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世界中でEVが失速する中、なぜ「東南アジア」では急成長しているのか?

2024年07月16日 公開

坂田幸樹(IGPIシンガポール取締役CEO)

東南アジアでEV化が進む背景

世界のEV(電気自動車)市場が急速に冷え込んでいる。テスラの業績は大幅に落ち込み、中国では大量のEVが放置されているという。また、日本のEV市場も期待通りには広がっていないのが現実だ。

そんな中、全く違う様相を見せているのが東南アジアだ。なぜ今、東南アジアでEVが急速に広がっているのか。東南アジア在住で、著書『デジタル・フロンティア』にて発展する東南アジアのリアルを描いた坂田幸樹氏がその理由に迫る。

 

テスラは失速、中国には「EVの墓場」

米国における2023年のEV普及率(新車の販売台数におけるEVシェア)は、税額控除や規制の導入などによる支援策を背景に約7.6%と前年比で増加したものの、予想されていた市場の伸びと比較すると大幅に下回る結果となった。

需要の伸びが鈍化する中、2024年4月には、競争激化や主要市場での販売が減少したことなどを要因とし、EV大手のテスラが1~3月期決算において最終利益が前年比55%減となったことを明らかにした。

政府の補助金によって急成長した中国のEV産業においても、2019年には約500社の登録があったEVメーカーが、景気低迷と競争激化により、現在はその半分以下にまで淘汰されている。EV製造を打ち切るメーカーは今後も増加する見込みで、撤退した事業者によりEVが大量に放置され、中国には多数の「EV墓場」が出現している。

これらの事態は、市場の過飽和に、航続距離への不安や車両価格の高さ、充電インフラの不足といった課題による購買意欲の冷え込みが重なり合っている結果だといえる。

また、EVとも密接に関連しているESGに関しても、グローバルな熱意は薄れつつある。特にヨーロッパでは企業によるESG報告の質に対する批判が高まっており、形式的な取り組みが増えていることが指摘されている。

実際に2021年の調査では、多くの企業が自社のESG活動を過大に報告しているとの疑念が示された。これにより、投資家たちは真の持続可能性へのコミットメントを見極めることが困難になっており、加えて、環境保護への具体的な改善が見られない場合は、ESG投資の信頼性が問われることも避けられない。

 

ベトナムで進むEVシフト

しかし、東南アジアではこうした停滞とは無縁の光景が広がっている。

たとえばベトナムでは、ベトナムを代表するコングロマリットであるビングループのVinHomes社が展開する複数のスマートシティにおいて、全面的に電気自動車へと移行するグリーンプロジェクトが推進されている。

VinBusによる電気バス路線の拡大、Green and Smart Mobility(GSM)によるEVタクシーサービスの提供など、ビングループは消費者向けにEVを販売するだけでなく、品質の低い公共交通やタクシーをEVに置き換えることで一気に普及させる戦略を取った。

こうした活動が評価され、ビングループは、デジタルツールと革新的なテクノロジーを活用した持続可能な取り組みを評価する「AIBP 2023 ASEAN Tech for ESG Award」を受賞した。

比較的成熟した事業から、より成長の可能性が高い事業へ資本を再配分するという戦略の一環として、2024年3月には傘化の小売事業の売却も発表しており、今後のEV事業飛躍に向けて資金調達に動いている。

また、2022年時点でのEV登録台数が約1,300台だったラオスでは、政府の支援と国際的なパートナーシップにより、2023年だけで約2,600台のEVが販売された。同年11月には先述のベトナムGMSが首都ビエンチャンでEVタクシーサービスを開始するなど、事業者によるEV導入も進んでいる。

 

シンガポールのバスの半分がEVに

シンガポールでも同様に、EVの普及が進む。2021年2月に政府が発表したSingapore Green Plan 2030には車両の電動化を強力に推進する計画が含まれており、シンガポール運輸省管下の法定機関であるLand Transport Authority を中心に、その実現に取り組んでいる最中だ。

2030年以降すべての新車登録はクリーンエネルギーモデルに限定されることになっており、それまでに、全土に6万箇所のEV充電ステーションを設置する目標を掲げている。公共の充電設備の所在やリアルタイムの空き状況などを確認できるアプリも開発されるなど、着々と整備が進められている。

また、2020年以降、新たに購入された公共バスはすべてEVもしくはハイブリッド車となっており、2030年までには公共バスの半数がEVになる想定だ。

 

