2024年01月26日 公開
50代になって舌がんを患い、11時間に及ぶ大手術を経験した堀ちえみ氏。病気をきっかけに、ものから人間関係まで思い切って手放したという。「自分の人生にとって本当に大切なものだけあればいい」と話す堀氏に、「捨てること、手放すこと」がもたらすメリットを聞いた。(取材・構成:塚田有香)
※本稿は『THE21』2023年12月号掲載記事を再編集したものです。
――堀さんは52歳のときに舌がんの手術を受け、直後には食道がんも見つかりました。治療とリハビリを経て、今はこうして芸能活動を再開されるまでに回復しましたが、当時はご自身が病気になったことを、どのように受け止めましたか。
【堀】がんの告知を受けるまでは、「50代は、まだまだ若くて健康でいるのが当たり前」という感覚でした。仕事の面でも働き盛りで脂が乗った時期。だから、多少の無理をしても構わないと思っていたんです。
ただそれ以前から、体調の変化を感じることはありました。ちょうど50歳になった年にデビュー35周年ライブを開催したのですが、本番に向けて練習しても今までのように声が出ない。無理に声を出そうとして喉に力を入れると、ますます声が出なくなる悪循環に陥りました。
40代まではライブの前日に十分な睡眠時間が取れなかったり、体重の増減があったりしても、常に安定したコンディションを保てたのに、どうもおかしい。昔は人生50年と言われたくらいだし、やはり50歳は人間にとって一つの節目で、これから先も生きていけるのは奇跡なのかもしれない。
そんなことを考えていた矢先に、がんが見つかりました。 それは私にとって青天の霹靂でしたが、先ほど話した予兆があったので、「やはり50代を甘く見てはいけなかったのだ」と現実を受け止めることができました。
手術や治療を経て社会復帰した今は、この奇跡のような人生を大事にして生きていかなければいけないと強く感じていますし、「自分にとって本当に大切なものは何か」を考えるようになりました。
――人生に対する考え方や価値観で、特に大きく変わったことは何でしょうか。
【堀】一番大きな変化は、「嫌なことはしなくていい」と思えるようになったこと。「幸せって何だろう?」と考えた末にたどりついたのは、「自分が幸せと思うことが幸せなのだ」というシンプルな答えでした。
それまでの私は、人から見てどう思われるかを常に意識していました。良い子でありたい、良い妻でありたい、良い母親でありたい。そんなことばかり考えて、自分目線ではなく、他人目線で人生を生きていたんです。
でも病気を経験して、「人間の一生は長いようで短いのだから、人に迷惑さえかけなければ、自分が思うように生きるのが幸せなのだ」と思うようになりました。
例えば、今までは良いお母さんでいるために、「どんなに疲れていても家族にごはんを作らなければいけない」と無理をしていましたが、「しなければいけない人生」はもうやめようと。
他人ファーストだった過去の自分を断ち切って、自分ファーストの人生を生き直そうと考え方を改めました。がんをきっかけに、人生をリセットしたようなものです。
――人生をリセットするには、手放さなければいけないものも出てくると思います。病気を機に捨てたものや、やめたことはありますか。
【堀】元々ものに執着がない性格でしたが、がんの告知を受けてから入院するまでの間で、不要なものはすべて捨てました。デビュー当時からの衣装やグッズも自宅にあったのですが、残したのは衣装1着だけ。
もし私がいなくなったあとに、堀ちえみの回顧展でも開いてもらう機会があったら、衣装がまったくないのもさびしいかなと思ったので、保存状態が一番良かった1着は残しましたが、本当にそれだけですね。
――ずいぶんと思い切りがいいですね。
【堀】ものだけではありません。手術を終えて病室で過ごす間に、スマホのアドレス帳にある連絡先も整理しました。というのも、やはり自分に万が一のことがあった場合が気になってしまって。
きっと家族は私のスマホを頼りに友人や知人に連絡を取ると思いますが、あまり親しくない方にまで悲しい知らせを直接お伝えしたら、相手も困るでしょうし、かえってご迷惑をおかけしてしまう。だから、2年以上連絡を取っていない人の連絡先はすべて削除しました。
――自分の病気のことで精神的にも大変なときに、よく冷静に整理ができましたね。
【堀】人生を終えるまでに、自分のものは自分で整理しておきたい。ただそれだけを考えていました。子どもたちも困ると思うんですよ。使わないものがずっと家に置いてあっても場所をとるだけだし、かといって親が残したものを自分たちが勝手に捨てていいのか悩むだろうし。
だから、自分が不要なものは自分で捨てるのが務めだと考えました。 退院後に自宅を引っ越すことになったときも、いい機会なので、手術前に手をつけられなかったものも整理することにしたんです。
