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高齢期、街中に住む選択肢 検証が進む「幸福度の上がる高齢者向け住居」

2024年09月06日 公開

近藤克則(千葉大学予防医学センター 健康まちづくり共同研究部門 特任教授)、宮本俊介(積水ハウス不動産東京㈱ 取締役 グランドマスト事業部長)

近藤克則氏、宮本俊介氏

人生100年時代、健康寿命を延ばす重要性は誰もが知るところだが、食事内容や運動習慣にばかり気を配っている人が多いのではないだろうか。しかし、近年の研究によると、住環境が健康寿命に大きな影響を与えることがわかってきているという。アップデートすべき「住まいの新常識」とは?(構成:林 加愛/写真撮影:吉田和本)

※本稿は、『THE21』2024年10月号の掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

健康寿命延伸の最前線キーワードは「街」

【近藤】私は千葉大学予防医学センターで、健康長寿社会を実現するための研究を行なっています。また、「日本老年学的評価研究(JAGES)」代表として、全国各地の高齢者を対象とした大規模調査を25年にわたり行なってきました。

そこで見えてきたのが、「街」の重要性です。健康寿命は長らく食事や運動など、「人」の条件にのみフォーカスされてきましたが、近年は社会生活や環境、ひいてはどのような街に暮らしているかが重要だとわかってきています。その研究成果を不動産会社や住宅メーカーの方々と共有する中で、【宮本】さんから「まさにそうした高齢者住宅をつくっています」とお聞きしたのが、ご縁の始まりでしたね。

【宮本】はい。私たち積水ハウスは「グランドマスト」というサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を手掛けています。サ高住には大きく分けて「介護型」と「自立型」がありますが、世の中のサ高住が圧倒的に「介護型」が多い中、グランドマストは「自立型」のサ高住で、自立して生活できる方向けの住宅です。

グランドマストは首都圏を中心に39棟を展開していますが、そのコンセプトと先生が提唱される暮らしのあり方は、「駅に近い立地」「買い物などが徒歩圏で完結する」など、驚くほど一致していました。

【近藤】そうなんです。駅や商業施設の近くに住む人、歩道や公園などが整備された歩きやすいウォーカブルな環境に住む人は、そうでない人よりうつや認知症の発症が少ないことが、国内外の研究で判明しています。

【宮本】「出かけたくなる街」であることが重要ですね。入居者の方々は、「歩数を増やすために出かけましょう」などと言わずとも、皆さん自然に出かけてくださいます。

【近藤】皆さん「歩いたほうが健康に良い」と知っているはずですが、実際のところ、日本人の1日あたりの平均歩数は減り続けています。

【宮本】地方は車社会ですから、特に歩数が少なくなりそうですね。

【近藤】はい、それもデータに出ています。ほかにも、日本では見逃されているポイントがあります。WHO(世界保健機関)は、冬の朝でも18度以上の温度を保てる家に住むことを強く勧告しているのですが、あまり知られていませんね。日本ではこの条件を満たす家が少なく、冬場の廊下やお風呂は寒いために血圧が急上昇することがわかっています。

【宮本】グランドマストは共用廊下までエアコン完備なので、その点も安全です。

あともう一つ、先生のお話と一致していたのが食のスタイル。私たちは食事を「コミュニティの提供」と位置づけており、食堂を交流が活性化する場にすることを目指しています。そこへ先生から、「独食」より「共食」している方のほうが健康寿命が長いと教わり、自信を得ました。
このように一致点が多々出てきたので、ここはデータを取ろうということになり、共同研究に至ったわけです。

 

共同研究で見えた「幸福度」の高さ

ウェルビーイングに関連する項目の比較

【近藤】調査テーマは「シニア向け住宅における高齢者のウェルビーイングに寄与する要因」。ウェルビーイングとは、心身の健康に加え、環境的・社会的側面も含めた、総合的な幸福のことです。これをグランドマスト入居者の方々と、地域に暮らす一般の高齢者との間で比較しました。

まず入居者に、①幸福感・生活満足度、②身体的・精神的健康、③人生の価値・目的、④経済・生活の安定、⑤密接な社会関係という5要素の設問を用意し、10点満点で評価するアンケートに答えていただきました。

【宮本】膨大な設問数のアンケートでしたが、7割近くもの入居者が協力してくださったのは本当にありがたいことです。

【近藤】この方々と比較したのが、前述の「JAGES」で調査してきた一般の高齢者です。その際、グループ同士の属性を揃えて比較しました。年齢・居住地の人口密度・所得・日常生活自立度などが似通った5,810人をJAGESの約23万人の中から抽出し、グランドマストのアンケート回答者830人と比較。その結果、統計学的に誤差とは考えにくい差が出ました(上部のグラフ)。

例えば、入居者のほうが1.3倍高かった「笑う頻度」は、幸福感と強くつながります。1.8倍高かった「外出頻度」は心身の健康につながる指標ですし、1.4倍だった「誰かと一緒に食事をする頻度」は、密接な社会関係を持っているということです。こうした生活を送っている入居者でウェルビーイングも高いと判明した、つまりメカニズムと結果を同時に明らかにできたのは画期的なことです。

【宮本】有識者の方々からも高い評価を多くいただけました。元厚生労働事務次官の辻哲夫先生は「自立期の高齢者向け住宅で生活することが、健康維持及び増進につながる成果を、エビデンスをもって発表されたことは大事件」とまで言ってくださり、嬉しい限りです。現在は、共同研究の第二弾として、「eスポーツと健康寿命」の相関を調べるべく、入居者に体験していただいていますね。

