2021年06月02日 公開
2023年02月21日 更新
仕事に邁進してきたミドルには、定年後に打ち込むものがなくなり、孤独に陥る不安があるものだ。
長年、人の心の問題に向き合い続けてきた精神科医の保坂隆氏によれば、孤独を味方につけるには「孤独力」が重要で、それを身につけるには50代からの準備が欠かせないという。詳しくうかがった。(取材・構成:前田はるみ)
「孤独」という言葉にマイナスなイメージを持つ人は多いかもしれませんが、「孤独を楽しむ」という表現があるように、この言葉にはプラスの意味合いもあります。孤独を好む人や、孤独を楽しめる人は、昔からいました。
定年を迎えて肩書がなくなったとき、「ただの人」になってしまうことに孤独を感じる人は多いかもしれません。しかし、この「孤独を楽しむ力」、すなわち「孤独力」こそ、定年後も長く続く人生を充実させるためには必要な力です。
「孤独」とは何かを考えるうえで、まずは「孤立」との違いを明らかにしてみたいと思います。この二つはよく似た言葉ですが、意味合いがまったく異なります。
「孤独」という言葉が連想させるマイナスイメージは、「孤独死」などの言葉の影響も大きいかもしれません。実際、一人暮らしの人のほうが健康を損ねるとか、寿命が短いとか、配偶者を亡くした人は、その後すぐに病気になるとか、「孤独」が人にネガティブな影響を与えていることを示唆する様々な医学的研究も存在します。
ただ、注意すべきなのは、「孤独」が直接的に健康を損ねたり、自殺者を増やしたりしているのではない、ということです。おそらく、「孤独」から病気や死に至る間には、「うつ病や抑うつ状態」というブラックボックスがあって、それによる自律神経失調症が原因で、心臓が急に止まったり、心筋梗塞になったりするケースが多いのではないかと思います。
さらに言えば、配偶者を亡くして一人暮らしする人のことを、医学的な研究ではひと括りに「孤独」と表現していますが、配偶者を亡くしたことで健康を損ねるのは、「孤独な人」よりも「孤立した人」と表現するほうが、実態に合っているのではないかと思います。
つまり、人の健康にネガティブな影響を与えるのは、「孤独」ではなく「孤立」なのです。
実は、コロナ禍において自殺者が急激に増えたことも、「孤立」と関連があると私は考えています。今の状況と比較するために、1990年代のバブル崩壊後の話をしたいと思います。
バブル崩壊をきっかけに、それまで年間約2万2000人だった自殺者が、約3万3000人へと1.5倍に増えました。ただし、バブル崩壊直後ではなく、数年間のブランクを経て、98年から自殺者が増えたという点がポイントです。その後も13年間はずっと3万人台でしたが、近年は2万人程度にまで減っていました。
ところが昨年7月以降、コロナ禍において特に若い女性の自殺が増えました。前回との違いは、数年間のブランクを置くことなく、すぐに自殺者が増えたことです。私は精神科医として、この状況をどう捉えればいいのか苦慮しましたが、たどり着いた答えが「孤立」でした。
バブル崩壊後は、たとえ経営が行き詰まったとしても、皆で会って話をしながら、一緒に立て直しを模索することができました。しかし、今は自粛や緊急事態宣言の名のもと、人と接することができません。孤立を強いられた結果、自殺者が間髪入れずに増えてしまったのではないでしょうか。
こうしてみると、「孤立」と「孤独」は似て非なる言葉であることが理解できると思います。
「孤立」は人との関係が絶たれ、否応なく「一人で」いることを強いられた状態です。これは人の精神状態に深刻な影響を与えます。
一方、「孤独」は、同じ「一人」でいるにしても、それを主体的に選ぶことができる状態です。むしろ、「一人で」も楽しめるし、「皆で」も愉しめる。「一人で」と「皆で」の間を自由に行き来できる力のことを、私は「孤独力」と定義しています。
更新:12月04日 00:05