り。そもそも、組織の中で働きながらここまで強く何かを信じ込んでしまうと、弊害も出てきてしまうでしょう。
しかし「プチジョブズ」程度であれば、十分仕事にも活きてきます。このバランスを取るために必要なのは「社会や組織のルールやコードを、明確に理解すること」です。
ルールやコードというと、自由な発想や行動を縛るものと感じるかもしれませんが、実際は逆。ルールやコードについてあやふやな状態のほうが「これはしないほうがいいかも」「こんな考えはまずいかも」と勝手に決めつけてしまい、無意識に自分の発想や行動を縛ってしまうことにつながるのです。
逆に、これらを明確に理解していれば「どの範囲までは自由にできるのか」がわかりますから、思考も行動も「その中では目一杯」の自由を謳歌できることでしょう。
福沢諭吉の『学問のすゝめ』にも「江戸時代は法の支配が甘かったために、平民たちは常に武士の顔色を窺って過ごす羽目になっていた」「人々の自立的な精神や行動を育てるには、法律によって『やっていいこととダメなこと』の線引きをする必要がある」といったことが書かれています。
今の日本も、法治国家ではありますが、法律に定められていない数々の社会的規範があり、目下、それが時代の進歩と共に変わってきていますよね。今の文脈におけるTPOがわからなくなると、萎縮したり過剰に反発したりして、自由な発想ができなくなるもの。特にSNSではその傾向が顕著です。
そんな中で自由を取り戻し、組織の中でも許される「プチジョブズ」になるためには、その場のルールやコードを押さえることがマストなのではないでしょうか。

自分の世界観を信じ抜く力を手に入れるには、実際に信じ抜いた人の頭の中を覗いてみるのもいい方法です。その場合、特に挙げておきたいのが『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』などで有名な、フィリップ・K・ディックの作品群です。
実は彼、重度のドラッグ中毒者。そのせいか「並行世界は実在する」という話をインタビューなどで繰り返し語っていて、本気で「並行世界の存在が誰かを救う」と信じていました。それが、作品にも色濃く現れているんです。
例えば『ヴァリス』という作品は、恋人を亡くし心身にダメージを負った主人公が神の姿を目撃し、この世界が並行世界の一つに過ぎないと確信して「多元宇宙の本質」を探し求める物語。物語終盤では、この主人公が著者ディック自身であることまで示唆されます。
並々ならぬ熱意......を通り越して偏執的でさえある並行世界描写のリアリティは、時を経ても素晴らしいもの。『ヴァリス』以外の作品も含め、読みまくっていれば、いずれ「異次元」を垣間見ることができるのではないかと思います(笑)。
【樋口恭介(ひぐち・きょうすけ)】
SF作家/ITコンサルタント。1989年生まれ、岐阜県出身。早稲田大学文学部を卒業後、外資系コンサルティングファームに勤務。2017年、在職のまま『構造素子』で第5回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞し作家デビュー。20年からは「SFを社会に実装する」スタートアップ・アノンにも参画し、同社のメディア「Anon Press」の運営・編集にも携わる。23年からは東京大学大学院客員准教授。
更新:04月22日 00:05