――そのときは、どんなものを整理したのですか。
【堀】衣類はかなり手放しました。着物をたくさん持っていたのですが、子どもたちに聞いたら誰も興味がないと言うので、専門業者に全部買い取ってもらいました。まだ着られるものを捨てるのはもったいないけれど、業者がリサイクル販売してくれたら、それを気に入ってくれた誰かにまた着てもらえます。
洋服も大量に処分しました。「1年着なかったものは一生着ない」と見切りをつけ、欲しいと言ってくださる親戚や知人にお譲りして。愛犬たちの洋服も、着ないものは保護犬団体に寄付しました。
――衣類は「いつか着るかもしれない」と思ってなかなか手放せない人も多いようですが、捨ててから後悔することはありませんか。
【堀】まったくないですね。「いつか使うだろう」と思いつつ、今まで使っていないものは、これからも使わないとわかっているので。ものを手放すことに抵抗を感じる人もいるようですが、それ自体は決して悪いことではないと思います。
自分にとって不要なものも、他の人にとっては必要なものかもしれない。だから自分が手放すことで、誰かの役に立ったり、喜んでもらえたりするなら、私も嬉しい。
「捨てる」と思うと罪悪感があるかもしれませんが、「必要な人にお渡しする」と考えれば、前向きな気持ちで手放せるんじゃないでしょうか。
――ものが少なくなると、暮らしが不便になったり、豊かな生活ができなくなったりすると考える人もいます。「ものを持たない暮らし」の良さを感じるのはどんなときですか。
【堀】必要最低限のものしか持たないからこそ、目の前にあるものの大切さを実感できる。これはものを持たないからこそのメリットです。 私も病気を経験するまでは、消耗品を買いだめしないと不安で、トイレットペーパーも念のために多めにストックしていました。
でもよく考えると、近所にスーパーやコンビニがあるのだから、必要なときに必要な分だけ買えばいい。そう思って買いだめをやめました。だから気づいたときには「これが最後の1個だった」ということもあるのですが、だからこそ目の前のトイレットペーパーがとても貴重なものに思える。
「コンビニに買いにいくまで、私たち家族はこれ1個で生活しなければいけない」と思うと、ものすごく大事に使います(笑)。裏を返すと、買いだめをしていた頃は、「まだたくさんあるから」と無意識のうちに無駄遣いをしていたのでしょうね。
今はものが豊富に手に入る時代なので、「とりあえず買っておこう」という発想になりがちですが、ものが身の回りに増えるほど、一つひとつの大切さは薄れていくように感じます。
――確かにそうかもしれません。
【堀】それに、ものさえあれば心豊かに楽しく暮らせるかといえば、そうとも限りません。むしろ「買ったからには使わなければいけない」という精神的なプレッシャーがのしかかることもあります。
我が家も一時期ブームになったエアロバイクを買ったことがありますが、結局、誰も使いませんでした。 家族全員がそれを見るたびに「使わないともったいないから、明日からやろう」と思うんですが、翌日になってもやっぱり誰も使わない。
そのうちに「私は忙しいから、あなたがやりなさいよ」と家族同士で押しつけ合いが始まる始末でした。
そんなプレッシャーに耐えられなくなり、家族で話し合ってエアロバイクは親戚にお譲りしました。いくら健康に良いとか便利とか言われているものでも、自分や家族が使わなければ意味がないどころか、精神的な重荷になるのだと痛感しました。
――子どもがいると、ものが増えて困る、というご家庭は多いと思います。堀さんはお子さんが7人いらっしゃいますが、お子さんの持ちものはどうされているのでしょうか。
【堀】7人のうち5人はすでに独立していますが、離れて暮らす子たちのものは家に一切置いていません。「自分のものは持っていきなさい。いらないものや自分が暮らす家に入りきらないものは捨てなさい」と言っています。だって実家は物置じゃありませんから。
私や夫も高齢になれば介護施設に入るかもしれないし、そうなれば実家を処分するかもしれない。その頃には私たちに荷物を片づける体力はないだろうから、実家を整理するのは子どもたちです。「実家に大量のものを残していたら、困るのはあなたたち。だから今のうちに整理しなければいけないのよ」と伝えています。
――親は子にどうしても甘くなりがちですが、堀さんは「自分のものは自分で整理する」というルールを家族間でも徹底されているのですね。
【堀】自分のものは自分で管理する。それが自立するということです。「自分が暮らす空間に収まらないものは、実家に置いておけばいい」と考えると、どんどんものが増えて、身の丈に合った生活ができなくなります。
