中野氏も言うように、最近では心理学や脳科学などの知識をわかりやすく解説し、仕事術やビジネスノウハウに応用する本も多く出ている。「マインドフルネス」の流行などは、典型例だろう。専門家から見て、こうした「ビジネス心理学」「ポピュラー心理学」の流行は好ましいことなのだろうか。
「研究者の多くは、苦々しく思っているのではないでしょうか。近年は、医学的な知識を一般にわかりやすく紹介する本やネット上の記事が増えました。しかしその結果、医学的な根拠のない代替医療の流行や、ワクチンは製薬会社の陰謀、などというような言説の流布を招いてしまった、という例があるからです。同様に、心理学や脳科学の知識も、安易に一般に広げるのはどうなのか、という慎重な見方もあるわけです。
とはいえ、私は現場に生かされてこその学問だと思っています。誰もが英語の論文をやすやすと読みこなせるわけではありませんし、その時間もビジネスパーソンにはないかもしれません。ですから、学問的な基礎をきちんと踏まえたうえで、それをわかりやすく一般読者に伝えるスポークスマン的な活動をする人を育てていくべきだと思います。 にもかかわらず、一般書を書いたりメディアに登場したりする研究者が叩かれてしまうのは、それ自体シャーデンフロイデなのかもしれません(笑)。メディアにもよく出演されているある精神科医の女性は、医学部では教授より先に本を書くことが許されなかった、と告発されていました」
科学の裏づけがある知見なのか、それとも「心理学風ハウツー」に過ぎないのか。それを見分けるリテラシーも大切だ。
「科学かどうかの分かれ目は、反証可能性。検証ができるかどうか、ということです。
心理学の中にも、質のいい実験データがなかったりして、反証可能性がない理論は少なくありません。心理学の知見を学ぶときには、『どこまでがデータに基づく科学で、どこからがこの著者の個人的な意見なのか』に気をつけるといいでしょう。そうすることで、より深く読むことができますし、ビジネスに応用する際の精度も上がると思います」
心理学を学ぶことは、しばしば自分の心の中の暗い部分に目を向けることでもある。実際に、妬みの感情が自分にあると認めたくない人も多いだろう。
「大事なのは、妬みの種類の峻別です。相手を叩きたい、引きずり下ろしたいという『悪性妬み』は自分も後々苦しくなります。
何かを得たいなら、『良性妬み』をうまく使いましょう。自分がその人を超えることで、いやな妬みを解消するという方向にもっていくのです。妬ましい対象を何とか超えようと何らかのアクションを起こす。すると、その人を超えるだけでなく、そうして得た能力や経験などは自分のものになります。
前述のように、たとえネガティブなものであっても、必要のない感情というのはありません。
心理学に興味を持つ人が多いのは、自分の心の中にモヤモヤ、ドロドロした感情を抱えて、どうしようもないと思っている人が多いからでしょう。自分を輝かせるための燃料に変えていける知恵として、心理学を使っていければいいですね」
《『THE21』2018年4月号より》
更新:11月25日 00:05