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野球から学べる「人生にとって大切なこと」…有名監督2人が“指導”に込める想い

2021年07月09日 公開

井戸伸年(関メディベースボール学院GM・総監督)、橘田恵(履正社高校女子野球部監督)

 

「意味」を伝えないと人は育たない

――井戸さんは元プロ野球選手。そして橘田さんは女子野球選手のパイオニアとして、大学時代は公式戦出場を実現しました。そんなお二人が指導者となって、一番苦労したことは?

【橘田】私が最初に葛藤を感じたのは「伝える」ことの難しさです。長嶋茂雄さんの「スーッと来た球をガーンと打てばいい」ではないですが、自分では問題なくできることでも、その「感覚」を言葉で伝えるのは非常に難しい。「なんでこれが伝わらないのだろう」ということは、何度も思いました。

【井戸】確かに、甲子園を経てプロに入ったような野球エリートでも、自分の技術を自分の言葉で伝えられない人は結構います。橘田さんはどうやってその壁を乗り越えたのですか?

【橘田】一方通行の指導ではなく、「会話を双方向にすること」が重要だと気づいたのです。こちらが一方的に話すのではなく、相手の話を聞きながら、対話しながら教える。それを意識し始めてから、徐々にうまく伝わるようになっていきました。

あと、女子の場合は特に、野球以外の日常的な会話も重要です。いきなり野球の話を始めるのではなく、ちょっとした雑談をしてから野球の話に入ると、よりスムーズに理解してもらえるように感じます。

【井戸】橘田さんは長年、男子のチームに入って野球をしてこられたわけですが、男子と女子で教え方のコツは違いますか。

【橘田】男子はコーチに「走れ」と命じられたらとりあえず走る人が多いです。ただ、女子は「なぜ走るのか」の理由が明確でないと、手を抜いて真剣に走らない傾向があります。私はむしろ男子寄りで、言われた通りにやってきたので最初は気づかなかったのですが(笑)。

だから最初に「なぜ走るべきなのか」をちゃんと話して、納得してもらうことが大事。あるいは、バットの振り方一つにしても、「こういう理由だからこう振るべきだ」という理屈を最初に伝えるべきだと思います。

【井戸】事前にちゃんと説明することの重要性は、男女問わず高まっているように思います。

スクールでも実践だけでなく、「座学」をしっかりやらせているのはまさに、そのためです。平日の練習のうち1時間は座学にあてています。「バイブル」と呼ばれるテキストを作り、それをもとに指導をしているのですが、やはり頭で理解してから実践したほうがより早く上達します。

また、この「バイブル」をすべてのコーチが共有することで、コーチによる指導のブレが発生しないようにしています。

私も学生時代はそうでしたが、これまでの野球の指導は、「理屈は考えず、とにかくやれ」でした。でも、それだとなぜその練習をすべきかの本質がつかめません。そういう人が指導者になるから、同じような教え方になってしまう。私はその悪循環を止めたいと考えています。

 

成長を促す「ノート」の使い方

――その他、指導にあたって意識していることはどういったことでしょうか?

【井戸】ルールの厳格化といいますか、ルールをきちんと決めて、それをしっかり守ってもらうことを心がけています。例えば挨拶一つにしても、どのくらいの声の大きさで、何を言うか。そこまでルール化する。

また、どの選手を試合に出すかというのは、多くの場合、監督の独断によって決められます。その結果、不公平感が生まれ、やる気をなくしてしまいます。

そこで我々は、「どのくらいの成績を上げたのか」「どのような基準をクリアしたのか」という評価ポイントを明確にして数値化し、それに沿って選手を選ぶようにしています。だから、不公平感は出ませんし、自分が後どれだけ頑張ればいいかも明確になります。

そして、このルールはいわゆる「社会のルール」と共通のものになるようにしています。だからこそ、野球をやめて別の道に進んでも、すぐに活躍できる人材になる。そう思っています。

【橘田】野球をやめてからも役立つ能力を身につけてほしいというのは、まったく同感です。私が重視しているのは「PDCAサイクルを回す」ことです。まず、自分なりに練習の計画を立ててやってみて、後でそれを検証し、改善してまたやってみる。このサイクルを回すことは、野球だけでなく日常生活すべてに役立ちます。

そのための方法の一つとして、部員には「野球ノート」を書いてもらっています。練習内容だけでなく、それをやってどう感じたか、どう改善すべきかまで書いてもらうことで、PDCAを回しやすくなるのです。

【井戸】ノートは中等部でも活用していますよ。練習内容を5項目書いてもらって、今日はそれが何%できたか、何%不足したかを書いてもらうことにしています。そして、それに対する所感も書いてもらう。そのうえで、LINEグループですべての指導者とスタッフが共有するようにしています。

【橘田】そこもうちと同じですね。ノートの内容は私とスタッフで共有するようにしています。ノートを読んでいるとしばしば、こちらが指導していることと選手が教えてもらいたがっていることのズレが見つかります。そこを踏まえ、その人が本当に指導してほしい指導をすると、カラカラのスポンジが水を吸い込むように吸収してくれるのを感じます。

【井戸】もう一つ、重視しているのは「発信力」です。発信力がないと、自分の体験を人に教えることができません。また、例えば野球留学で地方の高校に行きたいなら、自分の思いをきちんと親に伝えて許可を取らねばなりません。

発信力を高めるための方策の一つが、「1分間スピーチ」です。これは、生徒たちが二人一組になって向かい合い、その日の練習や試合での目標などを大きな声で1分間で発表するというものです。例えば内野手なら、「ダブルプレーを重点的に練習する」といった目標を話したりするわけです。

話し慣れていない生徒たちにとって、1分間というのは結構長いものです。そこを一生懸命考えて1分間しゃべれるようにすることが、思考力や表現力のトレーニングになるのです。

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