2017年06月22日 公開
2023年04月06日 更新
ミスを我がことと捉えるための大林組の安全対策の中でも特徴的なのが若手社員を対象に行なわれる「安全体感教育」である。
「世の中が便利で安全になったため、最近人は『危険』を今ひとつ肌で感じられていない傾向があると感じます。建設現場で使う工事機械や資機材などは、正しく使えばもちろん安全ですが、使い方によってはケガと隣り合わせです。建物の建設に欠かせない足場も、正しく組めば安全ですが、間違えて組んでしまっては落下や崩壊する可能性もあるのです。
そこで、そうした資機材の使い方を学ぶとともに、『落下』や『機械への挟まれ』といった事態を、安全を確保したうえでギリギリまで体感させる教育をします。何をすれば危険に陥るのかを、リアルに感じ取る訓練です」
若手の「実体験」はさらに続く。現場では、上司が経験の浅い部下に「失敗してもいいからやってみろ」という少し上のレベルの仕事をやらせてみることが多々ある。
「『慣れない者は失敗するから任せられない』という姿勢では、部下はいつまで経っても経験が積めません。小さなミスも、実際にしてみなければ改善できないこともある。ですから、失敗してもすぐリカバーできる状況を用意し、やらせてみるのです。その間上司はリカバーが必要となる場面までしっかり見守る。部下はその過程で、ミスがどのように起こるのかを肌身で知ることができます」
このように、部下の育成と安全教育が重なり合う場面は随所に見られる。
「私の現場では、担当者が工事手順を記した作業計画書を作成した時に所長も含めた職員全員が一同に会してチェックします。作業の効率性や安全性の確保について、経験のある人間が細かく指摘し、一気にブラッシュアップする。書き込まれた計画書は真っ赤になることもありますが、それにより、担当者は『ミスの起こらない計画』を短期間で学び実際の施工に生かすことができるのです。」
こうして完成した作業計画書に基づき、工事が行なわれる。実際に作業を行なう作業員たちへの伝達もポイントとなる。
「ここでのキーワードは『見える化』。言葉で伝えるだけでは、認識にはズレが出ます。計画書の中には、作業員たちにどういった手順でどのように作業を進めるのかを伝えるために、図面にイラストや説明を書き込んだものもあります。言葉で伝えるだけでは足りない部分を、手書きのイラストなどで補うのです。それらを使って、今日すべきこと、気をつけるポイントを、視覚的に伝えることが大事です」
作業中の安全を支えるのは、緊密なコミュニケーション。そこで実践しているのが、「ひと声かけ運動」だ。
「現場監督や作業員は全員、ヘルメットの正面に名前を書いたステッカーを貼ります。そして、声をかけるときには必ず『○○さん』と呼ぶのがルール。名前を呼ばれると、自分の責任を意識するようになります。
人は、健康状態や日々の生活環境によってコンディションに波が出ます。だからこそ、パーソナルな部分にまで目が届くコミュニケーションをとり、フォローし合う関係が不可欠です」
会社見学に訪れた学生はしばしば「大林組の現場の人は優しく温かい」という感想を述べるという。
「『技術の大林』と称していただくことの多い当社ですが、『人の大林』という印象を持たれるのも喜ばしいことです。現場では、人のつながりが財産。そしてそれは、相互の安全を守る生命線でもあるのです」
(プロフィール)
竹中秀文
Hidefumi Takenaka
〔株〕大林組 本社 建築本部 本部長室長
1962年、大阪生まれ。87年、〔株〕大林組入社。建設現場の施工管理・監督、工務、生産技術部などを経て17年4月より本社建築本部本部長室長。
《『THE21』2017年6月号より》
更新:11月25日 00:05