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「建設業の人材不足」解消のカギとは? 愛媛の足場会社が明かす、採用のポイント

2024年08月06日 公開

片上博登(片上工務店代表取締役社長),吉浦剛史(スポーツキャリアサポートコンソーシアム推進委員)

片上博登,吉浦剛史

採用難が叫ばれる昨今、企業は優秀な人材の確保に頭を悩ませている。そんな中で注目を集めているのが、学生時代にスポーツに打ち込んだ「スポーツ人材」だ。その魅力や活用の秘訣とは?

愛媛県新居浜市で約60年の歴史を誇る「足場」建設会社・(株)片上工務店の片上博登社長に、アスリートのキャリア支援の第一人者・吉浦剛史氏が話を聞く。(構成:坂田博史/人物写真撮影:松尾純)

※本稿は、『THE21』2024年9月号の掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

片上工務店ユニフォーム

(株)片上工務店は、愛媛県新居浜市で約60年の歴史を誇る足場専門の会社。足場コンサルタントとして元請会社と強固なパートナーシップを構築。施工難易度の高い工場で、オーダーメイドの足場を施工している。その技術力と特異性が認められ、愛媛県の「ものづくり企業」の優れた技術や製品を紹介する「スゴ技」にも認定されている。

「足場はあくまで仮設なので、完成した建物に私たちの痕跡は残りません。でも、建設現場の安全と作業を支える重要なものですし、創造的に課題を解決していく力が求められる仕事でもあります。そんなやりがいのある素晴らしい仕事なんだということをもっとみんなに知ってほしい。数年前にユニフォームやホームページを刷新したのも、そんな思いからでした」(片上社長)

 

片上博登

【片上博登(かたかみ・ひろと)】

(株)片上工務店代表取締役社長

1982年生まれ。愛媛県出身。岡山大学卒。大学時代は漕艇(ボート)部でコックス(舵手)を務め、関西選手権エイト(8人乗り)で優勝。専門学校を経て、2006年に(株)片上工務店に入社。以来、足場コンサルタントとして、難易度の高い工場向けにオーダーメイドの足場を建設してきた。2018年、同社代表取締役社長に就任。

 

吉浦剛史

【吉浦剛史(よしうら・つよし)】

スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」推進委員
(株)スポーツフィールド キャリアサポート推進室長

1988年生まれ。奈良県出身。大和ハウス工業(株)で社内営業表彰を複数受賞後、2015年に(株)スポーツフィールドに入社。現在は関西と九州のエリアマネージャーとキャリアサポート推進室長を兼任。2020年からはスポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」の推進委員も務める。アスリート学生へのキャリア支援のための講演や授業を行ない、受講生は1万5,000名を超える。JKC(全日本フルコンタクト空手コミッション)キャリアサポートアドバイザー。

 

足場コンサルタントとして工事全体の進行をサポート

片上工務店ホームページ

【片上】当社は、四国屈指の工業都市・愛媛県新居浜市にある「足場」建設会社です。

ひと口に足場と言っても、新築住宅の足場から、マンションの建設・修繕の足場、総合病院や大型商業施設建設の足場まで多種多様。中でも当社は、施工難易度が高い「工場向けの足場」を中心に手がけています。

工場は規模が大きく形も複雑で、設備もそれぞれに異なります。強度を兼ね備えながら単管を一本一本組み上げる、極めて高い技術力が求められます。足場の品質が悪ければ、全体の工程に遅延が生じるだけでなく、転落・落下などの大事故を引き起こしかねません。高所作業を安全かつ効率良く進めるうえで、「現場の安心・安全は足場から」と言っても過言ではありません。

【吉浦】こう言っては失礼かもしれませんが、御社のホームページを拝見したとき、足場施工の仕事がとてもかっこよく見えました。

【片上】ありがとうございます。5年前に新卒採用を始めた際に、ホームページやユニフォームを約2年かけて作り直したのも、「自分たちは高度技術を有する仕事を任されている」という自覚を社員に持ってほしいという思いと、その魅力を社外にもっと広く伝えたいという思いからです。