なぜ、東南アジアでこれほどまでにEV化が進んだのか

では、世界的には冷え込んでいるEV市場が、なぜ東南アジアで急成長しているのだろうか。

EVはモジュール化が進んでいて、ガソリン車と比較して必要なパーツの数も大幅に減っている。その結果として、EVの製造にはガソリン車のようなサプライチェーンを構築する必要がなく、ローカルニーズに対応した車両の企画と製造が可能になったことが大きい。

要は、EVはガソリン車のようなグローバルビジネスとは異なり、ローカルビジネスの色合いが濃いのである。

ガソリン車が一気に普及し、品質の低い車両が街中を多く走るベトナムでは、大気汚染が深刻な社会問題となっている。こうした環境下に導入されたビングループのEVタクシーは車体が新しく清潔感があり、手軽にアプリで呼んで決済まですることができ、運転手とのトラブルの心配もない。加えて環境にもよいということで、一気に普及した。

自動車の普及自体が進んでいなかったラオスでは、環境負荷が低く、低コストな水力発電による電力が豊富にあったことも相まって、EV化が加速している。

都市国家のシンガポールは国土が小さく、東京23区ほどしかない。また、人口密度が高いため、充電ステーションを効率的に設置することが可能である。そのような地の利を生かすことで、政府主導でEV化を一気に進めている。このように、ローカルニーズと一致したことで、東南アジアのEV化は急速に進むことになったのだ。

なお、ある国がEVに適しているかどうかは、その国のエネルギーミックスに依存する点を補足しておく。

 

衰退する日本の地方都市と、発展する東南アジアの大きな違い

イノベーションは「創造的破壊」ともいわれ、それまでにあったものを破壊して新たなものを創り出すことだと思われがちだ。実際、日本の地方都市を見てみると、個人経営の店が姿を消し、外食チェーンやコンビニチェーンに置き換わっている。その結果、社会に存在していた地域コミュニティが破壊されてしまった。

しかし、私が住んでいる東南アジアでは、昔ながらの個人経営のパパママショップが破壊されるどころか、むしろ活性化している。

これはデジタル技術の進歩によるところが大きい。消費者がスマホアプリから商品を注文すれば、30分以内にバイクタクシーの運転手がパパママショップから家に届けてくれるし、パパママショップは在庫が不足したらB2B向けのEコマースで発注も可能だ。

スマホアプリというデジタル技術を活用して、何も破壊することなくもともと存在していたパパママショップやバイクタクシー、消費者を有機的につなげたのだ。インドネシアやマレーシアと言った国々では、グラブやゴジェックなどのスタートアップが、こうした改革を先導している。

これらの国々でイノベーションが進む理由は、既存の枠組みに捉われず、新しい枠組みを創造しようとする姿勢にある。旧来の方法に依存することなく、地域固有の課題を解決するための新技術や戦略が積極的に採用されている。

そして、これらの活動をけん引しているのは、前述のビングループのようなローカル財閥、グラブやゴジェックなどのスタートアップなのだ。

デジタル革命によって、個人で実現できることの幅が圧倒的に広がった。誰でも動画コンテンツを世界中に配信することができるし、スタートアップで電気自動車を製造することもできる。そうした時代には、全世界を相手にするのではなく、より近くの市場で最適なサービスを提供することが大きな意味を持つようになってくる。

そして、すでに世の中にある技術やサービスを活用し、人や組織が持つ機能を拡張することによって生まれるイノベーションは「創造的破壊」ではなく「創造的統合」であり、持続可能な社会の実現へのカギを握っている。

 

イノベーションのキーワードは「俊敏」「柔軟」「連携」

全世界共通のサービスではなく、その地域ごとの特性に合わせたサービスを提供し、問題解決を図るというアプローチが有効な今の時代では、環境の変化にいかに素早く適応し、時に方針を変更するなどして柔軟に対応していくかが成否を左右する。

そのためには経営がパーパスのような抽象的な方向性を定めて、現場が「誰に」「何を」「どうやって」を具体的に考えて実行することで、変化する環境に合わせて柔軟に対応することが可能になる。その際に、現場に権限と十分なリソースを与えることで、俊敏さも実現できるだろう。

また、環境の変化にいち早く気づくには、現地の財閥やスタートアップとの連携など、現地事情の理解や現地ネットワークを有することが極めて重要となる。デジタル技術の発展により確かに個人で実現できることの幅は大きく広がったが、それでも一個人、一企業では解決できない問題があったならば、他者とのパートナーシップがイノベーションを前進させる原動力となりえる。

自分たちの強みを知り、それを最大限表現するために必要な機能を得るべく、すでに世の中にあるものを活用し、世界中の人材と連携することで新しい価値を生み出していくことが、これから先の時代に持続可能な成長を実現するためには必要不可欠なのだ。

 

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