2019年01月14日 公開
2022年12月28日 更新
働き方の自由度が高まった結果、増殖したキャリア迷子のビジネスパーソン。そんな方に向け、Yahoo! アカデミアで教鞭を執る伊藤羊一氏が「自身の力でキャリアをデザインする生き方」をアドバイスする本連載。「目の前の仕事に120%打ち込むことで、次のキャリアを切り開け」というメッセージをベースに、第3回は、東日本大震災の復旧リーダーとして、様々な意思決定をする中で気がついた「自分の人生を選択することの重要性」についてうかがった。
20代半ばまで意識の低かった私ですが、仕事を通じて世の中とつながる喜びを知ったことで、30代は組織の歯車として猛烈に働きました。
そのときまでは、会社から与えられた役割をこなすことが正しい働き方であると信じて疑いませんでした。しかし、東日本大震災をきっかけに、その価値観は一変します──。
2011年3月11日、私は当時の勤務先のプラスの東池袋オフィスで地震に遭いました。植木や本棚、書庫がバタバタと倒れ、「もうこのビル崩れる!」と思うくらい揺れたのを覚えています。
流通カンパニーで、文具以外の様々な物資を扱っていた私は、事態を把握した後、すぐに当日の出荷停止を指示。その情報をすぐにウェブ上に公開しました。いち早く情報を出すことで、お客さんが「ここがダメなら次」といった具合に、他の手段を考えられると思ったからです。
指揮を執るつもりはなかったのですが、身体が勝手に動いていました。ただ、なぜ咄嗟に動けたのか。今、振り返ればその理由がわかります。
理由は三つあります。
一つは、過去担当していた物流業務で鍛えられていたから。物流センターでは、雪や台風といった天災や事故が起きたとき、システムの不具合を解消するための対策本部や連絡部署などをすぐに設置します。こうした非常時に連携する習慣が、身体に沁し みついていたのです。
二つ目は、新潟中越地震で何もできなかった後悔があったから。「何かしなければ」と思いながらも、何も言い出せず、自分の職務を淡々とこなし、要請があったら物資を送る受け身の姿勢に後悔していたのです。次に災害が起こったときは、積極的に困った人を助けたいと考えていました。
三つ目は、阪神淡路大震災の翌日から、ダイエーが被災地で営業を再開したというニュースが印象に残っていたからです。有事の際、企業がすべきことは、一刻も早く営業を再開することです。手持ちの物資を目の前の被災者に配ることも大切なのですが、物流などのライフラインを復活させることで、多くの人は助かるはずだと考えました。企業は本業を回してこそ、世の中に貢献する力を発揮します。
誰よりも先に身体が動いてしまった私は、気がつけば自然と復旧リーダーになっていました。
そして、どこよりも速く東北の物流を復活させることを宣言したのです。
ゴールを掲げ、それに向かって邁進する。その過程では様々な衝突や反発が起きるものです。
震災時は、資源の分配で衝突が起きました。入手した物資には限りがあります。注文が来た順に出荷するのか、それとも東北に集中するのか。「注文順に送るべき」という意見が多い中、私はすべての物資を東北に配送するよう指示しました。自分で東北の復旧という旗印を掲げた以上、限られたリソースは東北に集中すべきだと考え、反対を押し切ったのです。
正解は誰にもわかりません。未曾有の災害で、判断基準がないからです。とはいえ、失敗は許されない。判断が間違っていたら、責任を取らなければならない。熟考して判断する時間が欲しい。でも、「最適な流通ルートの選択は?」「どのクレームに優先して対応すべきか」といった新たな課題が、次々と押し寄せてきます。
抜き差しならない状況で、数々の意思決定をしていたとき、私はリーダーになるとはどういうことかを初めて意識しました。
平時と非常時では、リーダーの役割は大きく異なるということです。時間があるときは、個々の能力を引き出すようにチームをマネジメントしながら、議論を煮詰めていけばいい。そこでは、「みんなで決めた意見についていく」姿勢が必要です。
一方で、非常時に全員の合意を取っていては時間がいくらあっても足りません。だからこそ、リーダーはゴールを掲げ、目標に向けて明確なストーリーを提示し、チームを率いる必要があるのです。私はこれを、平時は「アフターユー」、有事は「フォローミー」と表現しています。
有事の決断は身を切られる想いがします。営業部の人や直属の部下、東北以外の販売店の方々といった関係者がどう思うかをあえて考慮せず、何が自分の信念に従っているかを基準に決断せざるを得ないからです。衝突は避けられません。
ただ、日頃からゴールを共有していれば、衝突を和らげることはできるはずです。
