
これまでは「人間にしかできない」とされてきた仕事がAIに奪われ、人間が労働の場を失う──そんなSFじみた筋書きが、ChatGPTをはじめとするAIの飛躍的な発展によって、今まさに現実になろうとしている。
本連載では、ITコンサルタントとして一般企業に勤めながらSF作家としても活躍する樋口恭介氏に、そんな時代に淘汰されることなく生き残る人材・生き残る組織のあり方を聞く。(取材・構成:杉山直隆)
※本稿は、『THE21』2024年5月号掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。

生成AIの急速な発展の中、人間にしかできない仕事をするためには「妄想力」が欠かせません。そしてその力を高めるには、「異質なもの・こと」に触れる機会を増やし、妄想のタネを自分の中に蓄積し続けることが重要です。前回までは、こうしたことをお伝えしてきました。
今回は、その「タネ」をもとにより具体的な「妄想」を引き出し、イノベーションにつなげるための具体的なノウハウ「SFプロトタイピング」についてお話ししましょう。
SFプロトタイピングとは、かいつまんで言えば「SF小説を書く(書こうとする)」ことで思考の自由度を高め、現在の社会の延長線上にはない「ぶっ飛んだ未来」を思い描いて、実現への道筋を探る試みのこと。
妄想を起点に、「この中で、先端技術や最新の理論を応用すればどうにか実現できそうなものがないか」と考えていくことで、新たなプロダクトやサービスのアイデアを生み出すのです。
より端的に表せば、「本当に欲しい未来」を自力で創造するための思考法、とも言えます。

SFプロトタイピングを活用して革新的プロダクトを生み出した人物の代表は、やはりイーロン・マスクでしょう。
彼は相当の変人で、彼が興したどの事業も「このまま地球にいると人類は滅亡する」「人類は火星に移住するほかない」という、唖然とするほど突飛な考えが下敷きになっていると言われています。かの「スペースX」も、元々は火星移住のためのロケットを作るために立ち上げたというのですから驚きです。
もちろん「テスラ」も、地球の環境負荷を下げ、火星移住までの期間を稼ぐために立ち上げたそう。実は彼、気候変動対策をするスタートアップにも相当額の投資をしています。
......もちろん冷静に考えれば「人類滅亡」や「火星移住」など誇大妄想もいいところです。しかしそれでも、彼のしてきた取り組みや事業内容、掲げるビジョンには、かなりの一貫性があります。しかも、非現実的なビジョンを唱えながら、そこから現実的にギリギリ可能なことを抽出して実現し、ビジネスとして成立させているのです。
荒唐無稽な考えを起点に、現実世界にこれまでなかった技術やシステムを生み出すという流れは、まさにSFプロトタイピングそのものと言えます。
ちなみに、彼が強く影響を受けたと公言しているのが、『月は無慈悲な夜の女王』というSF小説。流刑地である月の独立をAIとともに計画し実行に移すという、なんとも彼のお気に入りらしい傑作です。興味のある方はぜひ読んでみてください。

