採用難が叫ばれる昨今、企業は優秀な人材の確保に頭を悩ませている。そんな中で注目を集めているのが、学生時代にスポーツに打ち込んだ「スポーツ人材」だ。その魅力や活用の秘訣とは?
「心がつながる組織を創り出す」というパーパスビジョンのもと、企業研修事業や採用コンサルティング事業を展開するたかみむすび(株)の畝尾賢明社長に、アスリートのキャリア支援の第一人者・吉浦剛史氏が話を聞く。(構成:坂田博史/人物写真撮影:鶴田孝介)
※本稿は、『THE21』2024年12月号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。
【畝尾賢明(うねお・けんめい)】
たかみむすび(株)代表取締役社長
1990年、鹿児島県生まれ。2013年、千葉大学卒業。新卒で人材教育のコンサルティング会社に勤務し、大阪にて企業人事コンサルティングを担当。2017年、ベンチャー企業に転職。人事責任者として10名の組織を100名の組織へ成長させた際の採用・教育・制度設計を担当した。その後、2019年にたかみむすび(株)を創業。
【吉浦剛史(よしうら・つよし)】
スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」推進委員
(株)スポーツフィールド キャリアサポート推進室長
1988年生まれ。奈良県出身。大和ハウス工業(株)で社内営業表彰を複数受賞後、2015年に(株)スポーツフィールドに入社。現在は関西と九州のエリアマネージャーとキャリアサポート推進室長を兼任。2020年からはスポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」の推進委員も務める。アスリート学生へのキャリア支援のための講演や授業を行ない、受講生は1万5,000名を超える。JKC(全日本フルコンタクト空手コミッション)キャリアサポートアドバイザー。
【畝尾】私は新卒で人材教育のコンサルティング会社に就職しました。その後一度転職を経験したのち、2019年8月にたかみむすび(株)を創業。現在は企業研修事業、採用コンサルティング事業、障がい者人材雇用支援事業を手がけています。
【吉浦】大学まで野球を続けられていたと聞いています。
【畝尾】はい、中学で野球を始め、高校時代は奈良県の郡山高校で甲子園を目指しました。ただ、レギュラーはおろかベンチに入ることもできず、その悔しさもあって大学でも野球を続けました。大学の野球部でも精一杯努力し、練習に打ち込んだのですが、レギュラーになることはとうとうできませんでした。
大学時代、レギュラー獲得を目指して、鳥取にあるワールドウィングエンタープライズ社のトレーニング合宿に個人的に参加したこともあります。代表の小山裕史先生のトレーニング理論を高校時代から勉強しており、大学3年時には「ここに就職させてください」と伝えたのですが、「君はビジネスの世界に進んだほうがいい」とやんわり断られました(笑)。
【吉浦】人材教育のコンサルティング企業を就職先として選んだのは、なぜですか。
【畝尾】在籍していたのは教育学部だったのですが、学校の先生になるつもりはありませんでした。それよりも、自己成長のためのトレーニングや研修など、広い意味での教育事業に興味があったので、そちらの道を選びました。
「野球で勝てなくても、人生の勝利者になれ」。これは私が尊敬する高校時代の野球部監督の言葉です。就職後はこの教えに従い、「社会人になったら自分がやるビジネス分野で活躍しよう。そして、プロ野球や社会人野球の道に進んだチームメートよりも輝けるようになりたい」と考えて仕事に励みました。
幸い多くの経営者の方にかわいがっていただき、最年少で売上の表彰をいただいたこともあります。
▲鹿児島県南九州市知覧町郡は特攻隊の出撃基地があった場所。その地に立つ「知覧特攻平和会館」では、特攻戦死された隊員の遺品・関係資料を保存・公開している。「初めて英霊の遺書を読ませていただいたときには、2時間涙が止まりませんでした」(畝尾社長)。
【吉浦】就職から6年後に起業されたわけですが、何かきっかけがあったのですか。
【畝尾】30歳までに会社を起こしたいと思っていましたが、それは漠然としたものでした。起業を決意したのは、26歳のとき鹿児島県南九州市にある知覧特攻平和会館を訪れたのがきっかけです。私は生まれが鹿児島で、祖母が鹿児島に住んでいたのですが、かなり具合が悪くなったこともあり、会いに行きました。
以前から知覧特攻平和会館があることは知っていましたが行く機会はなく、このとき初めて訪れました。英霊たちの遺書がいくつも展示されているのですが、それを読んで涙が止まらなくなりました。会館にいた2時間ぐらいの間、泣き続け、時には号泣してしまいました。
何に一番心を打たれたかと言えば、感謝の気持ちです。父母への感謝はもちろん、友達の親や近所の人たちにまで感謝の言葉が綴られていました。感謝している人の円がとてつもなく大きかったです。
それに対して、自分はいったいどれだけ人に感謝してきたのか。自分のことしか考えず、自分のためにしか生きてこなかった。そのことを痛感しました。
また、「今の日本は、無念の想いで死んでいった英霊たちが残したかった日本なのか」という思いも頭をもたげました。「これからは日本の未来のためになることをやろう」、そう決意したのが起業のきっかけです。
【吉浦】畝尾社長は、野球を通して感性が磨かれていたから、英霊たちの想いに強く心を動かされたのかもしれません。
本を読んで学ぶことも大切ですが、体験する、体感することでしか学べないことがあります。スポーツでは、多くの体験や体感を積み重ねながら様々なことを学びます。だから感性が育まれる。私はそう考えています。
【畝尾】当社では現在、「知覧研修」と呼んでいる研修を行なっています。新卒社員が対象ですが、プログラムの最後に経営者にも参加してもらいます。なぜなら経営者と新卒社員の絆づくりがこの研修の主眼だからです。