【近藤】現在はデータ収集中の段階ですが、こちらも期待大。近隣の大学生が指導に来てくれるなど、多世代間交流が増えていますし、プレーしている人だけでなく応援する人たちにも好影響があるようです。いわゆる「推し活効果」ですね(笑)。

 

「早期に自立型住宅へ」という新しい選択

【宮本】共同研究の結果から改めて思うのは、年齢を重ねてきたら「街中に住む」という選択を、多くの方にぜひ意識してほしいということです。徒歩圏に駅や商業施設があれば気軽に出かけられ、生活が楽しくなる。老年期の過ごし方が変わってきます。

【近藤】車が無くても困らない環境なら、運転に不安が出てきて免許を返納したあとの引きこもり状態も防げますね。

【宮本】まさにそうです。ちなみにグランドマストにはコンシェルジュが常駐していて、入居者お一人おひとりの好みに合わせたご案内をしています。学びたい方には図書館、お風呂が好きな方には銭湯。湯上りのコーヒー牛乳が楽しみ、という方もいらっしゃいます。公園で毎朝行なわれるラジオ体操に通う方は、地元の方との交流が増えているようです。

【近藤】今おっしゃった事例の中で、立て続けに5つ、我々の研究で裏付けられている条件が出ました(笑)。1つ目が図書館。読書習慣のある方のほうが認知症リスクは低い。2つ目が銭湯。入浴頻度の多い人ほど要介護認定率が低い。

3つ目と4つ目がコーヒー牛乳。コーヒーにはうつ予防効果があり、乳製品を摂る習慣のある人のほうが認知症になりにくい。そして5つ目が、みんなで行なうラジオ体操。運動習慣を一人で行なう人に比べ、誰かと一緒に行なう人は、1年後の継続率が3倍も高いというデータがあります。

【宮本】イヤでも健康寿命が延びそうですね(笑)。こうした方が日本中に増えてくれると良いのですが。

【近藤】それには、先ほどおっしゃった街中への移住、それも「早目に」=自立的に動ける間に移ることが大事です。高齢者の方々は、昔ながらの「住宅すごろく」の意識を切り替えるべきときですね。

【宮本】「住宅すごろく」ですか?

【近藤】はい。これまで日本で多かったのは、賃貸の集合住宅→郊外にマイホームを購入→身体が続く限りそこに暮らす、というパターンでした。健康に良くない住まいで要介護状態になり、健康寿命が尽きてから介護付き施設に移る。すると、空き家も増えます。

【宮本】ウェルビーイングの観点では望ましくないですね。とすると50代前後の「子ども世代」の意識転換も鍵を握っている気がします。親御さんが元気な間に移住を勧める、特に地方住まいの親を、都会住まいのお子さんが近くの住宅に呼び寄せるといった動きが加速すると良いですね。

住宅資産を子育て世代に循環させてグランドマストに入居すれば、空き家問題の解決にもつながります。子ども世代の方々ご自身も、将来、早目に動くよう意識してほしいですね。

【近藤】積極的移住が大切です。早いタイミングで健康寿命の延びる環境に身を置いて、充実した70~80代を過ごし、90歳半ばでようやく「要支援」などというハッピーな流れに変わります。日本人の「人生100年」が、ぐっと濃く、楽しくなるのではないでしょうか。

 

高齢者住宅で実現する「五方良し」の未来

【宮本】個人のメリットもさることながら、財政にも大きな助けになりますね。90歳過ぎまで介護費用がかからない、ということは、社会保障費の削減効果は計り知れません。

【近藤】その通りです。現在、介護認定者1人が使う費用は1年あたり平均200万円。100人の認定を1年遅らせられたら、2億円節約できます。この点については行政の注目度も高く、近年、「ペイ・フォー・サクセス(PFS)」という試みが複数なされています。

PFSとは、行政が業務を委託する際、成果目標の達成度に応じて報酬額を増やす方法。私たちJAGESも、大阪府堺市や愛知県豊田市、岡山県岡山市などで、PFSにおける介護予防効果などの第三者評価を担当しました。

【宮本】近藤先生を始め、研究者の方々が行政との連携を促進してくださるのは非常にありがたいことです。先生は野村不動産さんとも共同研究をされていますし、ほかにも、不動産・住宅関連の大企業が、大学の先生とともに進める高齢者住宅の研究プロジェクトが複数進行中ですね。

【近藤】宮本さんは「高齢者住宅協会」の部会長として、これらのプロジェクトの横断的連携も図っていらっしゃいます。

【宮本】大きな社会課題に対し、一社だけで立ち向かうのは困難ですから。研究の切り口は様々ですが、目指すところは同じです。同業他社の皆さんと課題共有・情報交換をし、さらには行政に働きかけて法律の整備をお願いするなど、高齢者住宅のより良い明日に向けて努力しています。

【近藤】その「明日」が早く来てほしいですね。高齢者がいつまでも元気で、子ども世代は介護離職せずに済み、空き家は減り、民間企業は新たなマーケットができ、社会保障費も削減できる。五方良しの未来を、共に作っていきたいですね。

 

【近藤克則】
1983年、千葉大学医学部卒業。船橋二和病院リハビリテーション科長、英ケント大学カンタベリー校客員研究員、日本福祉大学教授、千葉大学教授などを経て、24年より現職。「健康格差縮小を目指した社会疫学研究」で2020年度「日本医師会医学賞」、第19回ヘルシー・ソサエティ賞(パイオニア・チャレンジ部門)などを受賞。

【宮本俊介】
1987年、成蹊大学法学部卒業。積水ハウス㈱埼玉西シャーウッド支店長、武蔵野支店長を経て、2019年より現職。一般社団法人高齢者住宅協会 住宅・住生活部会長を兼任。

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