2018年11月15日 公開
2023年03月14日 更新
組織に縛られず、「好き」を仕事にする働き方が注目されている。ただ、多くの人は何かしたくても、やりたいこともよくわからないのではないか。そういう人たちは、すぐにそんな働き方を実践できるのか。「自身の力でキャリアをデザインする生き方」をテーマに、Yahoo!アカデミアで教鞭を執る伊藤羊一氏は、まずは目の前の仕事に120%打ちこむことで、次のキャリアを切り開くほうがいいと言う。具体的にどんな働き方なのだろうか。自身の経験も踏まえ、「キャリアの軸」の作り方を教えていただいた。
現在、私はYahoo!アカデミアで学長を務めています。
Yahoo!アカデミアは、もともと自社の経営幹部を育成する目的でスタートしました。現在、21名いる執行役員の過半数、12名を輩出しています。ヤフー㈱執行役員の登竜門と言ってもいいでしょう。今では、経営幹部だけでなく、中間管理職などのリーダー育成も手掛けています。
それだけでなく、最近ではアカデミアを外に開く動きも出ています。カンファレンスを開いたり、社外の人も参加できるプログラムやオンラインプログラムを実施したり、運営に携わるボランティアスタッフも社外から募集しているのです。
ヤフーに転職して、3年半。今でこそIT企業でリーダー開発とプレゼンテーション、インキュベーションをテーマに講義していますが、もともとはまったく違う業界で働いていました。最初に就職したのは銀行で、次は事務用品メーカーのプラス㈱で物流、そしてヤフーです。
しかも、今教えているスキルは自らの意思で習得したわけではありません。目の前の仕事をしていく中で、経験値が溜まっていった結果です。
まず、プレゼンテーションは、もともとプラスで自社の営業職を相手にプレゼンの「稽古」をしていたことから始まりました。それをきっかけに、「KDDI∞ Labo」に招待されてプレゼン指導をすることに。そこで、受講者のレベルが急激に上がったことで評判になり、よそにも呼ばれるようになりました。ほうぼうで教えるうちに「本を書いてください」という話もいただき、『1分で話せ』という書籍を刊行し、おかげさまでベストセラーになりました。
インキュベーションサポートも、プラスで新規事業をやっていたところ、取引先のサムライインキュベートさんの紹介で、モーニングピッチというベンチャーサポートイベントに呼ばれたことからスタートしました。それをきっかけに、いろいろな場所で、インキュベーションサポートをさせていただくようになったのです。
リーダー開発はというと、自分が学んだグロービス経営大学院で、恩返しのつもりで指導をしていたところ、ヤフー前社長の宮坂学氏に声をかけられて、Yahoo!アカデミアに呼ばれた、という経緯があります。
このような異業種への大胆なキャリアチェンジは、明確な目標がなければできないように思えるかもしれません。でも実際には、呼ばれたからやる、これまで社内の業務としてやっていたことを広げる、という形で目の前の仕事を地道にやってきただけです。
自分が心から好きなことや、やりたい仕事を明確にイメージして仕事をしてきたわけではないのです。
始めからやりたいことがあり、明確な目標や志を持ってキャリアを築き上げてきた、という人はいますし、立派だと思います。
しかし、私はそうではありません。元々やっていた仕事で、あちこちに呼ばれることで、いわば「わらしべ長者」のようにできることを広げていき、結果としてこうなったわけです。
とはいえ、ただ目の前の仕事をこなしているだけで、誰もがキャリアを「わらしべ長者」式に広げられるわけではありません。私がキャリアを広げられた理由を考えてみると、いくつか思い当たることがあります。
まず一つは、当然のことですが、仕事のクオリティを、ただひたすらに高めたこと。
もう一つは、相手がビックリするような仕事を心掛けたこと。
例えば、プレゼンで視聴者に驚きを与えることで、口コミが広がっていきます。ネタになるほど、自分の仕事を知る人が増えるので、自ずと声をかけられるチャンスも多くなるのです。
最後に、頼まれた仕事は全部引き受けたこと。やってみないか、と声をかけてくれた仕事は、たとえ専門外だったとしても、断らずにやってみることです。
この三つの姿勢を大切にやってきた仕事が、結果的に自分の強み──プレゼンテーション、インキュベーション、リーダーシップ開発という三つの柱を作りあげました。
でも、決して自分の強みを自覚したうえで、その能力を伸ばそうとキャリアを構築してきたわけではないのです。
正直に言いますと、私が本当にやりたいことに気づいたのは、今年の5月のこと。50年以上生きてきて、半年前にようやくそれがわかりました。
