2025年02月20日 公開
シニアの生活をサポートする専門職といえば、介護や看護の有資格者を思い浮かべるのが一般的だろう。しかし、コミュニケーションの専門職も必要だとして、その育成と普及に取り組んでいるのがAgeWellJapanだ。それも、ボランティアではなく、ビジネスとしての拡大を目指している。創業者で代表の赤木氏に話を聞いた。(取材・構成:川端隆人、写真撮影(赤木氏):まるやゆういち)
※本稿は、『THE21』2025年3月号の内容を一部抜粋・再編集したものです
――孫世代がシニア世代を訪問して、スマートフォンの使い方を教えたり、お出かけや趣味のお供をしたりする「もっとメイト」、二俣川駅(横浜市)直結の多世代交流スペース「モットバ!」の運営など、AgeWellJapanのサービスがメディアに注目されています。
【赤木】「若者がシニアと交流している」という光景はわかりやすいので、注目していただけているのだと思います。
それはありがたいのですが、実は、そうしたサービスの利用者数を増やすこと自体を成長のKPIにしているわけではありません。それよりも、サービスに携わっている「エイジウェルデザイナー」をどう増やして、世の中に浸透させていくかを重視しています。
「エイジウェル(Age-Well)」とは、「年齢を重ねるごとにポジティブに」という意味です。
私が起業を決意したきっかけは、祖母のケガでした。少しずつできないことが増えて、「ごめんなさいね、迷惑をかけて」と周囲に謝る様子を目の当たりにしました。介護や医療はまだ必要がない段階でも、日々の彩りがなくなっていくと感じていらっしゃるシニアは多くいます。
看護や介護の専門職はすでにいますが、それとは別に、人生の彩りやポジティブさ、前向きさに伴走する専門職が必要。それが、エイジウェルデザイナーです。
エイジウェルデザイナーに活躍してもらう場として、「もっとメイト」もあれば、「モットバ!」のような交流スペースもある。自治体や企業が主催するシニアの集まるイベントに派遣することもありますし、企業のシニア向けマーケティングで協業することもあります。こうした様々な場面で、年間で2.4万人のシニアと出会っています。
――エイジウェルデザイナーには大学生が多いと聞きました。どのように育成しているのでしょうか?
【赤木】現状、大学生が80%ほどで、主婦や会社員など、他の属性の方が徐々に増えているところです。エイジウェルデザイナーの研修カリキュラムは、全部で150時間あります。創業してから2年間は、売上を作らずに研修を作っていたと言ってもいいくらい、独自の研修づくりに力を入れてきました。
――具体的に、どのような研修を行なっているのでしょう?
【赤木】エイジウェルデザイナーの仕事は、利他の精神や感謝、エイジズム(年齢差別)をはじめとする偏見や固定概念を持たない、といった姿勢がベースになっています。
そのうえで、テクニックが重要です。
例えば、シニアの方と接していると、「もう私なんて生きていても仕方がない」といった言葉を聞くことがしばしばあります。そんなことを普通の大学生が言われたら、どう返せばいいのか、わからないですよね。
そういう場面で、どう上手に受け止めて、切り返すか。研修カリキュラムの一つである「ネガティブ切り返し研修」では、そうしたテクニックを学びます。
こうして実践の中から一つひとつ作り上げてきたのが、現在の研修カリキュラムです。シニアに特化したコミュニケーションのテクニックを仕事として学ぶ、そのためのカリキュラムも整備されている。そういう会社は他になかなかないと思います。
――シニアと接点のある、あらゆる業種に応用できそうですね。
【赤木】実際、看護や介護の現場からも研修をしてほしいというお声がけをいただいています。
150時間の研修を15時間に圧縮したものを、ソフトバンクやきらぼし銀行などに企業研修として提供することも始めていて、「企業内エイジウェルデザイナー」も生まれています。
通信キャリアと連携して、郵便局でのスマホのリモート講習も行なっています。
年金の受給日にシニアが金融機関の店舗に来るのは、窓口の方と話したいからだったりします。それなのに、それに対応する役割は個人のホスピタリティに任されているのが現状で、プロのスキルとして認められていないし、給与に反映されているわけでもない。それはとてももったいないことだと考えています。だからこそ、エイジウェルデザイナーという新しい職業を提案し、浸透させようとしているのです。
もしコンビニの店員がエイジウェルデザイナーだったら、毎日お饅頭を買いに来るシニアのお客様が、いつもは一つなのに、今日は二つレジに持って来たことに気づいて、「あれ、誰か来るんですか?」「実は孫が来るんだよ」という会話ができたりする。コンビニがそういう場になれば、振り込め詐欺の被害も激減するでしょう。
コミュニケーションにはそれだけの価値があるということを理解している企業が増えてきているし、私たちもあの手この手で伝えようとしているところです。
DXが進んでいるからこそ、人と会ってコミュニケーションをとることの価値はますます高まっています。特に、漠然とした不安感や孤独感を持っているシニアにとって、コミュニケーションは重要です。
エイジウェルデザイナーとして働いている主婦の方に、「自分には何の取り柄もないと思っていた。ただ、子育ても頑張ってきたし、PTAでも活動する中で、コミュニケーションだけはできると思っていた。それが仕事になったのが嬉しい」と言われたことがあります。
コミュニケーションは立派な技術だし、仕事になる。コミュニケーションを稼げる仕事にすることが、私たちの役割だと思っています。
――研修カリキュラムを作ることの重要性に気づかれたのには、どういう経緯があったのでしょう?
【赤木】創業期には、私を含めて7人のスタッフ全員がシニアの訪問サービスに携わっていました。私自身はリピートもいただけて順調だったのですが、うまくいかないメンバーもいました。当時の私は、そんなメンバーを「やる気がない」と思っていて、会議でも「本気でやって!」と言ったりしていました。
あるとき、そんなメンバーの一人が「やる気はあるけれど、できないんです。どうやっているのか教えてほしい」と言ったんです。
それで、「コミュニケーションはマインドの問題だと思っていたけれど、能力なんだ」「だからこそ、ちゃんとお金をいただいていいんだ」と気づきました。
そこからロールプレイングをするようになって、本格的に研修のカリキュラムづくりも始めました。
――様々な分野でエイジウェルデザイナーの活躍が増えると、人材育成も加速させる必要がありますね。
【赤木】現在150人いるエイジウェルデザイナーを、2030年までに3.5万人にすることが目標です。
先ほどお話ししたソフトバンクやきらぼし銀行などでは、「企業内エイジウェルデザイナー」が研修のたびに100人単位で生まれています。
もちろん、ただ人数を増やすのではなく、ベーシック、アドバンス、マスターと資格をランク付けして、ベーシックはできるだけたくさんの人に取ってもらう、アドバンスには厳しい認定基準を設けていく、という形でクオリティを保っています。
今後は資格認定事業としても広げていけたらと考えています。
更新:02月22日 00:05