息子や娘が小さい頃に描いた絵なども、自分で「いる・いらない」を判断させます。子どもが私にくれた絵や手紙なら「私のもの」ですが、それ以外は「子どものもの」。だから本人が手放すかどうかを決めるべきだと考えています。
――お話をうかがっていると、堀さんは「捨てる」という行為に対し、明確な意志を持って向き合っていることが伝わってきます。
【堀】私にとって何かを捨てることは、余計なものを削ぎ落としていく作業なのかもしれません。 特にがんの手術をした頃は、負の感情を捨てなければ、とても病気に打ち勝つことはできませんでした。
がんの告知を受けてからしばらくは、原因探しばかりしていたんです。「なぜ私はもっと早く病院へ行かなかったのだろう」「なぜ最初に診察したお医者様は舌がんに気づかなかったのだろう」「なぜ家族はもっと大きい病院へ行けと言ってくれなかったのだろう」と、負の感情がぐるぐると渦巻いて、抜け出せない状態が続きました。
でも、あるときふと「起こってしまったことの原因をいくら追求しても、私ががんである事実は変わらない」と悟ったんです。そして過去を悔やむより、今ある命を大事にして、未来を生きるにはどうすればいいかを考えなければいけないと気づいた。それには負の感情を捨て、過去を断ち切る必要がありました。
――頭ではわかっていても、ネガティブな感情や過去への執着を捨てるのは、とても難しいことに思えます。堀さんは、どうしてそれができたのでしょうか。
【堀】過去にしがみついていたら、今の自分を否定することになってしまうからです。 私は舌の6割超を切除し、太ももの皮膚や組織を移植する大手術を受けたので、以前と同じようには発音や発声ができなくなりました。
だからといって「昔はラクに話せたのに」「もっとうまく歌えたのに」などと過去の自分に執着していたら、いつまで経っても前を向くことはできません。「これが今の私なのだ」と受け入れて、「これからは過去の自分にはできないことをやろう」と思わないと、新しいことにチャレンジできません。
何かを捨てれば、新しい何かを得られる。そう思えたから、退院後の過酷なリハビリを乗り越え、手術の翌年には芸能活動に復帰できました。
過去を振り返ったところで、そのときにはもう戻れない。でも未来へ進むことはできます。自分が前さえ向けば、いつでも未来は私たちを待っていてくれるんです。
――世の中には手放すことが苦手な人もたくさんいます。手放す達人である堀さんから、何か良いアドバイスはありますか。
【堀】ものにしても、感情や人間関係にしても、常に3つの箱に分類するイメージを持つといいのではないでしょうか。
1つは、絶対に手放せない大事なもの。もう1つは、不要になったもの。これはすぐに手放せますよね。最後の1つは、手放すかどうか迷っているもの。これは期限を決めて定期的に見直し、「大事なもの」と「不要になったもの」のどちらの箱へ移すか考えます。
こうして分類する習慣をつけると、たいていのものは最終的に「不要になったもの」の箱へ移動していくので、だんだんと手放すことに抵抗がなくなっていくと思います。
――堀さんの「絶対に手放せない大事なもの」の箱には、今何が入っているのでしょう?
【堀】家族ですね。子どもはいずれ全員が親元を離れるので、最後まで残るのはパートナーである夫ということになります。 夫も私と同じで、物事の良い面を見ようとするタイプ。舌がんに続いて食道がんが見つかったときは、さすがの私もショックで心が折れそうでしたが、なんと夫は「ラッキーだね」と言ったんです。
「舌がんにならなかったら、食道がんを初期の段階で見つけることもできなかった。だから、これで良かったんだよ」 その言葉に救われたし、こじつけでもいいから良かったことに目を向ける大切さを教えてもらいました。
人生で大事なものは、本当に人それぞれです。皆さんが「自分にとって本当に大切なもの」を見つけられるように願っています。
【堀ちえみ(ほり・ちえみ)】
1967年、大阪府堺市生まれ。第6回ホリプロタレントスカウトキャラバンに優勝し、芸能界入り。82年、『潮風の少女』で歌手デビュー。83年に出演したドラマ『スチュワーデス物語』が大ヒットし、アイドルとして歌にドラマに活躍。現在は7児の母となり、教育や食育に関するトークショーなどでも活動中。2019年2月、ステージ4の舌がんと診断されたことを公表。手術とリハビリを経て、20年に芸能活動を再開。
●2024年4月20日(土) 、日本橋三井ホールにてコンサートを開催!
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000267.000047561.html
更新:11月21日 00:05