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人の悩みは結局1つ? 松下幸之助が説いた「割り切る」心の持ち方

2022年09月09日 公開
2022年09月09日 更新

渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)

 

「人間というのはいっぺんにそんなに悩むことはできひん」

この言葉を、幸之助は大勢の社員に向けて直接説明したときもある(YouTube動画をどうぞ! https://www.youtube.com/watch?v=WsR4A5-kmWo)。しかし、山崎老人は幸之助から直接聞かされたのである。

それは山崎氏の主任時代に遡る。天神橋の大阪営業所に在籍していた頃、その機会は突然やってきた。たまたま営業所長が出張して留守を預かっていたとき、営業所の前に社用車が止まり、社長・幸之助が降り立ったのである。

「ちょっと近くに来たから」と休憩がてら立ち寄ったらしいが、何をどうしてよいのやら、若い山崎氏はあわてて対応した。

とりあえず、営業所長室にお連れしようと幸之助をエレベーターに導いた。1階から3階に上がるエレベーターの遅さ、山崎氏は密室の中の沈黙が耐えられない。

緊張を解くために何かしゃべらなければ、と考えた山崎氏の口から飛び出したのは、「今は不景気で問題が非常に多いですからたいへんでございましょうね」という彼自身、情けないほどつまらない言葉だった。

しかし、発した本人もくだらないと思う質問に幸之助は、非常に示唆に富む言葉を放ったのである。山崎氏の記憶の通りに紹介すると、このとき、幸之助は若い山崎氏の顔を見て、笑みを見せ、まず「きみ、そんなことはあらへんで」と答え、さらにこう続けた。

「確かにたくさんの悩みがあるわ。せやけど、人間というのはいっぺんにそんなに悩むことはできひんで。どんな人間でも悩んでいる瞬間は、1つのことしか悩めない。だから、わしはいつもその瞬間の1つのことだけを悩んでるだけやから、大丈夫なんや」

幸之助は事もなげにそう語ったのだという。

さてこれをどう解釈すればよいのだろう。明らかなのは、無理をしないという考え方である。常々幸之助が言っている言葉。ただ、それは"がんばらない"という意味ではなく、道理のないことはしないことを指す。

悩みは常に数え切れないほど存在する。しかし、いかに頭が切れても、2つの悩みすら同時に解決することはできない。それは人間の能力の限界である。

だからこそ、割り切る。そう考えると必要以上に悩む時間は軽減する。幸之助の考え方とは、柳に雪折れなしとの言葉のように、柔軟で自分に負荷をかけない心の法則が定まっているようである。苦労を重ねてきた幸之助ならではの、自然な姿勢の顕れと言えばそうなのだろう。

ただ、それだけとも言えない。品質管理用語に、「Vital Few & Trivial Many(バイタルフュー・トリビアルメニー:重要なことは少数であり、取るに足りないことは多数ある)」という言葉がある。組織は常に多くの課題に囲まれているが、それらをみな同等に扱うことは有意義ではない。

すべての事象には因果関係もあり、それゆえに最も本質に迫る課題に焦点を当てていけば、他のことも循環的に解決に向かう。

幸之助はその極意を学問として習得したのではなく、自分の体験の中から会得したのである。

ともすれば、経営者には人に倍するタフネスやレジリエンスが不可欠のように思われる。けれども、幸之助の強さはそうした裏付けではなく、人間の本分に根ざす、柔らかな心、感性から導かれたものと言えるのではないだろうか。

 

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