2024年12月27日 公開

「自分でやったほうが早い」と考えて、つい仕事を抱え込んでしまう......。多くのミドルから寄せられる悩みだ。そこで、ベストセラー『任せるコツ』の著者で、自らも大手マーケティング会社の現役ディレクターとして「任せる」を実践している山本渉氏に、上手な「丸投げ」のノウハウを聞いた。(取材・構成:坂田博史)
※本稿は、『THE21』2024年1月号より、内容を抜粋・編集したものです。
仕事を「任せる」ことは、簡単そうに見えて難しいこと。私自身、リーダーになりたての頃は、メンバーにうまく仕事を任せることができず、仕事を抱え込んでパンクしてしまったことがあります。
その頃の私の意識は自分が「主役」でした。メンバーのことは「駒」としか見ておらず、任せた仕事を期待通りこなせない部下のことは「ダメな奴」とさえ思っていたんです。
しかし今考えれば、ダメだったのは私のほう。仕事の「任せ方」が、まるでなっていませんでした。
今、私はメンバーに仕事を任せることを、あえて「丸投げ」と表現しています。ネガティブなイメージのあるこの言葉を使う理由は「任せるときは、中途半端に任せるのではなく、任せ切るべき」という考えがあるから。
適性や能力を踏まえて「誰にどの仕事を任せるか」を判断する力と、正しい「頼み方」さえ身につければ、自分も相手も楽になる「ホワイトな丸投げ」が可能になるのです。
まず「頼み方」のコツから解説します。踏まえるべきは、次の4つのポイントです。
①意欲の創出
「○○さんにしか頼めない」など、相手に「やろう」と思わせる言葉を盛り込むこと
②目的の明確化
作業内容だけでなく、その意義や意図を伝えること
③欲求充足
「前にもらった意見を取り入れた仕事なんだけど」など、相手のニーズにも合致する仕事であるのを示すこと
④「断る余白」を作ること
「多忙なようだけど、できそう?」「無理はしないで」など、断る選択肢を設けたり、負担に配慮したりする姿勢
いきなりこれらすべてを踏まえるのは難しい、という方は、まず「2目的の明確化」を意識してみてください。これこそ、仕事を頼む際の最重要ポイントと言うべき事柄です。ご存じの方も多いと思いますが、ある有名な童話に「3人のレンガ職人」というものがあります。ざっくり言えば、次のような内容です。
------
ある旅人が、街中でレンガを積んでいる3人の職人に「何をしているのか」と聞くと、それぞれこんな答えが返ってきた。「命令されて、仕方なくレンガを積んでいる」「やってくれてすごく助かる!」「仕事で建物の壁を作っている」「この町の教会を建てている。とても光栄な仕事だ」言うまでもなく、3人の中で最も意欲的に働き、最大の成果をあげていたのは「教会を建てる」という目的を知っていた3人目の職人だった。
------
この話は、よく「仕事をする際は、目的をはっきりさせてから取り組むべき」といった趣旨のスピーチなどで使われるものですが、部下の力をうまく引き出す任せ方、という観点でも同じことが言えます。その仕事が何の役に立つか、という目的さえ提示してあげれば、それだけで単なる作業も意義あるものになり、モチベーションが高まるのです。
例えば、「会議用の資料をまとめておいて」と頼むのと、「今までみんなで進めていた企画の方向性を決める役員会議があるんだけど、そこに出すための資料をまとめておいて」と依頼するのでは、頼まれる側の意欲がまるで違ってくるでしょう。
特に今の若い人たちは、この「仕事の目的」がはっきりするだけで、目に見えてパフォーマンスが上がる傾向があります。お金や出世より、自分が社会に役立てているかという点が意欲に直結する人が、昔に比べて増えているようです。
次に「誰に何を任せるか」について解説しましょう。重視すべきは、メンバーの「意欲」と「適性」を見抜くことです。当然ながら、人によって意欲の源泉は違います。例えば今の若者なら、先述のように「世の中に貢献できるか」や「自分が「成長できるか」といったことでモチベーションを上げる人が多くいます。
これは「社内での評価」や「給料アップ」などが意欲の源泉となりがちだったミドル世代とは対照的です。また、仕事の「適性」もメンバーによって様々です。人には誰しも得手不得手があるもの。ざっくばらんにアイデアを出すのが得意な人もいれば、それは苦手だけど緻密な資料の作成ならお手の物、という人もいます。ある分野では10段階で3程度の能力だけど、他の分野では8や9、ということは珍しくありません。
無駄な手戻りのない「正しい「丸投げ」のためには、このような一人ひとりの「意欲」や「得「意」が活きる仕事を任せることが鉄則です。
重要なのは「自分を基準に考えない」ということ。世のマネジャーは、つい「自分なら、こんな大きい仕事を任されたら意気に感じる」「この仕事は動く金額が小さいから、新人にやらせ「ればいいか」といったことを基準にしてしまいがち。
そうではなく、一人ひとりが自分の強みを活かし、意欲的に取り組める仕事をアサイン(割り当て)してあげることが、マネジャーの最も重要な仕事と考えてください。
