――さらに、緒方氏は監督とコーチの「役割」も明確にした。
【緒方】1年目から選手の技術指導はコーチに任せていました。監督が直接、選手に指導したら、コーチの立場がなくなりますからね。
ただ、1年目の過ちは、単に任せっぱなしにしたことでした。これでは、コーチと私の考え方にズレが生じます。監督とコーチの足並みが乱れれば、選手も不信感を抱き、チームワークが乱れてしまうのです。
――そこで緒方氏が実践したのは、任せっぱなしにせず、必ずフォローも行なう「任せて任さず」だ。
【緒方】松下幸之助さんの本にこの言葉が書かれていてピンときました。まず、選手の指導はこれまで通りコーチに任せます。ただ1年目と違ったのは、コーチとは毎日試合前にミーティングを行ない、自分の考え方を何度も伝えること。そうすることで意識の共有を図りました。
さらに、練習の様子をつぶさに観察し、今の指導が選手の結果につながっていなかったら、「やり方を変えたほうがいいのでは?」と選手でなくコーチに言うようにしました。
ただし、こちらから一方的に命令することはありません。コーチと意見を交換しながら、最適な方法を話し合いました。こうして「任せて任さず」を実践したわけです。
――緒方氏に投手経験はなく、投手の指導に関しては門外漢だったが、これも任せっぱなしにはしなかった。
【緒方】投手を理解するために、ブルペンでどんな投球練習をしているのかをずっと見ていました。監督になって一番力を入れた仕事だったかもしれません。疑問があれば、投手コーチに練習の意図を尋ね、意見交換をしていました。そうすることで自分も学べるし、コーチも違った視点に気づけるわけです。
専門外のことでも、トップが自分の考えを伝えて議論することは絶対に必要です。こうしてコミュニケーションを頻繁に取り、監督とコーチが一枚岩となったことが、3連覇につながったと考えています。
――広島カープは昔から若い選手を育成する伝統がある。緒方氏の時代も、次々と新しい選手が台頭してきたことが3連覇につながった。一体、どのように育成していたのか。
【緒方】重要視していたのは、未熟でも力がつきつつある2軍の選手を1軍に昇格させ、そのレベルを早めに体感させることです。
同じプロでも、1軍と2軍では絶対的なレベルの差があります。それを体感することで、自分に何が足りないのか、それを埋めるために何をしなくてはいけないのかを痛感します。そのあとで2軍に戻ると、練習への取り組み方が大きく変わるのです。「基本が大事」といった、これまで口酸っぱく言われたことが腑に落ちるのですね。
――1軍では通用しないとわかっていてあえて試合に出すこともある。当然負けにつながることもあり得る。
【緒方】確かに目の前の勝ちを拾うだけなら、レギュラーメンバーを出し続けていたほうが良いでしょう。しかし、プロ野球チームは1年先も3年先も勝ち続けなければなりません。
となると、今のメンバーだけで勝ち続けるのは不可能。そう考えたら、多少目をつぶっても、様々な選手にチャンスを与えることが欠かせません。将来を見すえて新しい戦力を育てることもリーダーの役目だと思います。
――長いペナントレースの途中でチームが不調に陥ることもある。不調を長引かせないポイントとは?
【緒方】監督をしていてわかったのは、不調に陥るときには必ずその少し前に悪い前兆があることです。例えば「全力疾走を怠る選手がいた」「サインを見落とした」といったことです。これらを放置しておくと、チームの状態を簡単に修復できなくなります。そこで前兆を見逃さないようにして早めに手を打ちました。
――その前兆を見逃さないためには、「あいさつ」のような細かな変化も重要だという。
【緒方】選手一人ひとりと毎日じっくり話している時間は取れませんが、「おはよう」「頑張れよ」程度なら毎日多くの選手と交わせます。
こういう何気ないやり取りからも感じ取れることはあります。調子が悪い選手やプライベートで何かあった選手は、目をそらしたり、元気がなかったりしますからね。コーチやトレーナーに何かあったか聞けば、状況が把握でき、手を打てるわけです。
――これまでを振り返り、リーダーになったら最初にやるべきことは何か、緒方氏に聞いた。
【緒方】結果に責任を持つ覚悟を持つことです。私の場合、優勝できなかったら自分の責任なので、辞める覚悟をしていました。そうすれば腹を括って仕事に臨めます。
また、「いちプレーヤーと管理職では役割がまったく違うこと」を認識することも重要です。私も選手からコーチになった1年目は、選手からコーチの考えに頭を切り替えられず、選手に寄り添って教えられていませんでした。選手とコーチでは役割がまったく異なることを自覚するのが、リーダーや指導者になる第一歩です。
更新:11月18日 00:05