つまり、私は半年前まで、人にリーダーシップについて教えながらも、自分の本当にやりたいことすら確信が持てない状態だったわけです。仕事のスタイルも、人に言われたことからやる「ザ・サラリーマン」的な姿勢とあまり変わりません。
それが、リーダーシップ開発、インキュベーション、プレゼンテーションという三つの柱がつながることで、自分がやりたいことが明確になりました。
きっかけは、雑誌『エル・ジャポン』に載っていたStation Fというフランスのインキュベーション施設の写真を見たこと。
その雑誌を人に見せられて、「羊一さんのやりたいことってこれじゃない?」と。細かい記事を読む前に、古い駅舎を改築したという施設の写真を見ただけでピンと来ました。「そうか、よくよく考えてみると、俺は学校を作りたいんだな」と。
リーダーシップ開発で私が重視していることは、まずは自分自身に熱狂するということ。そして、熱狂しながら事業を作っていくのがインキュベーションです。また、事業を作るためには人を動かすためのプレゼンテーションが必要なのです。
自分のように、何かしたいけれど、燻くすぶっている人の熱意を引き出し、やりたいことを見つけ、他の人を動かして事業を形にしていくという一連の流れを作りたい。そのための「学校」を自分はやりたいのだ──という形で、三つが自然につながったわけです。
イメージとしては、三つに区切られた鍋があって、その中に経験というボールをどんどん投げ込んできた。それぞれの仕切りがいっぱいになって、押し合いへし合いしているような状態になったところで、仕切りが決壊して三つがつながった、という感覚でした。
半年前に自分のやりたいことに気づいてから、私の生活は大きく変わりました。
それまでの50年間は、起きるのが嫌でした。7時頃に目が覚めるのですが、起きたくない。そこでまず、寝床で犬や猫、動物の赤ちゃんの動画を見て癒されます。
それから、「ウイニングイレブン」というサッカーゲームをやります。通信で強敵にあたって負けると、悔しくて出勤したくなくなるので、コンピュータの設定を最弱にして10―0くらいで勝ちます。圧勝です。毎朝、そうやって自分を奮い立たせ、起床していました。
しかし、半年前にStation Fの写真を見た翌朝からは、犬猫動画のアプリは消しましたし、「ウイニングイレブン」も一試合もやっていません。パッと起きられるからです。
朝は起きたくないのが当然だと思っていたけれど、そうじゃなかった。もしかすると今までの50年間、自分はずっと鬱状態だったんじゃないかと思うほどです。
このように、目的や志を持つということは人間の行動を根本から変えるものです。だから、「やりたいことをやれ」「好きなことを仕事にしろ」「志を持て」と言うのは確かに正しい。若くして自分のやりたいことと出合えた人は素晴らしいと思います。孫正義社長が学生時代に、マイクロコンピュータの写真を雑誌で見て、天啓に打たれたというエピソードは有名です。そういう人たちは、早い段階から志を立てて、そこに向かってキャリアを構築していけばいい。
けれども、そんな運命的な出会いは、そう簡単に起きるものではありません。志がない、やりたいことがないという人も、それでいいのです。私もないままに50歳を超えるまでやってきたのですから。読者の圧倒的多数はこのタイプでしょう。
ただ、何かをしたいけれど、やりたいことがまだ見つからないなら、そのぶん何かをしなくてはいけません。それは、辛くても足元のことを日々やり続けるということ。今やっている仕事で結果を出さなくては、次の話はこない。だから、先のことは考えず、いまやるべきことを全力でやるのです。
これは、ある意味では、仕事に逃げるということ。将来を考えると不安になるし、目標や志といった指針も自分には見えない。だから目の前の仕事に逃げている、という人はいるでしょう。「それでいい。全力で仕事に逃げこめ」と私は言います。
ただし、「全力で」です。目の前の仕事を、合格点ギリギリの80%でこなしていくのではなく、120%、130%の成果をめざしていく。
そうやって、与えられたいくつかの課題で経験値を溜めておくと、いつかどこかでやりたいことが見つかります。やりたいことを「見つける」のではなく、「見つかるのを待つ」のです。
見つかるころには、わらしべ長者式に身につけたいくつかの強みが、一本の太い幹になっているはずです。
このようなキャリア観に基づいて、次回からは、もう少し具体的に、これまで私がどう仕事に取り組んできたのか、そこで何を学んできたのかを振り返ってみたいと思います。
更新:11月22日 00:05