かつてよく見られた「マネジャー=上位の人間」「仕事を与えてやっている」といった考え方では、自分もメンバーも苦しくなるばかりです。
正しい丸投げができれば、まずマネジャーが自分の仕事に使える時間が増えます。そして、丸投げされたメンバーも意欲的に仕事をこなし、成長していきます。正しい丸投げは、組織の誰にとってもメリットがある方法なのです。
リーダーの中には、自分と違うやり方で仕事を進めるメンバーがいると、それが気になってしまい、つい自分のやり方を押しつけてしまう人がいます。しかし、取引先にお詫びに出向くような大事故につながるような進め方でない限り、基本的にはその人のやり方を尊重しましょう。それが「丸投げ」ということです。
もしメンバーが失敗してしまっても、それはその人が成長するための投資だと割り切りましょう。どうしても口出ししないと気が済まないときも、ああしろこうしろと指図するのではなく、「これ、相手はどう思うかな」といった質問を通して、メンバー本人が自ら修正できるよう誘導するかたちにしてください。
仕事の出来を問わず、「終わったあとのフィードバック」も重要です。仕事を済ませたのに何も言われないと、メンバーは不安になるもの。ともすると「自分のした仕事は無駄だったのでは」と、意欲の部分にも影響が出てしまいます。
任せた仕事が単純作業だったりすると、つい「フィードバックするまでもないか」と考えがちですが、実は逆。部下の視点からは意義を見出しづらい仕事ほど、どう役に立ったのか、その仕事の意義や結果、成果を伝えるべきなのです。
会議のために机を並べる、飲み会のお店を予約するなどの細かい業務ほど「ありがとう、すごく雰囲気の良いお店だったね」などとひと声かけるようにしていただけたらと思います。メンバーが「この人はどんな仕事でも見てくれている」と思うような声かけができればベストです。
また、適切なかたちで「褒める」ことも非常に重要。このときついやってしまいがちなのが、他人と比べる「水平比較」での褒めなのですが、できれば過去本人と比べる「垂直比較」で褒めてあげるのがお勧めです。なぜなら水平比較の場合、比べた相手と本人の関係性によっては、複雑な気持ちを抱いてしまう恐れがあるから。
そうではなく、「去年できなかったことができるようになっている」など、純粋な「成長」に焦点を当てるのが良いでしょう。また、フィードバックの際には今後の課題や問題点もしっか指摘したいところですが、その際に心がけるべきは「話の最初と最後はポジティブな内容に「する」ということ。
いきなりネガティブなことを言うのではなく「ここは良かったけど、ここは良くなかった。改善できたらもっとレベルアップできるよ」という順番で話すわけです。本来「怒る」ことは目的ではありません。目的は、次に同じ仕事をするときに、うまくやれるようにすることです。
フィードバック後、メンバーが「怒ら「れた」という印象を持つと、どうしてもモチベーションが下がります。「今回はダメだった」ではなく、「次は今回以上にうまくやろう」と思わせる終わり方が理想です。
現在、私は現場のマネジャーではなく、そのマネジャーたちを統括するディレクターの立場ですが、マネジャーがメンバーに仕事を任せるのも、ディレクターがマネジャーに仕事を任せるのも任せ方の基本は同じです。
ただ、この立場になって感じたのが「マネジャーたちが、部署・部門を越えてメンバーの適性を把握する」ことの重要性。今では月に一度、各部署のマネジャーに集まってもらい、メンバーの話をしてもらう情報交換の機会を設けています。
人材の情報を広く共有している組織は、人材の流動性も高まり、適材適所が実現でき、組織が強くなります。例えば、Aさんがある仕事をしたいと希望しているが、今の部署では難しいという場合。今の時代、この状況を放っておくと、最悪「Aさんの退職」という事態も想定されます。
しかしその情報がマネジャーの間で共有されていれば、何かの折に「Aさんを、その仕事が可能な隣の部署に異動する」といった動きも、スムーズに実現することができますよね。繰り返しになりますが、メンバーをよく見て、一人ひとりの能力を活かす「正しい丸投げ」をしながら仕事を回していくことこそ、マネジャーの責務。
それは、メンバーだけでなくマネジャー自身をも楽にしてくれる行動です。ぜひ、今回ご紹介した「正しい丸投げ」をルーティンにしてください。まずは日々の雑談、言動、仕事ぶりなどから「意欲と適性」をリサーチすること。ここから始めていただければと思います。
【山本渉 (やまもと・わたる)】
引きこもりがもとで高校を中退後、アメリカの大学に留学。帰国後、国内最大手のマーケティング会社に入社し、30代でマネジャーに。 そこで経験した数々の失敗から、 メンバーの適性を見抜いて仕事を一任する、「正しい丸投げ」の技術を編み出す。 現在もマーケティング会社の統括ディレクターとして、年間100近いプロジェクトをメンバーに依頼して いる。著書に「任せるコツ」(すばる舎)がある。
更新:12月30日 00:05