【吉浦】足場の歴史は、日本の建築の歴史でもありますね。

【片上】今も昔も足場なくして建築工事は成り立ちません。足場施工や足場作業に従事する人を「鳶職」と呼び始めたのは江戸時代からです。

鳶職は工事の最初から最後まで建築現場にいて、建物の構造に一番精通しています。江戸の大火の際、鳶職は火災現場にいち早くかけつけて、延焼先の建物を手際良く解体しました。「破壊消火」と呼ばれたように、火を消すのではなく延焼が広がらないように先回りして解体するのです。「建物を建てる技術」は「建物を解体する技術」でもあります。鳶職は、大工、左官と並び「華の三職」と言われる人気職業でした。

【吉浦】御社のホームページにある「KATAKAMI PRIDE」とも重なります。

【片上】先日、ある大手ゼネコンの担当者から若い現場監督を育てる相談を受けてディスカッションをした際も、足場の管理を経験させるという答えにたどり着きました。足場の施工から解体までの一連の流れは工事の流れとパラレルであり、足場を理解することイコール工事全体を理解することだからです。

当社は受け身の足場会社ではなく、「足場コンサルタント」として、設計から強度計算、図面作成、資材調達、人員調達、工程計画・管理、工事施行と、本来複数社が関わる一連の工程を一社ですべて行なうことができるのを強みとしています。

 

お客様からの「ありがとう」が自己成長のエネルギーに

片上工務店 足場

【吉浦】建設業界には、大手ゼネコンをはじめ、中小の建設会社、空調設備や電気設備などの専門工事会社など数多くの企業がひしめきあっています。求人票を出して新卒を採用しようにも、ご苦労されているのではないですか。

【片上】建設業界の現場作業員は「有料職業紹介の対象外」の職種でもあり、慢性的に優秀人材の確保に苦労している業界です。ましてや足場は下請の中の下請の業種でもあり、従来の「きつい・汚い・危険」という3Kイメージに加え、若い施工管理者や職人を育てるための教育プログラムや、仕事を長く続けられる環境が整っていないことが課題となっています。

【吉浦】どうやって優秀な若手人材を採用育成しておられるのでしょうか。

【片上】若手の採用育成のポイントは、課題解決による自己成長感とやりがいに尽きると思います。その原点は私自身でもあります。私は学生時代、ボート部で、日本一になることを目標にしていました。

残念ながら目標を達成することはできませんでしたが、同じように熱くなれる仕事をしたいとの思いで地元・新居浜に戻り、家業であるこの仕事を引き継ぎました。夢を持って、夢までのプロセスをあれこれ考えて実行することを続けていきたかったのです。

【吉浦】松山大学ではライフカウンセラーという役職で指導をされているとうかがいました。

【片上】学生からの質問で一番多いのは、将来のキャリアを見据えて学生時代に何をすればよいかということです。もちろん、自己分析や業界分析、インターンシップも大事ですが、それよりも学生時代は何でもよいので、一つの目標を立ててそれを達成するために創意工夫してもがくことが何よりキャリアの礎になる、と話しています。

【吉浦】建設業界で働き続けるために必要な考え方はどのようなものでしょうか。

【片上】仕事へのプライドであり、自尊心がないと長く続けることはできないでしょう。

私自身、どうやって自尊心が高まってきたのかを振り返ると、お客様からの感謝の言葉が大きかったように思います。プロジェクトが終わったときにお客様から「ありがとう!」と言われる。スピードもクオリティーの一つなので、「もう終わったの!」というお客様の言葉にも励まされてきました。

もちろん、社員にとっても、「いい足場だったよ」「片上さんにしかできないね」などとお客様から直接ほめられたときが、一番嬉しい瞬間だと思います。

 

身体活動をともなったPDCAを回し続ける

片上工務店

【吉浦】御社がスポーツ人材の採用にこだわっているのは、どのような理由からでしょうか。

【片上】つらい練習に耐えてきた忍耐力もありますが、スポーツ人材は課題解決能力が高い点が魅力です。競技スポーツには、勝利という明確な目標があります。その目標を達成するために、今どういった課題があり、その課題を克服するために何をすべきか──スポーツに真剣に取り組んできた学生であれば、そうした思考と実践を日々繰り返してきたはずです。

