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野口悠紀雄の「ブロックチェーン」講義 第2回「2つのブロックチェーン」

2017年02月13日 公開
2023年05月16日 更新

野口悠紀雄(経済学者)

マウントゴックス破綻で証明された「ビットコインの信頼性」

野口 ブロックチェーンが革新的なのは、「組織を信頼しなくても、信頼できる事業ができる」からです。たとえばビットコインは今まで、一度も事故を起こしていません。

――そう言われるとどうしても、2014年にビットコイン取引所がサイバー攻撃を受けビットコインを盗まれ、引き出し停止に追い込まれた「マウントゴックス事件」を思い出してしまうのですが……。

野口 確かに、あの事件でビットコインの信頼性が失われたと、多くの人が考えているでしょう。マウントゴックスが破綻すると、大新聞は「ビットコインは破綻した」と報じました。

ただ、これは大きな間違いです。マウントゴックスはあくまで「円やドルをビットコインに替えるための両替所」に過ぎなかったからです。マウントゴックスが破綻したからといって、ビットコインの信頼自体はまったく揺らいでいないのです。

たとえるなら、現金輸送車がギャングに襲われて現金が強奪されたことに対して、「日銀券の価値がなくなった」「日銀のシステムはもはや破綻した」と言うようなものです。

――確かに、現金輸送車一台分のお金が奪われたからといって、日銀券への信頼はびくともしません。

野口 そうです。そして、そのことが逆説的にビットコインの価値を示しているとも言えるのです。「泥棒は価値があるものしか盗まない」――これを私は泥棒の第1法則と呼んでいます。第2法則は、「泥棒は自分が盗んだらダメになってしまうものは盗まない」。

ギャングが現金輸送車を襲うのはまさに、日銀券の価値を認めているからであり、自分たちが盗み出しても日銀券は無価値にならないという確信があるからです。ビットコインも同じで、「盗んだらビットコインが破綻する」と思ったら、誰もそんなものは盗まない。ビットコインの価値を認めているからこそ、盗んだのです。

 

あらゆるリスクをヘッジできる時代が来る?

――ブロックチェーンがどういうものなのか、かなり理解できたような気がします。ただ、これがどのようにビジネスに応用できるのか、まだ具体的にイメージできないのですが……。

野口 すでにブロックチェーンを用いて行なわれている事業はたくさんあるのですが、興味深いものを一つ上げるとすると、「市場予測」があります。将来の出来事について賭けをする市場のことです。たとえば、「アメリカ大統領選でどちらが勝つか」に賭けて、勝てばお金をもらえるというものです。

こうした予測市場は昔からありますが、これまで解決されなかった大きな問題があります。それは、「胴元が不正をしないか」ということです。胴元が賭け金を懐に入れたり、結果を操作したりするという可能性を完全に排除することは難しい。

この問題を、ブロックチェーンによって解決することができます。ブロックチェーンを使えば、そもそも胴元のいない予測市場が可能になるからです。

ブロックチェーンを用いた予測市場はすでにアメリカでいくつか登場しています。代表的なものが「Augur」で、オッズの計算や賭け金の預かり、配当の支払いをブロックチェーンを使って進めていくので、誰かが不正を働くことはできません。

たとえばある人が「安倍政権は2年後も続いているかどうか」を賭けにしましょうという提案をする。それに対して、「続いている」と思う人、「続かない」と思う人がそれぞれお金を賭ける。その賭け率の計算から配当まで、ブロックチェーンを用いた仕組みによって自動的に進められていくのです。なお、結果の認定は外部の人間が参加して行ないます。

──つまり「管理者がいない」からこそ、誰も不正を働かないわけですね。

野口 予測市場は単なるギャンブルではありません。ビジネスにおいて、実にさまざまな応用範囲が考えられます。

たとえば、ビットコインは価格変動が大きいことがリスクだと言われます。そうであれば、予測市場で賭けをすればいい。たとえば「1年後のビットコインの価格は500ドルを下回るかどうか」という賭けを提案し、「500ドルを下回る」に賭けるのです。

1年後、本当にビットコインの価格が下がったら、そのぶんは損をします。けれども、予測市場では勝って配当を受け取ることができます。価格が上がれば賭けた分は損するけれども、値上がり分を享受できます。どちらにしても、大幅な価格変動による資産価値の変動を回避することができるのです。

――これは「先物取引」によるリスクヘッジと同じように思います。

野口 そのとおりです。金融の世界では、これと同じことがすでに古くから行なわれています。たとえば天候不順によるリスクを緩和するため、先物取引で農作物の価格を固定しておくといったものです。デリバティブやオプション、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)といった金融商品は、不確実性に対するヘッジの手段です。

ただし、先物市場がある分野は限られています。予測市場を使えば、あらゆるリスクをヘッジできる可能性が出てくるのです。

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著者紹介

野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)

早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問/一橋大学名誉教授

1940年、東京都生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イェール大学Ph.D(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2011年より現職。著書に、『「超」整理法』(中公新書)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)など、ベストセラー多数。

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