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人材難を解消するには? 広島の山間部にある企業が着目した「スポーツ経験者」

2024年06月06日 公開

岩田学( [株]ハーベスト代表取締役),吉浦剛史(スポーツキャリアサポートコンソーシアム推進委員)

(株)ハーベスト
↑幅広い業界向けに特注の金属加工品の製造・加工を専門としている(株)ハーベスト(広島県広島市)。創業は1989年、社員数は53名(24年5月現在)。https://www.harvest-1989.co.jp/

採用難が叫ばれる昨今、企業は優秀な人材の確保に頭を悩ませている。そんな中で注目を集めているのが、学生時代にスポーツに打ち込んだ「スポーツ人材」だ。その魅力や活用の秘訣とは? 

特注の金属加工品の製造・加工を専門とする(株)ハーベスト(広島県広島市安佐北区)の岩田学代表取締役に、アスリートのキャリア支援の第一人者・吉浦剛史氏が話を聞く。(構成:坂田博史/人物写真撮影:中野章子)

※本稿は、『THE21』2024年7月号の掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

岩田学

【岩田学(いわた・まなぶ)】

(株)ハ―ベスト代表取締役

1980年、広島県生まれ。2003年、精密板金加工メーカーに入社。2006年に所属会社、大手総合商社、工作機械メーカーの3社により上海に設立された合弁会社にて、製造部門の責任者として製造部門の立ち上げに従事。2009年、(株)ハーベストに入社。2014年、父・岩田明が同社会長に就任したのにともない、同社代表取締役に就任。

 

吉浦剛史

【吉浦剛史(よしうら・つよし)】

スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」推進委員
(株)スポーツフィールド キャリアサポート推進室長

1988年生まれ。奈良県出身。大和ハウス工業(株)で社内営業表彰を複数受賞後、2015年に(株)スポーツフィールドに入社。現在は関西と九州のエリアマネージャーとキャリアサポート推進室長を兼任。2020年からはスポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」の推進委員も務める。アスリート学生へのキャリア支援のための講演や授業を行ない、受講生は1万5,000名を超える。

 

特注品のモノづくりに共感してもらえるか

(株)ハ―ベストによる東京駅構内サインフレーム
↑(株)ハ―ベストによる東京駅構内サインフレーム

【岩田】弊社は、広島郊外の山間地で板金加工を手がけています。板金の中でも「製缶板金」と呼ばれる高度な加工技術で、特注の金属加工品を製作しています。

特注というのは、街中で見かける公共建築物の金属サイン(道標、外構看板、内構看板など)、モニュメント、オブジェ、建築装飾物、ディスプレイ什器といったものです。

クライアントとの秘密保持契約の関係から具体的な製品をご紹介することはできないのですが、東京駅の案内板や羽田空港の設備といった多くの人が目にする看板やモニュメントも製作してきました。設計→切断・抜き加工→曲げ加工→溶接→穴開け・タップ加工→機械加工→研磨加工・表面処理→組立までを一気通貫で製作しています。

【吉浦】広島市内からクルマで約1時間という採用にとってハンデと思われるような工場立地で、どのように採用活動をしてこられたのでしょうか。

【岩田】確かに立地にハンデがあるため、求人広告では十分な応募者が集まらず、十数年前からは人材紹介会社を活用してきました。採用に苦労していたのは先代社長の頃も同じで、数多くの従業員を採用してきた先代社長の結論は、「結局、働いてもらわないことには、1回の面接でどんな人材なのかは、ワシにはわからん」でした(笑)。

【吉浦】岩田社長ご自身は、採用のポイントをどのあたりに置いておられるのでしょうか。

【岩田】先代から代表を交代したのは10年前です。私が採用で重視しているのは、弊社が社会に対して何を提供しようとしているのかについて理解してもらえるかということ、加えて我々の取り組みにどれだけ興味を持ってもらえるかどうかです。

