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「差別と炎上」の一連にある歪んだ構造...社会の進歩を阻むネット言論の落とし穴

2023年03月14日 公開
2023年04月07日 更新

綿野恵太(文筆家)

 

「誰もが差別を批判できる時代」の到来

その変化をよりわかりやすくするため、ここでは「アイデンティティ」と「シティズンシップ」という、2つの反差別のロジックを紹介しよう。

差別に反対し、現状の変革を目指す運動(多文化主義など)は、従来その多くが「アイデンティティ」に立脚していた。「同じアイデンティティ(属性)を持つ人」同士が連帯して、自らの社会的に不利な条件を変えていく、という運動だったのだ。

こうした運動は「アイデンティティ・ポリティクス」とも呼ばれる。なお、これに対する90年代のアメリカの「保守派」だが、彼らも黒人や黄色人種が同じアメリカ市民として扱われることには賛成していた。

彼らが危機感を抱いていたのは「アイデンティティが強調されることによって国に分断がもたらされること」である。確かに、アイデンティティには排他的・分離的な側面がある。

それを象徴するように、当時は「差別への批判は、差別を受けた当事者だけができる」という価値観が主流だった。もちろん非当事者(いわゆる「マジョリティ」とされる人々など)が差別への反対運動に加わることはあったものの、「差別を批判できるのは当事者だけ」という意識が強かった。

それが現代では、マジョリティも同じ「市民」として、マイノリティ同様に差別に反対の声を上げるべき、という考え方が支配的になっている。当事者も非当事者も関係なく、一人の「良き市民」として、というわけだ。そして、マイノリティの側もそれを概ね受け入れている。

まさに「みんなが差別を批判できる時代」の到来だ。いわば、アイデンティティ・ポリティクスならぬシティズンシップ・ポリティクスなのである。

 

「利益のためのポリコレ」が軋轢を生む

この状況は、一見、差別の存在という望ましくない現状を解決するのに有用に思える。しかし実際には、このような「『みんな』によって規定されている反差別的な社会規範」を「ポリコレ」と呼び、うとましく思う人が増えているのが現実だ。

果たしてその原因はどこにあるのか。問題点の一つは、「ポリコレ」が資本主義に親和的であるという点だ。

企業と「多数派も少数派も関係なく市民として受け入れる姿勢」は、実は非常に好相性だ。まず、企業は当然、国籍や性別といった属性とは関係なく、とにかく優秀な人材を採用したい。

また、グローバルな企業であればあるほど、リベラルな価値観を全面に押し出したほうが、より多くの消費者を獲得できる。例えば、ハリウッド映画でもポリコレを遵守しているが、アメリカの白人保守層よりも、世界各国のリベラル層を相手にしたほうが儲かるわけだ。

このために、企業や組織がかかわるポリコレ的な活動は、差別には非常に敏感な一方、貧困問題への注意をしばしば欠いているように映る。

例えば、多様性をメインに押し出すCMを打ちながら、公園に住むホームレスを簡単に排除して再開発を進めるような企業はその典型だ。まるで、ホームレスや貧乏人は客ではない、と言わんばかりの態度である。

最近よく話題に挙がるSDGs(持続可能な開発目標)も同様だ。環境やジェンダーといった問題が頻繁に取りざたされる一方で、本来その第一の目標だったはずの「貧困をなくそう」といったことには、あまりスポットライトが当たらない。

もちろん、差別やハラスメントへの対策が進み、マイノリティの生きやすさが向上するのはいいことだ。しかし、大企業や大学でばかりその対策を進め、それ以外を放置するのでは、経済的に豊かではないマジョリティから「ブルジョワ道徳」と見られ、反感を買ってしまっても仕方がないだろう。

 

変貌する「差別の論理」

アイデンティティからシティズンシップへ、という反差別論の転換は、差別を「する」側にも大きな変化をもたらしている。

その象徴が、2010年前後に発生した、「在特会」による在日朝鮮人へのヘイト・中傷活動だろう。彼らは「すでに差別などない」「『在日特権』によって、逆に日本人のほうが差別を被っている」「我々こそ被害者だ」と主張した。

このような主張の大部分が、被害妄想とデータの恣意的な誤読によって構成されていることは、この10数年至るところで指摘されてきた通りである。

だが重要なのは、彼らのこの論理が、かつてマイノリティが行なっていた「アイデンティティ・ポリティクス」とまるで同じ構造を持っていることだ。

つまり彼らは、マジョリティであるはずの自分たちを「反差別者によって差別されているマイノリティ」のように見做すことで、排外主義的な運動を正当化しているのである。

興味深いことに、こうした「反・反差別」とも言うべきムーブメントは、日本だけの話ではない。欧州で台頭する極右政党も、アメリカのトランプ支持層も、判で押したように「移民たちは我々の雇用を不当に横取りし、存在しない差別を理由に優遇を受けている」と主張する。

先述のように、こうした主張が穴だらけであることは言うまでもないとして、彼らの多くはこれを「差別」などとは微塵も思わず、むしろ彼らなりの「正義心」から行なっているのだ。

実は、人間は生来的にフリーライダー(何もしていないのに、人の利益にタダ乗りする者)や裏切り者を検知する能力に長けている。人間が狩猟採集時代に小さな群れで暮らしていた頃は、これも有用な能力だったのだろう。

つまり、僕たちの本能は「努力した分だけ報酬を与えられるべき」と考えてしまいがちなのだ。そのことが、生活保護の受給者や在日外国人に対する社会福祉を攻撃することの正当化につながっている。

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