SFプロトタイピングというと難しそうですが、実はシンプル。たったの3ステップです。
まずステップ1では、ドラえもんの初代主題歌のように「あんなことができたら」と、理想の世界を妄想していきます。自分の仕事と何ら関係ないことでも構いません。自分の「本当にしたかったこと」を、ゼロベースで考えてみてください。
例を挙げると「車椅子がスポーツカーよりも速く移動する」「瞼の動きだけで武器を破壊できる」など。これらは哲学者の小泉義之氏が、著書『「負け組」の哲学』で挙げたものたちです。
古典的なものでは、有史以来至る所で言われてきた「テレパシーがしたい」「地上に天国・楽園を生み出したい」なども類例でしょう。こういったことを自由に妄想してみるわけですね。
僕にも「あんなこと」がいくつもあります。そのうち一つが「身体を分裂させたい」というもの。身体の半分は自宅に、もう半分は仕事場やライブハウスに、といったことが実現したら素晴らしいと思いませんか。
人間、頭の中でなら「仕事のことを考えながら、明日の予定を立てる」なんてこともできるのですから、身体も分裂できて良いように思います。実際、これはメタバース技術を使えば疑似的に再現できそうですよね。
そして、そんな妄想が完成したらステップ2。今度は「私の考えが実現したら、こんな世界になる」というビジョンを共有するための「作品」を仕上げてみてください。小説でもエッセイでも、はたまた絵画でも音楽でも、何を作ってもOKです。
以前まで、このステップは鬼門でした。創作には、多少なりとも時間と労力がかかるものだからです。しかし、生成AIの登場以降は違います。さすがにSFは難しいようですが、エッセイであれば「こんなアイデアがあるから、うまくまとめて」といった頼み方で、ChatGPTがかなりの高水準で出力してくれるようになっています。
音楽にしても、自作の歌詞を入力して曲調を指定するだけで曲を自動生成するようなサービスが登場しているんです。
ただ、いくらステップ2でビジョンを共有できたとしても、やはり「ストーリー」に落とし込まないと、プロダクトやサービスの実現には至りません。人の心を動かし、仲間を集めることも難しいでしょう。特にステップ2を生成AIに頼る場合、クオリティ面にはまだ不安がありますからなおさらです。
そこでステップ3では、そこからあらためてストーリーを紡ぎ出していきます。こんなことができたら、という自分の欲望を深掘りし、実際にその欲望の実現に近づくには、どんな道筋があり得るかを考えるのです。
イーロン・マスクの例で言えば「人類滅亡の危機を脱するために、火星移住を実現する(ビジョン)」→「そのためには高性能で安く飛べるロケットが必要で、そのためにはまず○○や△△から始め......」と、ビジョンを分解し、そこに至る道筋の解像度を高めていくのです。
これが先ほどの「車椅子に乗った人が、スポーツカーよりも速く移動できるように」というビジョンなら、そこから「そもそも、今の車椅子で時速200kmも出したら死ぬよな。専用のスーツを作るか、車椅子そのものの形を変えるか」「あるいは物体転移装置を発明するという手も......」などと考えを進めます。様々な道筋や方向性を、一つひとつ分析していくのです。
このようにして、思い描いた「ぶっ飛んだ未来」に少しでも近づく方法を考えていけば、第三者にはまるで予想できない未来を自ら「創造」することも、まったく夢ではありません。

組織で、あるいはチームでSFプロトタイピングに取り組むことができれば、一人で取り組むよりなお良いでしょう。一つの部署で協力するのはもちろん、あえて部署を横断してメンバーを集めるのもおすすめです。
というのも、そうすることで組織力を発揮するための基盤ができるから。生成AIは、人間が個人でしていたタスクは代行できますが、多様な人間が協力し合って「組織で」していたことにはまだ無力。組織力を高めていくことの重要性は、今まさに高まっているのです。
この「組織力」を発揮するには、メンバー全員がビジョンを共有し、ある程度同じ方向に向かうことが不可欠。チームで行なうSFプロトタイピングは、これを誘導することができるという点で非常に優秀な手法と言えます。具体的には、先述したステップ1・2に各メンバーが個人で取り組んだ後で、それらを持ち寄り、チームでステップ3を進めるのが良いでしょう。
個々のメンバーの妄想を皆で深掘りするのも相互理解が深まりますし、メンバーたちの妄想をできる限り合体させていくのも面白い。例えば、「火星移住」と「身体を分裂させる」「天国を生み出す」を一緒にしたら、どデカいストーリーが生み出せるかもしれません。
もちろん、そのディスカッションの成果が即座に仕事に直結するわけではありません。しかし、皆がそろって実現したいと思える共通のビジョンが生まれることは、日々の仕事に同じような方向を向いて取り組む、という点で大きな意義があるでしょう。妄想力は、個人だけでなく組織の「AIに対抗する力」までも高めてくれるのです。
【樋口恭介(ひぐち・きょうすけ)】
SF作家/ITコンサルタント。1989年生まれ、岐阜県出身。早稲田大学文学部を卒業後、外資系コンサルティングファームに勤務。2017年、在職のまま『構造素子』で第5回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞し作家デビュー。20年からは「SFを社会に実装する」スタートアップ・アノンにも参画し、同社のメディア「Anon Press」の運営・編集にも携わる。23年からは東京大学大学院客員准教授。