特注の金属加工品を一品一品製作するのは、毎回が産みの苦しみです。決して楽なものではありません。

しかし、皆で知恵を出し合いながら、ああでもない、こうでもないと試行錯誤して、クライアントの要望に応えることにやりがいを持てるかどうかが、従業員の成長や仕事の成果につながってきます。その意味で、ルーティンで自動的にできあがる汎用品を作りたい人は向いていないかもしれません。

【吉浦】御社は、中途採用が基本で、新卒採用は3年前からとうかがいました。

【岩田】新卒採用が難しかったこともあり、長年、中途採用でやってきましたが、中途採用といっても必ずしも経験者というわけではなく未経験者が大半です。

機械のメンテナンス会社に勤めておられて無から有を生み出す仕事がしたくなった方、あるいは以前の職場でご苦労をされて働く環境を一新したい方など応募理由は様々ですが、いずれも弊社の特注製作に共感してくれた方ばかりです。

羽田空港旅客ターミナル設備
↑羽田空港旅客ターミナル設備も手がけている

 

職場環境の整備はクリエイティブ最優先で

【吉浦】御社の職場環境について、初回、訪問させていただいたときから、他の金属加工メーカーとはひと味違うという印象を受けました。事務所に一歩入ったときの明るさであったり、清潔さであったり、照明一つとっても心地良さが伝わってきます。従業員に昼食を無料提供しているというのも驚きました。

【岩田】昼食を無料提供しているのは、広島の山間地という立地で近くに飲食店が少なくコンビニも遠いということもありますし、何より一品一品の加工の難易度が高い仕事に集中していただくために、それ以外の職場環境について極力ストレスを感じないものにしたいという思いからです。

各自が弁当を持参するとなると、料理が不得手な独身者なら栄養が偏るでしょうし、妻帯者であれば奥様が本人よりも早く起床してお弁当をつくらなければなりません。そうなると、ご家庭にとっても負担となります。

【吉浦】従業員の生活環境に至るまで微に入り細に入り経営者のモノづくりへの思いが貫かれているということですね。経営者の視点と従業員の視点を両方持ちながら、経営判断されているわけですね。

【岩田】我々の業界は設備投資が事業成功のカギを握るところがありますが、会社都合の設備投資だけを優先してもダメで、そこで働く従業員が成長する投資も両輪で行なわなくては良いモノづくりはできません。

板金加工の世界は日進月歩で、技術革新が進めば進むほど、あらゆることを機械がやってしまうようになります。しかしその中でも、うちでなければ作れないもの、いままでなかったものを生み出していかなければなりません。

AIの時代に移り変わっても、"人"の発想や成長がメーカーの礎であることは変わりありません。だからこそ、一人ひとりの従業員が最大パフォーマンスを出せる職場環境を追求したいと考えています。弊社は役員全員を合わせても53名しかいませんから、一人ひとりのパフォーマンスが持つ経営インパクトが大きいのです。

【吉浦】いままさに多くの日本企業が気づき始めている「人的資本経営」にもかかわるお話ですね。

 

中途採用から新卒採用、そしてスポーツ人材へ

東京駅構内サインフレーム
↑同社が手がけた東京駅構内サインフレーム

【吉浦】3年前から新卒採用を始めたことで、経営者としての意識が大きく変わったとお聞きしました。

【岩田】新しく新卒社員が入ってくるにあたり、幹部たちと色々な話をしました。新卒から定年まで働いてくれれば、約40年間この会社で働くことになります。彼らの40年後を私たちがどうつくっていくのか。当たり前ですが、40年後には私も幹部も会社にいません。将来のことは誰にもわからないですが、それだけに私たちには重い責任があります。

【吉浦】若い人を採用して、その人たちを成長させ、同時に会社も成長させる責任が、経営者にはあるということですね。

【岩田】もちろん経営者である私の責任は重大ですが、それ以上に私が将来、リタイアしてからも新しい仕事に果敢にチャレンジしていける企業文化の醸成が大切であると考えています。この会社にいれば、自分も成長できるし、会社も発展する、そういう自己肯定感や成長実感を持てる会社でありたいと思います。

