2017年04月01日 公開
2023年05月16日 更新
(以下、星野佳路氏談)
日本旅館の顔の一つでもある「料理」には、私たちも力を入れて取り組んできました。なかでも私が重要だと考えるのは、「料理を調理師や板前の専門分野にしすぎないこと」です。つまり、松本さんのような調理師ではないスタッフが、料理に関与する自由があることが大事です。ホテル業界における弊害は実はそこにあって、料理の領域が調理師以外は誰も口を出せない「治外法権」になりがちなのです。
実際に料理メニューを考え、料理を作るのは調理師です。しかし、料理を出してお客さまの反応を見たり、要望に応えたりするのはサービススタッフです。サービスを提供する彼らが、「今日の料理はおいしくない」と言える文化。お客さまが喜んでいるのかいないのかを、調理師とざっくばらんに議論できる文化。メニューを決めるのは調理師でも、「こうしたらいいのでは」とスタッフが自由に提案できる組織。そんな「フラットな組織」を私たちは目指しています。
相手が社長であろうと、総支配人や総料理長であろうと、スタッフが言いたいことを言える。上のポジションの人が物事を決めるのではなく、ポジションに関係なく説得力のある意見が通る。そうした環境があってこそ、正しい議論と正しい意思決定をすることができます。それがサービスの質を良くしていくだけでなく、スタッフのモチベーションの維持にもつながります。
星のや京都には、松本さんのように実家が料理屋というスタッフは多いです。彼らは当然、料理に対していろんな意見を言ってくるし、関与してくる。その結果、料理がより良くなっていくこともあるでしょう。松本さんも、その辺の感覚が「楽しい」と言ってくれているのではないでしょうか。
フラットな組織では、現場で実現できることの自由度も高まります。興味があって勉強しても、現場のサービスに生かせなければつまらない。勉強したことを仕事で試したり、反映させたりして、どんどん変えていけることも仕事の面白さにつながっていると思います。
星のや京都の料理について、最近は詳しいことは把握していません。また、把握することが大事だとも思っていません。経営者としての私の仕事は、フラットな組織づくりに尽きます。仕組みと文化が根ざしていけば、松本さんのようなスタッフが自由に活躍してくれます。そちらのほうが重要なのです。
星のや京都は、米旅行専門誌「コンデナスト・トラベラー」で、旅行業界で権威あるランキングの一つと言われる「ゴールドリスト」に三年連続で選ばれました。こうした現場を支えてくれる一人が、松本さんのような人だと思います。
インバウンド時代において、日本文化に造詣が深く、それを提供することに喜びを感じ、かつ語学が堪能な人材は、貴重な存在です。言葉だけなら、できる人はたくさんいます。しかし、言葉と日本文化の両方に精通している人はそう多くはありません。外国人の方とコミュニケーションしながら、それを伝えられることが重要なのだと思います。
とはいえ、外国人から評価されることも大事ですが、私たちはそれを目的にしているわけではありません。外国人比率を高めることを目的にすると、本物のリゾートとして成長する方向に向かっていかないと思うのです。
あくまで日本人の、とくに目利きの方たちに支持される日本旅館でありたい。そのために文化的にもサービスの質的にも上質であろうとすることで、結果的に外国人のお客様にも選ばれる旅館になると思っています。
≪『THE21』2017年3月号より≫
更新:11月26日 00:05