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中野信子 なぜ「他人の不幸」は快楽なのか?

2018年04月17日 公開
2023年03月23日 更新

中野信子(脳科学者)

脳科学者が解き明かす「妬み」の正体
~「シャーデンフロイデ」という感情~

中野信子

人の感情の中でも厄介なのが「妬み」だ。とくに昨今、有名人や成功者の失敗をネット上で糾弾して「メシウマ」と喜ぶ風潮がある。

ところが、この現代社会の闇を象徴するような感情には「シャーデンフロイデ」という学術名があり、誰でも持っている感情なのだという。脳科学者の中野信子氏にお話をうかがった。(取材・構成=鈴木初日、写真撮影=まるやゆういち)

 

この世で一番怖いのは「普通の人」

誰かが失敗したとき、誰かを引きずり下ろしたときに思わず湧き起こってしまう喜び。「メシウマ」とも呼ばれるこの感情は、誰にも覚えがあるはず。人の持つ感情の中でも最も複雑で厄介なものの一つと言えるだろう。この感情「シャーデンフロイデ」の持つ意味を、脳科学の立場からわかりやすく解き明かしたのが中野氏の近著だ。

「以前、『サイコパス』(文春新書)という本を出したときには、『自分がそうなんじゃないか』『うちの会社のあの人は、もしかして』といった感想が多く寄せられました。しかし、サイコパスは意外に多いとはいえ100人に1人程度です。それよりも、残り99人の普通の人の中にあるもののほうが、もっと恐ろしいのでは……ということを書いてみたいと思ったのが、執筆のきっかけでした。

サイコパスは平気で嘘をついたり、罪悪感を感じなかったりといった反社会的な人格の持ち主ですが、他人が不倫をしていたからといって無駄に攻撃したりはしません。これに対して、『普通の人』はそれを放っておけない。それまでほとんど興味のなかった目立つ人の不倫に怒って『謝罪を』と思う。あるいは、『行動を改めさせなくてはいけない』と考える。ワイドショーやネット上で常軌を逸したバッシングが起きるのはその表われです。

このとき、叩く側は自分は正しいことをしていると思っている。それどころか、『これは世の中を正すために必要なことだ』と考えてさえいます。自分が正義の側に立って、世のため人のために活躍できるのですから、そこには大きな快感が立ち現われてきます。

これは、脳機能画像を撮像すると、人が失敗したときに喜びを感じることからも明らかです。自分自身が正義の権化になれる、その喜びを感じたくて、大衆はひそかに『この人は叩いてもいい』という次の標的を潜在的に探しています。こうしたシャーデンフロイデのメカニズムを、多くの人に知ってほしいと思ったわけです」

 

「残業してるふり」は心理学的に正しかった!?

今や、たとえ著名人でなくても、SNSに不用意な書き込みをすれば「炎上」することは珍しくない。まして、会社などの自分が属するコミュニティの中で「引きずり下ろし」の標的になる可能性は誰にでもある。では、普通の人が他者からのシャーデンフロイデの餌食にならないためには、どうすればいいのだろうか。

「それについては、古くから言い聞かされてきたことが対応の参考にはなるでしょう。沈黙は金。空気を読む……といったことです。目立ったり、自分だけ得をしているように見えると標的になりやすい。目立たないように大人しくしておけば安全ということです。

改めて言うまでもなく、この戦略は私たちにしみついています。むしろ、それを破ることは難しいでしょう。

たとえば、最近は『働き方改革』が提唱され、長時間労働を是正しようという声が大きくなっています。しかし、現実にはとくに仕事がなくても残業しているふりをする、というのが相変わらず合理的な戦略になっていると聞きます。自分だけラクをしているわけではない、ということを周囲にアピールでき、そのことによって攻撃を避けられるからです。

寝ていない自慢や病気自慢の類も同じで、『自分も大変なんだよ』『みんなよりラクや得をしてるわけじゃないよ』というアピールとして有効なわけです。

このことを無視して、『ダラダラ残業するのはやめよう』『寝ていない自慢は無能の証拠だ』などと主張しても、周囲へのアピールという有効な機能がそれらの行為にはあるわけで、その機能の代替案を示さない限り、解決は難しいでしょう。

こういう『正論』を唱えられる人は、自分だけ定時に帰ったり、言いたいことを言ったりしても攻撃を受けないだけの力を持っている人です。

バッシングにはリベンジのリスクが低いから起きるという性質があるので、リベンジのリスクがあるよ、私を叩けば痛い目に遭うよと仮にでも見せることができれば、バッシングは起こりにくくなります。

こうした力を持たない戦略の人は、『沈黙は金』を守り、空気を見出さないように大人しくやっていくのがベターです」

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著者紹介

中野信子(なかの・のぶこ)

脳科学者

医学博士。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から‚10年までフランス国立研究所ニューロスピンに勤務。帰国後、メディアや講演など幅広く活躍。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することに定評がある。『エレガントな毒の吐き方』(日経BP)など著書多数。

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