【吉浦】新卒採用された2名はスポーツ人材でしたが、期待通りに活躍していますか。

【岩田】はい。二人とも頑張って活躍してくれています。いままでスポーツ人材の採用を意識したことはなかったですし、そもそもその存在を意識したことすらありませんでした。

ただ、紹介してもらう学生たちと接する中で、スポーツを通じて、社会経験を積んできているのだなと感じました。

彼らは、規律を守ることやチームワークが大事なことを知っています。大会に出ることで多くの人たちと接する機会があり、そのスポーツの第一人者たちとも交流があります。学生時代に色々な人たちと接し、様々な話を聞いてきた経験は大きなものです。私たちが話すことに対しての理解も早い。

【吉浦】スポーツ人材は、自分よりも年上の人、年輩の人たちと接するのがうまい傾向があります。監督やコーチは年上や年輩の人ですから。しかも、小学生時代からスポーツを続けている人が多いので自然とできるようになるようです。小さいときから組織の中で自分の居場所をつくる必要に迫られるため、そうしたことも上手です。

【岩田】私たちのようなモノづくりの仕事において、技術の習得はもちろん大切ですが、対人関係スキルも必要不可欠です。

クライアントの要望にどう寄り添って、どう向き合えるか、クリエイティブの根本はコミュケーションと言っても過言ではありません。社内外の人たちと一緒に仕事をしていくわけですから。人とのつき合い方がスポーツを通じて身についていることには、驚かされました。

私自身は学生時代にスポーツをそこまで本格的にはやらなかったので、やっていたら色々な経験が積め、コミュニケーション能力が磨かれたに違いないと思うと、ちょっとうらやましいぐらいです(笑)。

【吉浦】私は、対人関係スキルとチームワークは、別ものだと考えています。アスリートの中にはチームワークを乱す人もいますが、それによって新しい何かが生まれることもあるので、一概に悪いというわけではありません。

ただ、対人関係スキルは必須で、自分の意見を明確に伝えたり、相手の話をしっかりと聞いて理解することができないと、個人の能力もチーム力も向上しません。組織人に必要なのは、チームワークよりも対人関係スキルだというのが私の考えです。

【岩田】私たちが得意としている特注品は、一人だけでつくることはできません。みんなでアイデアを出し合い、話し合い、時にはぶつかり合いながら、初めてつくれるものです。答えがないことを考えることも多いので、色々な人のアイデアや意見が必要となります。まさに対人関係スキルなしには進まない仕事だと言えます。

こういうやり方があるのではないかと自分の考えを話す。あるいは、相手の話を聞き、「それもありだけど、こんな方法もあるんじゃないか」と別の方法を提案できる。色々なアイデアや意見を聞いたうえで、どれか一つに絞っていく。そうしたことを何度も経験しているスポーツ人材には、モノづくりの仕事をする素地があるように思います。

その意味でも、これからもスポーツ人材を積極的に採用していきたいと考えていますし、実際来年もさらに2名、新卒で採用する予定です。

 

特注の金属加工品分野で日本一を目指す

岩田学,吉浦剛史

【吉浦】最後に、今後の展望をお聞かせください。

【岩田】技術を持っている年輩の人たちが引退していき、難しい特注品をつくれる会社が全国的に減っています。また、大企業や中堅企業では効率が重視され、特注品がつくれなくなっています。そうした状況の受け皿となり、特注品づくりの分野で日本一を目指していきたい。

ただ現状はまだまだで、だからこそもっと仲間を増やしていかなければなりません。新しい技術にも取り組んでいかなければならないですし、より一層のデジタル化も不可欠。やらなければならないことだらけです。

【吉浦】広島には広島の良さがあり、広島で働きたい人がいます。ハーベスト社には多くの魅力があり、働きたい人たちが今後も集まってくるのではないでしょうか。同様に、地方の会社であっても、工夫次第で自社を魅力的にし、働く人をひきつけることはできます。それが広くは地方創生にもつながっていくと私は考えています。

 

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