2025年06月12日 公開
「ビジネス効率性」という指標で、5年連続1位となったデンマーク。その高い生産性には、意外にも職場での"雑談"が影響しているという。デンマーク事情に詳しい針貝氏に話を聞いた。(取材・構成:三枡慶)
※本稿は、『THE21』2025年7月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
「雑談」と聞いて、あなたはどのようなイメージを持たれるでしょうか。自分の知識や経験を活かして場を盛り上げるスキルや会話術? 日本ではそれが一般的かもしれません。
私はデンマークに暮らし、様々なデンマーク人と接する中で、雑談の捉え方が異なることに気づきました。
デンマークにおける雑談は、相手をより深く知ろうとして行なう「コミュニケーションの入り口」として機能しているのです。
デンマークの職場では、仕事前に簡単な朝食を共にしながら、また仕事の合間にコーヒーを飲みながらなど、実に様々なシーンで雑談が行なわれています。その内容も、最近観た面白い映画のことから家族のこと、休暇中に行った旅行のことまで、プライベートのことも多く含みます。ただ、いつでも「相手の好きなことや興味の対象を共有しよう」という姿勢で行なわれるのがポイントです。
そして実際の仕事でも、何か困ったことがあったら、別の立場や役職からの意見を求めて「ちょっといいかな?」と雑談を持ちかけ、課題を"サクッと"解決してしまいます。日々の雑談を通じたコミュニケーションがあり、互いをよく知るからこそ、仕事での話もスムーズにできているのです。
日本には、デンマークと違って、ビジネスとプライベートを明確に分け、互いにプライベートは詮索しないという風土があります。
その分を補うために、仕事終わりの飲み会が存在するのでしょうが、飲みニケーションを重ねるのは、時間的にも金銭的にも無駄があります。
一方、デンマークには飲み会はありません。先に触れたように、日々の雑談で消化してしまうのです。
北欧の小国デンマークは、世界でトップクラスの国際競争力を誇る国です。IMD(国際経営開発研究所)の調査では、2022年から23年で1位、24年は順位を落としたものの3位(日本は24年に38位)。中でも「ビジネス効率性」という指標では直近5年連続1位となっています。そんな国が、非効率的にも見える雑談を活用して効率化を図っていることは驚きです。
私の最新作『デンマーク人はなぜ会議より3分の雑談を大切にするのか』は、デンマーク人がいかに雑談をうまく使ってイノベーションを起こし、効率化に役立てているかという多数の実例と、そこから得られるヒントを取り上げた本です。
本書をまとめるにあたり、意外な発見だったのは、「日本の教育課程では、コミュニケーションの取り方を勉強する機会がなかった」ということです。反対にデンマークでは、子どもの頃から基礎的なコミュニケーションの取り方を学ぶ機会が溢れています。
例えば、参加者が色違いの帽子を被り、その帽子の色に応じた視点で議論に参加する「シックスハット法」を教育課程で実践します。
異なる立場から意見を言うことで、相手の考えを尊重する姿勢が養われ、対立する見解に対してもうまく落としどころをつかめるような技術が養われます。
その他に、デンマークには「デモクラシー(民主主義)・フィットネス」というワークショップもあります。これは「少数意見も切り捨てずに尊重し、みんなが納得するまで十分な対話を重ねるトレーニング」で、対話のスキルを磨くことができます。
そしてこれらの例に限らず、デンマークでは小学生からプレゼンテーションのトレーニングをするなど、コミュニケーションの基礎的な練習を日常的に行なう環境があるのです。
では、なぜデンマーク人はこのように基礎的技術を鍛え、相手を知ろうとするのでしょうか。
背景には、まずデンマーク人が相手に対して興味を持ち、積極的に知ろうとする気質を持っている点が挙げられます。そこで、ちょっとした雑談を活用して、相手に対して率直に問いかけ、答える側もはっきりと自分の考えを示すのです。
そして彼らは、コミュニケーションを通じて一緒に働く相手の個性を知り、互いの良い部分を引き出し合うことが仕事の効果を高め、組織を活性化させることにつながると考えています。
デンマークでは会議でも、雑談の基本である「相手に興味を持ち、知ろうとする」姿勢が踏襲されています。いわば、会議は雑談の発展的な位置づけにあると言ってもいいでしょう。
デンマークの会議のポイントをまとめると、以下の3点になります。
(1)会議の目的をはっきりとさせ、その都度、必要な参加者を招集
会議の目的を、開催前に提示するだけではなく、会議の冒頭でも、改めて司会進行役が参加者に周知します。コンセプトや目的がはっきりしていれば、議論が広がりすぎることはありません。参加者も、自分がどのような目的で召集され、どんな意見を言うのかについて考えを巡らせることができます。
ただ、会議の目的の設定自体には柔軟性がありますし、目的に応じて参加者も柔軟にアレンジされます。
具体的な例として、何らかのプロダクトを開発する過程での会議を想定してみましょう。
初期段階では、様々な立場の人を招集してアイデアを集めます。プロダクトのデザイナー、システム化するためのエンジニア、完成後を想定してセールス担当など、広くプロジェクトに関わるであろう多様な人材を集めてアイデア出しを行ないます。
ただデンマークの場合、こうした会議でも同じ部署から複数の参加者を募ることは稀です。セールス担当が2人参加するということは珍しいと言えます。
次に、いざ具体的にプロジェクトが走り出すと、会議における目的も明確化されます。それに伴って、参加者も目的に関係する部署のメンバーだけに絞られて、議論を深める段階へと移行していきます。
日本でありがちな、とりあえず関係ありそうな部署の人を全員招集して開催するような会議はしません。「明確な目的もないのに開催する会議ほど無駄なものはない」という考えが徹底されています。
(2)会議は決められた時間にしっかりと終了する
デンマークでは、「複数の参加者の時間を確保しなければならない会議はコストが高い」という意識があります。それゆえ、かけた時間と得られる効果についてのコスト意識は、非常に高いと言えます。
ただ、「どんな会議も必ず1時間で終える」というわけではありません。目的によっては、長時間にわたって行なわれる場合もあります。
ある課題に対して多様な意見を募るブレインストーミングとしての短い会議もあり、場合によっては、テーマを絞り込んで5分だけ会議をするということもあります。重要なのはコスト意識と、設定した時間でしっかりと終えることです。
(3)会議における結論の出し方をあらかじめ決めておく
会議の目的と同様に、会議の冒頭で「今回は多数決で決める」「会議で得た意見を踏まえてマネジメント側が最終決定する」といった結論の出し方が示されます。
事前に結論の出し方を示しておくことで、参加者全員の希望通りの結論に至らなかった場合にも、文句が出るのを避けられます。
また、結論の出し方を決めておくことは、決めた時間に会議を終えることにもつながります。
議論が白熱して終了時間までにまとまりそうにない場合には、司会進行役が終了予定時間に終えることを優先し、結論が出なかった会議はいったん打ち切られます。
そして議論の内容を整理したうえで、改めて参加メンバーを絞り込み、再度結論を得るための会議をするのです。デンマークでは、結論が出ないのに延々と会議を続けるということはありません。
更新:06月14日 00:05