THE21 » キャリア » エンジニアたちはなぜ「松下幸之助の言葉」に心を動かされたのか

エンジニアたちはなぜ「松下幸之助の言葉」に心を動かされたのか

2022年10月07日 公開
2023年01月18日 更新

渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)

松下幸之助 渡邊祐介 イラスト:松尾達

人生100年時代を生きるビジネスパーソンは、ロールモデルのない働き方や生き方を求められ、様々な悩みや不安を抱えている。

本連載では、激動の時代を生き抜くヒントとして、松下幸之助の言葉から、その思考に迫る。グローバル企業パナソニックを一代で築き上げた敏腕経営者の生き方、考え方とは?

【松下幸之助(まつした・こうのすけ)】
1894年生まれ。9歳で商売の世界に入り、苦労を重ね、パナソニック(旧松下電器産業)グループを創業する。1946年、PHP研究所を創設。89年、94歳で没。

※本稿は、『THE21』2022年5月号に掲載された「松下幸之助の順境よし、逆境さらによし~事業は人にあり。 物をつくる前に人をつくる。 」を一部編集したものです。

 

「人づくり」が良い商品を生み出すカギ

「事業は人にあり」という言葉は、松下幸之助ならずとも、よく聞く言葉である。ただし、そこに、「物をつくる前に人をつくる」という言葉が加わってくると、幸之助の真意が見えてくる。

さて、この言葉、どう解釈すべきか。まさか、「物づくり」は本当に「人づくり」の二の次だと捉える人はあるまい。

この件については、松下電器で営業本部商務部長を務めた河西辰男氏のエピソードがある。

1956年から60年にかけての電化ブームのころ。商品をつくりさえすればいくらでも売れた時代のある日。販売会社から、「欲しい商品が来ない。来たと思ったら不良品だった」というクレームが入った。

それを聞いた幸之助は、営業会議で「わしは大失敗した!」と突然大声を上げたのだという。

「わしは《物》をつくるのに夢中になって、1番大切な《人》を忘れてしまっていた。人づくりをしっかりやったら、いくらでも商品ができるし、また、不良など出るはずがない。今日から人づくりにとりかかろうと思う」

幸之助が出した指示は、意表をつく奇妙なものだった。「毎月、営業所の主任または主任になる一歩手前の人を集めよ。1営業所につき2名ずつ」。そして、「午前中はわしが担当や」と自ら教育の陣頭に立った。

しかし、通常の社員教育は、営業所長か部長を集めて部下指導を促す形式である。なぜ主任クラスを指名したのか。

河西氏らはその真意をはかりかね、まして、多忙を極める時期に、「主任を2人も出せとは、無茶だ」と営業所長らの猛反対に遭う中、何とか説得し、第1回目の研修にこぎ着けた。

研修当日、幸之助は午前中3時間の講義をした。その内容は、河西氏に言わせると特別な話をしたわけでもなかったそうだ。しかし、主任クラスの者たちは幸之助直々の講義に感動し、喜び勇んで営業所へ帰った。河西氏がなるほどとひざを打ったのはこの後だった。

上司や所長は、「創業者から直々に、いったい何を聞いてきたのか」と主任らに真剣に聞く。

また彼らの部下も、意気揚々と仕事に取り組む主任たちの姿を見て、急に活が入り、かつてない活気が営業所全体に漲り、職場の空気がガラリと変わったのだ。人づくりと組織づくりの合わせ技の策だった。

また松下電器第四代社長・谷井昭雄氏も、直接薫陶を受けた1人だ。1961年、テープレコーダーの開発主任だった谷井氏は、テープレコーダーの試作機を幸之助に見せる機会を得た。

彼に言わせれば、お世辞にもあか抜けないのに、「いいのができたな」と笑顔で言いながら、試作機を自分の手で撫でまわした。

そして、「きみは技術屋やな」と谷井氏を見定めると、「きみ、商品を抱いて寝たことがあるか(物をつくるのにそれくらいの情熱はあるか?)」「品質管理よりも大事なのは、人質管理やで」と矢継ぎ早に言ったのである。

谷井氏は人質管理の最重要課題は教育だから、結局「人づくり」が根底に来るのだと理解したという。

 

無茶を“可能”に変える熱血指導

根っからのエンジニアで、のちに総合デザインセンター所長を務めた中根清氏は、幸之助から熱血の指導を受けた1人だ。

トランジスタラジオの製作に携わっていた1950年代、商品の企画会議をやっている最中に、幸之助が、「何やってんねん」と入ってきた。

「市場のコストダウン要望にどう対応していくかを考えています」と答えると、「どのラジオや。秤を持ってきて」と言う。そして持ち込まれた小型ラジオを、「バラバラにして」と命じる。

分解された部品の目方を量り、「これ、なんぼで仕入れてる?」と質問していくのだ。そうして原価を裁定する。中根氏が恐れ入ったのは、形と重さ、材質を見たら、値段がぱっと浮かぶ速さと的確さである。

さらに驚くのは、普通なら1割、2割のコストダウンを指示するところが、幸之助は「半額で」と言うのだ。

しかし、目の前でパーツを1個1個秤にのせ、指導されると、反論できず、次第に、「『何を無茶な』という思いから、『やったろうやないか』という気に変わってくるから不思議だった」と中根氏は思い出を語ったものだ。結果、原価は4割減になったという。

次のページ
「できないでは、できない」志ある物づくりを >

THE21 購入

2024年10月号

THE21 2024年10月号

発売日:2024年09月06日
価格(税込):780円

関連記事

編集部のおすすめ

銀行重役を絶句させた松下幸之助の「分かりません」の意味

渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)

“従業員の居眠り”が難局を打開? 松下幸之助の「困難との向き合い方」

渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)
×