復旧対策本部では1時間に一度集まってミーティングをしていました。その際、部下が自分の考えを受け止めているかを確認し、関係者の状況を常に気にかけていました。
すると、反対意見は思いのほか少なかったのです。また、私の意見に反対であっても「もう伊藤にはついていけない!」と言って離脱する社員はいませんでした。
とはいえ、コミュニケーションを密に取っても、一定数の関係者や意見をバッサリと切り捨てることには、変わりありません。右も左もわからない状況で、苦労して考え抜いた解決案を採用されなければ、誰だってムッとするでしょう。
だから、やむを得ず切り捨ててしまった人たちのケアは、じっくりとするよう心掛けていました。しかし、ケアといっても、具体的に何をしてあげればいいのかわかりません。
そこで、私は彼らに寄り添い続けました。切り捨てられた関係者の立場を想像し、彼らと同じ目線で、同じ方向を見て話を聞くのです。そのうちに「伊藤さん、やっぱりこれっておかしいよ」という本音が出てきます。
それでも、肯定も否定もせず、ただ聞き続ける。胸の裡うちを明かしてくれた関係者は、話し終えたら徐々に落ち着いていきます。
これくらいしかできずに申し訳ないのですが、私はこうやって関係者たちとコミュニケーションを取り続けていきました。
前例のない有事の際は、何を基準に決断をすべきか。それは、「自分の信念」です。自分の価値基準・行動基準と言い換えてもいいでしょう。
先が見通せない状況で頼れるのは、過去の経験から得られた知見や想いだけなのです。
私の場合、プラスでの経験、新潟中越地震への後悔、ダイエーの営業再開があったからこそ、「被災地で困っている人を助けたい」という判断基準がぶれずに、決断できました。
では、有事にリーダーシップを発揮するために、平時から決断力を鍛えるには何をすればいいのか。それは日頃から、「アクション・スキル・マインド(信念)」を育てていくことです。
下の図をご覧ください。
ビジネスで成果につながるアクションを起こすためには、目に見えないスキルとマインドを強固に、そして大きく育てることが必要です。特に重要なのがマインド、つまり何かを成し遂げようとする志のことです。
リーダーのマインドが弱く、潰れてしまうと、スキルやアクションもぶれてしまう。すると、周囲はリーダーの決断に対して、不安を覚えてしまうでしょう。
一方で、マインドを大きく強固に鍛えれば、行動もぶれず、周囲も安心できる。スキルやアクションの幅が広がるので、影響力が強くなり、より人を巻き込みやすくなります。
では、マインドを鍛えるにはどうすべきか。
それは、日頃から何かを経験したら振り返る習慣をつけること。経験から「なぜ、自分はそうしたのか」「自分は何を欲しているのか」を常に深掘りしていけば、自分が大切にしている価値観に気づくことができるので、マインドは強固になります。
こうした「行動→振り返り」のサイクルをひたすら繰り返してマインドを強化していくことが、ぶれない決断力を磨くことにつながっていくのです。
有事の際は、このサイクルが加速し、人を大きく成長させます。前例のない非常事態で、自分の信念に基づいて、あらゆる選択と決断を下すうちに、「『自分の人生を生きている人』は、こうやって選択しながら生きているんだな。人生って、決めることの連続なんだ」ということに気づきました。リーダーシップを通じて、自分の人生を選択する重要性を理解できたのです。
働いて人の役に立つ喜びを見出してからは、企業の価値観に沿って使命を実現するのが仕事だと思っていましたし、組織人はそうあるべきだと考えていました。
ただ、そうすると、自分の信念を忘れ、企業の価値観を優先しがちです。
しかし、それがすべてではありません。人や社会に貢献する生き方や働き方は、一つではないからです。
企業の価値観から離れ、「自分の信念に従って、ミッションをどうクリアするのか」という経験をしたことで、仕事の見方が大きく変わりました。「自分<会社」の価値観から「自分>会社」に逆転したのです。
もちろん、安易に組織を離れることを勧めているわけではありません。企業の価値観と自分の信念が合致しているのなら、それに越したことはないでしょう。
ただ、自分の信念に従ってキャリアを選択できる自由を忘れないで欲しいのです。
自分はこれからどんな仕事をしていくべきか。多くの人が決断できずに悩んでいるかと思います。最終講義では、自分の生き方や働き方を考える際に欠かせない「Lead the Self」、セルフリーダーシップについて、お話したいと思います。
多くの方が、キャリアを考える参考にしていただければ幸いです。
『THE21』2019年2月号より
取材構成 THE21編集部
写真撮影 永井 浩
更新:11月24日 00:05