2019年11月11日 公開
2023年02月24日 更新
起業家のための雑誌『アントレ』の編集者として18年間に3,000人超の取材に携わり、その後、起業家の支援を行なっている天田幸宏氏は、「ひとり起業」で成功している人にはいくつかの共通点があると言う。その一つが、市場規模だ。
※本稿は、天田幸宏著・藤屋伸二監修『ドラッカー理論で成功する「ひとり起業」の強化書』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
ひとり起業において、「市場規模」はとても重要な指標の1つです。できるだけ、小さな市場を選ぶことが賢明です。
なぜなら、大きな市場には大企業をはじめとする強力なライバルが存在して、ゆくゆくは価格競争になることが多いからです。小さな市場には基本的に大企業は参入してきませんし、きちんと差別化できれば価格競争に巻き込まれることもありません。したがって、ひとり起業では市場規模は小さいほどよいといえます。
私が仕事をしている出版業界もかつては2兆円を超える規模でしたが、この20年間で市場規模は4割も縮小し、今では斜陽産業の代名詞に。では、私の仕事がなくなってしまったかというと、そんなことはありません。
そもそも出版業界は、一部の大企業を除いて中小零細企業の集合体です。理想の顧客とよい関係が築けていれば、自社が生き抜くくらいの事業は継続できるのです。市場の縮小や悪化を言い訳にしていると、大事なビジネスチャンスを見逃してしまいます。
ここで、小さな市場規模で成功した例を紹介します。
中川ケイジさん(東京都)は、美容師からコンサルティング会社に転身したものの成績不振でうつ状態に。そこに東日本大震災の報道を目にしたことが追い討ちとなり、「誰からも感謝されない自分のような人間が生きていてよいのか」と激しい自己嫌悪に陥ったそうです。
そんなある日、中川さんは風呂上がりに「ふんどし」を締めてみたところ、心の底からワクワク感がこみ上げてきたのだとか。しばらくして「リラックスウェアとしてのおしゃれなふんどしがつくれたら」というアイデアが浮かび、退職してふんどしの企画・製造を行う会社を設立します。これが、ふんどしの快適さと魅力を伝えるおしゃれなふんどし「Sharefun(しゃれふん)」の誕生ストーリーです。
中川さんによると、ふんどしの市場規模は下着全体の0.1%程度。大企業が参入してこないのも無理はありません。しかし、中川さんは日本人の日常生活から廃れてしまった「ふんどし文化」を後世に伝える使命感が芽生えたことから、「日本ふんどし協会」を設立。『人生はふんどし1枚で変えられる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という著書を出版したところ、さまざまなメディアで取り上げられ、一種の「ふんどしブーム」が起こります。
中川さんはふんどしが普及することのうれしさとは裏腹に、あとを追うように参入してくる「ふんどしメーカー」に危機感を感じ、ブランドの刷新を決意します。
「安眠を求める大人の女性」に絞り込んだブランドを立ち上げ、起業当初9割を占めていた男性から女性へとシフトしたのです。ふんどしはゴムをいっさい使わないので締めつけゼロで、安眠を妨げないというのが最大の特長です。そして、オーガニックコットンやリネンといった素材には徹底してこだわり、福島や岩手の沿岸部といった東北被災地で製造することによって生産者の顔が見える「物語性」(ストーリー)を付加しました。
そうして、中川さんは楽天やアマゾンでの販売を止めて自社サイトのみで扱うことで、他社との差別化や価格競争に巻き込まれない環境を築きました。
中川さんの成功要因は、小さな市場に目をつけただけではありません。「ふんどし×おしゃれ×女性」という小さな市場からさらに細分化したことに意味があります。かけ合わせるものが多くなるほど、市場は小さくなります。「女性向けのおしゃれなふんどし」というだけで話題性も抜群のため、メディアが取材したくなるのもうなずけます。
ドラッカーは『創造する経営者』において、「誰が買うかだけでなく、どこで買うか、何のために買うかという視点がある」と述べています。多くの企業は「誰が」「どこで」買うかは真剣に考えますが、「何のために」ということは多面的にとらえたり、掘り下げたりしていないことも少なくありません。
しかし、「ふんどし」という一見すると廃れたと思われるアイテムに新たな価値を提案して市場を創ったように、「何のために」を突き詰めることで、新たなニーズが喚起できるのです。
更新:12月10日 00:05