一方、私たちの仕事にも、「安全で質の高い足場を、必ず納期までに築き上げる」という目標があり、その過程で何らかの課題が必ずと言っていいほど出てきます。そしてその課題を乗り越えるには何が必要なのか、どうすれば足場を組めるのかの試行錯誤を、標達成まで繰り返す。こうしたプロセスがよく似ており、基礎的な体力もあるので、スポーツ人材は私たちの仕事にぴったりではないかと考えたのです。

【吉浦】「うまくいかなかったら変化・改良」ということを、ごく自然にやれるのはスポーツ人材の特長ですね。そんなこと当たり前じゃないかと思われる方もいるかもしれませんが、同じようなミスや失敗を繰り返す社会人は少なくないですよね。

一方、スポーツ選手の場合、同じようなミスを繰り返していたら試合に出してもらえなくなりますから(笑)、同じミスを二度としないために何をすべきかを考え、実行するクセがつく。身体活動がともなったPDCAを繰り返し回しているのです。仕事でも身体活動をともなって記憶しているかどうか、経験を蓄積しているかどうかは、とても大切なことでしょう。

【片上】成功体験があって、成功するためのプロセスを自分で考える力があれば、繰り返し成功することができます。そうすると、どんどん大きな舞台が与えられます。

大きな舞台に挑戦することにやりがいを感じて入社してくれた人もいます。中には将来、社長になりたいという若者もいて、理由を聞いてみると、自分を育ててくれた故郷やお世話になった人に恩返ししたい、そし社長になれば収入も上がるから後輩に飯をおごってあげられると(笑)。

【吉浦】素晴らしいお話ですね。

 

新居浜の未来を支える次世代リーダーの育成 

【吉浦】片上社長は、地元・新居浜への思いも強いと聞いています。新居浜の特長や強みは、どこにあるとお考えですか。

【片上】これは若手が人口流出している日本全国の地域中小企業にも同じことが言えますが、地域中小は、ポテンシャルのある優秀な若手を一人採用して育てられるか否かが地方創生にも関わってくると思います。その意味で、私のリクルートは量よりも質を重視しており、内定前の学生一人ひとりと時間を取り、私自身の仕事や人生に対する思いを伝え、彼らの考え方にも耳を傾けるようにしています。

私は、新居浜に来る人を増やしたいし、新居浜全体を活気づけたいと考えています。当社だけが良い人材を採用するだけではダメで、新居浜の多くの中小企業でも人材採用がうまくいくようにしたい。「片上工務店にできたんだから、うちでもやってみよう」と思って、採用にトライする企業がどんどん出てきてほしいと思っています。

【吉浦】新居浜は住友の別子銅山を筆頭に江戸時代から日本の近代化を推し進めてきた工業都市のパイオニアであると同時に、歴史が古い町でもありますね。

【片上】秋祭りの「新居浜太鼓祭り」は、徳島の阿波踊り、高知のよさこい祭りと並ぶ「四国三大祭り」として知られており、日本三大喧嘩祭りに数えられて毎年約10万人の観衆を集めています。

最終日に150人余りの「かき夫」と呼ばれる男衆が船の上で重さが2トンもある太鼓台を豪快に差し上げる「船御幸(ふなみゆき)」は、その勇壮さから「男祭り」の異名を持ちます。そうした伝統もまた、新居浜のポテンシャルになっていると感じます。

当社に限っていえば、住友グループの工場がいくつもあることは、大きな強みです。足場施工は建設にともなう仕事なので、建設が行なわれなければ仕事がありません。しかし、工場には法律で決まった機械のメンテナンスなどが年に数回あるため、私たちにとっては恒常的にチャレンジし続けられる環境が整っています。

【吉浦】ますます新居浜に興味が湧いてきました。本日はありがとうございました。

 

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