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なぜ「散歩」していると、いい発想がひらめくのか?

2019年10月11日 公開
2023年02月24日 更新

野口悠紀雄(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問/一橋大学名誉教授)

 

天才は集中した

多くの偉大な業績が、集中を可能とする環境で生まれています。科学的発見に共通する環境を見出すとすれば、答えは、「集中できる環境」ということになるでしょう。

天才の周りにいた人は、しばしば天才の極度の集中振りに当惑しました。『プリンキピア』執筆中のニュートンは、仕事に没頭して、準備された夕食を食べ忘れることが何度もありました。訪ねてきた友人を忘れて仕事に集中したというエピソードもあります。アインシュタインが相対性理論を考えついたときは、2週間書斎にこもりきりで、誰にも会わなかったそうです。「フェルマーの最終定理」の証明に成功したアンドリュー・ワイルズも、自宅の屋根裏にこもり、学会にも出かけませんでした。

数学者カール・フリードリヒ・ガウスがある問題に集中していたとき、医者が「奥さんが2階の寝室で危篤状態だ」と告げました。ガウスは、式から目を離さず、「もう少し待つようにいってくれ。あと少しでこの問題が解けるから」といったそうです。

偉大な業績を残した人の中で非常に多忙だったのは、数学者ジョン・フォン・ノイマンです。ただし、彼は、どんな環境でも驚くべき集中力を発揮できました。彼の妻は、「あなたが仕事に集中すると、象が出てきても気づかないでしょうね」といったそうです。その答えとして、彼は、『ゲーム理論と経済行動』という著書に、象の隠し絵を入れました。

【ポイント】天才たちは、驚くべき集中力を発揮して仕事に没頭した。

 

集中のために手帳を白くせよ

「勉強や研究に集中が必要」とは、誰もが認識していることです。人間のワーキング・メモリーは驚くほど容量が少ないので、それらを当面の仕事に集中させなければ、能率が上がらないのです。

職場でのもめごとや家族の病気などがあると、仕事が進まなくなります。これは、ワーキング・メモリーがそちらに占領されてしまうからでしょう。

ですから、発想のためには、「集中を妨げる要因」をできる限り排除する必要があります。一昔前までは、電話がその最たるものでした。集中を要する仕事に従事するなら、何としても、外からかかってくる電話を防ぐ必要がありました。

メールは、これを解決するかに見えました。仕事が一段落したときに片付ければよいからです。しかし、電話と違って「話し中」にできないのが問題です。しかも、メールを出すのは簡単なため、メール洪水が襲ってくる危険があります。人々は、これに対して驚くほど無防備です。「1日数百通のメールが来る」と自慢している人もいますが、こうした人は、発想とは無関係な環境にいるといわざるをえません。

人間の能力はそれほど高くないので、複数の仕事を同時並行的に進めるのは難しいのです。本を執筆しながら、会議に追い回される日程をこなすなどということは、普通は不可能です。こま切れの仕事に時間を取られ、多くの人と会う生活に明け暮れていては、「発想」はできません。手帳を予定で埋め尽くしている人は、発想とは無縁でしょう。

私は、本を執筆中は、他の仕事をしたくなくなります。時間が取れないということもありますが、思考回路が別の仕事に切り替わらないというのがその理由です。ですから、会合などは、だいぶ前から完全に排除しています。他の人は、「何と忙しい人だろう」と思うでしょうが、実は、手帳は真っ白なのです。

私の手帳が白いのは、重要な仕事をしているときです。手帳に予定がびっしりというのは、重要な仕事を抱えていない時期です。雑誌などに、「有名人の手帳拝見」といった企画があります。予定がびっしりの人を見ると、「この人は、集中を要する仕事をしていないのだなあ」と分かります。

【ポイント】人間の能力は限られているから、事務的な仕事に追われていると、発想はできない。発想のためには、集中できる時間を確保する必要がある。

 

著者紹介

野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)

早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問/一橋大学名誉教授

1940年、東京都生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イェール大学Ph.D(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2011年より現職。著書に、『「超」整理法』(中公新書)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)など、ベストセラー多数。

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