新卒社員たちには、知覧特攻平和会館を見学してもらい、実際に体験してもらいます。何を感じるかは人それぞれですが、頭で理解するのではなく、体感することで得られる学びが必ずあり、この体験を機に意識や態度が大きく変わった人たちがたくさんいます。
【吉浦】感性を磨くには、人間の命に触れるような体験が必要なのだと思います。そして、事実をありのままに見ることも大事。体験型の研修では知識ではなく実学を学ぶことができます。
▲知覧特攻平和会館で遺書を見ていく体感型研修「知覧研修」を、新卒社員向けに提供している。見学の前には当時の状況や社会の価値観についても講義。今の時代に生きられる感謝や、自分自身は社会に出て与える側に回るうえで何を残していくのか、命を何に使っていくのかといったことについて深く内観できる内容になっている。
【畝尾】今の若い人たちは、40代以上の人たちが考えているよりも、はるかに素直です。斜に構えるような人は少なく、右や左といったイデオロギー的な偏見もなく、素直に受け止めてくれます。ですから、知覧研修でも伝えたいことがきちんと伝わっている感覚があります。
新卒社員は、真っ白なキャンパスだとよく言われますが、それは変わっていません。にもかかわらず、若手が育たないのだとしたら、それはその会社が「若手が育たない文化」になってしまっているからではないでしょうか。実際、若手が育つ文化がある会社では、若手がたくさん育っていますから。
【吉浦】強いチームは、どこかのタイミングで仲間同士で本音を語り合います。だからわかり合え、チームが強くなる。ひと昔前、上司が若手を誘って飲みニケーションをやっていたのは、部下の本音を聞きたかったからではないでしょうか。
【畝尾】若手にとって本音を話すことは怖いことです。本音を話すには、それなりの覚悟が必要ですが、覚悟をもって本音を話す人が周囲にいなければ、覚悟ができている人がどういう人なのか、イメージすることすらできないでしょう。本音を話さないほうが得だったという体験をすれば、それが当たり前になり、会社の文化になっていきます。
【吉浦】経営者やチームリーダーが本音を語らなければ、若手も本音を話すことはありません。写し鏡ですから。経営者やリーダーは、「自分の組織は、自分の写し鏡だ」と考えて、若手と接する必要があります。
年輩の経営者で若手から慕われている人がいますが、それは、その経営者が若手にきちんと対峙し、覚悟をもって本音を語っているからでしょう。
【畝尾】覚悟のある上司がいるから、部下も覚悟の大事さが理解できる。だとしたら、社員に覚悟をもって仕事を遂行してもらいたいのであれば、経営者が自らの覚悟を見せる必要があるということですね。
【吉浦】みんな小さな覚悟はあるのだと思います。その小さな覚悟の度合いを上げていく。小さな覚悟を積み重ねることで、大きな覚悟ができるようになる。覚悟とは何かを知るために最適な場所が、知覧特攻平和会館なのだと思いました。
【畝尾】当社のパーパスは、「心がつながる組織を創り出す」です。なので、ビジネススキルが身につく単発の研修ではなく、企業文化を変えていく、創っていくロングスパンの研修を行なっています。
そうした研修を行なってきて思うのは、その会社の志、経営理念、パーパスなどに、社員が共感しているかどうかがすごく大事だということです。壮大なものに魅かれている人たちの集まりであれば、個人としても、そこから自分が働く意味や意義を見いだせ、それが働きがいにつながります。
【吉浦】私は、働き方改革の前に、「働きがい改革」が必要だと言っています。どうしたら働きがいのある会社や世の中にできるのか。働きがいとはそもそも何か。こうしたことを考えさせる教育が大学でできているのか、はなはだ疑問です。
▲研修のフィナーレでは、経営者と新入社員との絆を作っていく。「自分のビジョンを応援してくれる大切な人からのエールに涙を流す参加者の方も少なくありません」(畝尾社長)。
【畝尾】「今だけ、金だけ、自分だけ」を考えて、「俺の人生なのだから好きにさせてくれ」と言う人がいます。研修に来る人の中にも、「研修を受けさせられている」と平気で言う人がいます。こうした人たちを変えたい。
そのときに最も大事になるのが感謝の気持ちです。研修費用を出しているのは会社で、「会社が費用を負担してまで自分を成長させてくれようとしているのだ」と思えれば、感謝の気持ちが湧くはずです。
親に育ててもらったことへの感謝。80年前の人たちが命を懸けて守ってくれた日本に暮らせていることの有難さ。こうした感謝が人間の土台にあるかどうか。ない人に、どうしたら感謝の気持ちを持ってもらえるのか。そうしたことをずっと考え続けています。
【吉浦】最後に、これからの展望などを教えてください。
【畝尾】まだまだ小さな組織ですが、パーパスとして掲げている「心がつながる組織を創り出す」ために、事業の幅を少しずつでも広げていきたいと考えています。知覧研修は、当社のアイデンティティですが、それ以外にも心がつながる組織づくりの支援をやっていきたい。
中でも、地方企業のお手伝いができればと思っています。地方企業の中には、若手の採用や育成に苦労している企業が多くあります。こうした地方企業が大きく成長することが、ひいては日本の成長につながると考えているからです。
【吉浦】知覧特攻平和会館の前に新たにオフィスを作ったのも、そうした考えの表れですか。
【畝尾】知覧のある南九州市に何らかの還元ができればと思い、「まずは自分たちに今できることを」との思いからです。
親の教育もあり、私は薩摩隼人だと思って生きてきました。西郷隆盛のような気骨のある人間になりたいと今でも思っていますし、地元愛や郷土愛も人一倍あります。そして、こうしたアイデンティティこそが東京にはないものであり、何よりも大事にしていかなければならないものだと信じています。
更新:12月02日 00:05