2024年05月08日 公開
「電動キックボード」のルール整備でも注目された、2023年の道路交通法改正。その実現を後押ししたのが、マイクロモビリティ推進協議会の会長で、(株)LuupではCEOを務める岡井大輝氏だ。18年の起業から5年をかけて法整備に至った若き社長の素顔と、その原動力に迫る。(取材・構成:横山瑠美)
※本稿は、『THE21』2024年6月号の掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。
最初に起業を志したのは大学時代。東大の農学部の研究室で研究に励んでいましたが、その時点ですでに「自分は研究そのものより、研究のための資金調達とか、研究成果の社会実装といった方面に注力するほうが、性に合っているんじゃないか」と感じていたんです。
サークルで出会った5人の仲間とも、起業するならどんな事業がいいか、よく話し合いました。共通していたのは、将来的に高齢化と人口減少がほぼ確実な日本の未来を支える「新たなインフラ」をつくりたい、という思い。これが出発点でした。
ただ、本当にインフラを立ち上げるとなると、一般的な起業のように数千万円程度の資金調達で実現できるものでもありません。そこで、仲間と各自の役割を決め、その役割に必要なスキルや経験を積める就職先で力を蓄えて再集結し、30歳で起業しようと約束し合いました。
大学卒業後も宣言通り、戦略系コンサルティング企業で上場企業のPMI(企業統合)業務に従事するなど研鑽を積んでいたのですが......。少しずつ「行動を起こすなら早いに越したことはない。明確な理由もなしに30歳まで待つ必要はないのかも」と考えるようになったんです。それもあって、予定よりも5年早く25歳で退職し、今の会社を立ち上げました。
といっても、起業してすぐに今のような事業(電動マイクロモビリティのシェアリングサービス)を始めたわけではありません。実は、起業してから6回ものピボット、つまり事業転換を経験しています。
例えば最初は「介護士資格を持つ人を、介護を必要とする家庭にスポットで派遣する事業」を模索したのですが、「駅やバス停から離れた場所間の移動効率が極端に低い」という日本特有の事情を前に泣く泣く断念。実はこのときの経験が、今のサービスの構想につながっています。
というのも、日本の街づくりは基本、鉄道やバスでの移動が前提なんです。そのため、駅やバス停から遠い場所へ移動するには、かなりの時間やコストがかかります。原付や車を停められる場所もなかなかなく、路上に停めれば違反になる。どうにか駐車場を見つけても、駐車(駐輪)料金は高額です。
単価の低い介護事業では、1日に複数件のマッチングができないと、働く方に満足な収入を提供できません。それを考えたとき、この「移動効率の悪さ」は、マッチングできるかどうか以前の、致命的な問題でした。
日本の街の多くには、鉄道やバスなどの「大動脈」は整備されていても、それと対をなすような「街の毛細血管」となる交通インフラがない──最初の事業での挫折は、私たちが現在進行形で取り組むこの課題と初めて向き合った出来事でもあったわけです。
それからは「どうすれば、そんな『毛細血管』になる交通インフラを作れるか」を考え抜きました。2036年には「日本国民の3人に1人が高齢者」という時代が来ると言われています。そうなると、物やサービスが直接自宅に届くようなCtoCのビジネスモデルが行き詰まることは明らかです。
となると、今後は誰もが自らの力で目的地まで行ける、一人乗りモビリティのシェアリングサービスが必要になるに違いない。誰もが気軽に乗れるものでなくてはいけない以上、電動が望ましく、保管場所を節約するためにはサイズも極力小さくしたい......。
僕たちの提供する「LUUP」は、そんな作り込みの産物です。電動アシストつき自転車と電動キックボードをポート(貸出と返却を行なう場所)にそろえ、好みで選べるようにしています。
嬉しいことに、LUUPを利用するためのスマートフォンアプリは100万ダウンロード(2024年4月現在)を突破しており、その数は今も着実に増え続けています。サービスの提供エリアも、東京や大阪、名古屋のような大都市ばかりでなく、仙台、神戸、福岡など地方都市にも広がっており、ポート数は全国で7200カ所を超えました。
通常のプロダクトなら、メーカーとユーザーとの間での調整がメインです。しかし新たなモビリティを社会に実装する、未知のインフラを整備しようとしている以上、利用者はもちろん関係省庁や自治体、警察、果ては一般ドライバーや歩行者まで、多様なステークホルダーの意見を吸い上げて、サービスを組み上げていかねばなりません。
現に、政府との実証実験だけでも3回、それ以外の自治体での実証実験は30回以上にものぼりました。
ただ、確かに苦労はあったものの、LUUPというサービスが拡大する中で、移動が変わり、街が変わりつつある実感もあるんです。
例えば、ポートを設置した不動産会社から「入居率や内見率が上がった」と言われたり、ポートを設置した飲食店から「駅から遠くて苦戦していたが、設置してからは売上が右肩上がりになった」という声が届いたり。
また、最近では訪問介護先を回る介護士の方に使っていただくケースも出てきました。LUUPによって移動時間のロスがなくなり、その分多く支援先を回れるため、介護士の方の実質的な時給上昇にも貢献できているのです。これは僕らが創業期に断念した介護事業にも通じる成果。非常に嬉しい反響でした。
これからも、歩いて数分でLUUPを利用することができるよう、全国津々浦々にポートを設置したい。僕らの掲げる「街じゅうを『駅前化』するインフラをつくる」というミッションを達成するには、そこまで到達しなくてはいけないと思っています。その状態を100%とするなら、今の達成率はまだ3%程度です。
そしてそのミッションを達成するには、ご高齢者を含む幅広い年齢層の方に安心して乗っていただけるモビリティが欠かせません。
実は現在、そのための切り札となる三輪・四輪の新型電動マイクロモビリティの研究開発に力を入れています。 僕たちは、決して「電動キックボードを社会に実装するための会社」ではありません。だからこそ、ここで歩みを止めるつもりは毛頭ない。ミッションの実現に少しでも近づいていくために、これからも日々努力を重ねていくつもりです。
【岡井大輝(おかい・だいき)】
1993年生まれ、東京都出身。東京大学農学部を卒業後、戦略系コンサルティングファームに勤務。2018年に退職し、大学時代の仲間と(株)Luupを起業して現職。19年には国内の主な電動キックボード事業者を集めて「マイクロモビリティ推進協議会」を設立し、以降会長として関係各所との交渉に尽力。電動キックボードの公道走行が可能になった23年の道路交通法改正にも大きく貢献するなど、いちベンチャー企業の社長に留まらない活躍を見せている。
更新:11月21日 00:05