2017年03月25日 公開
2019年07月22日 更新
――フジテレビを退職して、新たにツインエンジンを起業したのはなぜですか?
山本 フジテレビで10年あまりノイタミナをやってきて感じた限界を超えたかったからです。退社を決意するまでにはフジテレビ社内でできることも模索をしてきましたが、外に出て勝負することでしか限界を超えられないと感じました。
フジテレビは制約も多かった。10年間、社内で軋轢を生みながら、さまざまな古いルールを壊してきましたが、時代が変わってそれが当然になってしまうと、費やしたエネルギーはムダだったのではないかとどこかで思ってしまいます。フジテレビを変えたいと思ってやっていた頃もあったのですが、その動機では、あるいはそれを理由にしていては、その先10年を戦えないし、大きな勝負はできないとわかったのです。向こう10年を戦える新たなビジョンを持ち直したかった。
フジテレビも、戦略を持って全社体制でアニメに取り組めば、アニプレックスやバンダイグループ、東宝といったアニメ業界の大手の競争相手と渡りあえるだけのポテンシャルを持っていると思います。落ちてきているとはいえ圧倒的なメディア力があり、資金力もあり、優秀な人材もいます。
しかし、無料広告放送という、他に類を見ないほど効率的な、かつて最強だったマネタイズシステムを持っていることが、皮肉なことに、テレビ局に新しいエンタメビジネスにシフトする機運を生まれにくくし、視聴率の古い力学と、それを支える事務所行政などから脱却できなくさせているのです。
しかも、『ONE PIECE』や『サザエさん』はともかく、とくに深夜アニメは社内の位置づけが低く、アニメ業界の競合他社に対抗できる戦略を積み上げていくことの難しさをずっと感じていました。
――無料広告放送に代わるビジネスモデルが必要だと考えた、ということですか?
山本 それより一段階手前の話で、フジテレビでアニメ戦略を構築できるのかの挑戦をしていました。本気でテレビ局がアニメで勝負するなら、無料広告放送の強みを活かさない手はなく、プライムタイムの全国ネットにアニメ枠を新設するくらいのことをしないと勝てない。短期的にはバラエティ番組より視聴率が低かったとしても続けられるように、長期目線での戦略が必要です。しかし、当時はまだ社内にアニメ戦略と呼べるものがはっきりしていなかった時期で、ノイタミナは何度か消滅の危機があり、その度に死ぬ気で守っていました。フジテレビが今弱い原因の1つは、実行可能な戦略をきちんと練ることと、それを継続するという基本ができなくなっているからではないかと思います。
ノイタミナは深夜のローカル番組としてできることはある程度やりきっていたし、30分から1時間に枠拡大したところで、量的な拡大も頭打ちになっていました。編成バランス的に、それ以上アニメ枠が増えないことが見えていました。フジテレビは資金力があるので、系列外のTOKYO MXで放送するコンテンツを製作することも可能なのですが、実際には、それがGOになるのは、組織上難しいだろうと思います。
あとは、ネット配信に対するスタンスが定まらなかったという点でも、かつて強かったテレビ局特有の弱みが出ていました。
――ネット配信は、今やかなり一般的になっていますね。
山本 動画配信ビジネスの盛り上がりによる映像ビジネスの劇的な変化は、とてもエキサイティングでした。DVDやBDに対してユーザーが負担する金額は、アニメの場合、単価が高くて、30分当たり2,500円くらいだと言われていました。現在は、見放題の動画配信サービスによって、劇的に単価が下がっています。課金ハードルが下がることで、ユーザー層が拡大することを期待しています。
最近では、Amazonなどでネット配信用のドラマやバラエティ番組が作られていますが、テレビ業界の事務所行政的なしがらみがないので、1つのコンセプトに特化した面白い番組を作っています。しかも、マーケティングデータや戦略性に裏打ちされた強みも垣間見えます。
ネット配信のマネタイズは複雑に進化しています。よりユーザーの利便性を高くし、課金へのハードルを下げることで、100万人単位のユーザー数を獲得し、得られたシェアによってマネタイズする仕組みが構築されています。「レ点営業」と呼ばれる、携帯電話の販売時に端末代金割引とともに動画配信サービスへの加入をセットにするやり方や、Amazonプライムのように、動画配信サービスへの課金ではなく、他のサービスの付加メニューとして、いつの間にかユーザーがサービスを受けているモデルがシェアを伸ばしています。
テレビ局の全盛期には、作り手たちが直接的なマネタイズを気にしなかったからこそ、くだらない最高のバラエティ番組が生まれたと言われています。当時の番組制作にマーケティングなんてなくて、無数の外れた番組が打ち切られてきました。それでも、日本人の芸能界好きな特性と、放送枠の希少性から、外れた番組を衣替えしていくことで確実に成長できた。敵は他局との視聴率競争だけでした。
僕はいつもエンタメビジネスを分析するとき、クリエイティブプラン(作ること)、ビジネスプラン(売ること)、メディアプラン(届けること)の3つのプランに分類しています。テレビ局の作り手は、自局で放送することも、ほとんどの場合は枠も先に決まっているので、メディアプランを考えることがありません。直接売る機会もものもないのでビジネスプランにも触れず、「面白い番組を作って視聴率を取ろう」というクリエイティブプランだけしか考えない仕組みになっています。
それだから面白いものができた時代も確かにあったわけですが、今は、それゆえに視聴者を置いてきぼりにしやすくなっていると思います。「どういうお客さんにどう売ろうか」「それにはどういう届け方がいいか」を思考してモノ作りの指揮を執るプロデューサーに負けてしまう。さまざまなマーケティングデータを根拠に、いろんな手を打てる会社にも勝てなくなっていく。
テレビ局の大きな仕組みは、残念ながら現場の一兵卒が変えられることではありません。僕は、ノイタミナという、全タイムテーブルからしたらごく狭い領域だったことで、クリエイティブプライン、ビジネスプラン、メディアプランのすべてに触れることができた。そんなことを感じながら10年もノイタミナをやってきたので、アニメというエンタメビジネスの最先端で戦うには、テレビ局から出たほうがいいと確信するに至りました。そのほうがテレビの力をうまく使えるかもしれないと思いました。
僕自身は、テレビという媒体の強みをまたまだ活かせると思っているし、テレビ的なモノ作りの仕方をリスペクトしています。マーケティングデータによってユーザーのニーズを追いかけるモノ作りより、良かった頃のテレビ的なモノ作りのほうが個性的で発信力のあるエンタメが生まれる可能性があると思っています。マーケティングも睨みながらヒット率を上げたいとは思いますが、究極的には独自性のほうを重要視しています。
新たなエンタメビジネスの時代にどう勝っていくかを考えたとき、作り方の意味でも、見せ方の意味でも、「テレビ」は自分のキーワードになり続けると思っています。
更新:11月22日 00:05