2017年01月13日 公開
2017年01月13日 更新
神様のような人格者だった教師・坪井誠造が亡くなった。その通夜には教え子や隣人、経営するアパートの住人までが集い、誰もがその死を悼んでいた。しかし、偶然居合わせた7人の証言を合わせると、坪井がとんでもない犯罪者だった疑惑が浮上し……。
複数の人の述懐や証言、モノローグによって構成され、事件や人物の知られざるさまざまな側面が明かされてゆく――という形式の小説には、個人的に傑作が多いと感じている。『白光』(連城三紀彦)、『愚行録』(貫井徳郎)、『告白』(湊かなえ)、『Q&A』(恩田陸)……など、ぱっと思いつくだけでもこんなに印象に残っている作品がある。古くは『薮の中』(芥川龍之介)もそうだ。物事は、多角的に見ることで違った見え方をする。それを誰もが経験則上実感しているから、説得力があるのだろう。また、一人ひとりの登場人物が本人の一人称によって掘り下げられるので、物語に入り込みやすい傾向があると思う。群像劇の要素も併せ持つうえに、最後にそれらの中に散りばめられた伏線が一気に収束するカタルシスを得られることも、面白さに一役買っているだろう。
本書もこの形式に該当する作品だ。坪井の意外な一面を明らかにする各自の証言部分は、テンポ良く読みやすく進む。すべての状況証拠が出揃い、読者の誰もが坪井への疑惑を確信したところからラストに至るまでの展開もすごい。ひと波乱どころではないどんでん返しに、「やられた!」と思うこと間違いなしだ。緻密な構成と勢いのある展開が両立した小説である。
著者は元お笑い芸人で、本作で作家デビューしたそうだ。残念ながら芸人としての著者は存じ上げなかったが、一般的によく練られたコントのシナリオは、テンポが良く、笑いだけでなく驚きも提供してくれたり、どんでん返しを含んでいたりする。芥川賞受賞の又吉直樹をはじめ、劇団ひとり、太田光など、そういえば芸人が本業の小説の書き手は結構いるが、「人を笑わせる」ためにさまざまなネタを考えることは、優れた物語を生み出す訓練にもなっているのかもしれない。
執筆:Nao(「小説」担当)
更新:11月22日 00:05