2017年01月15日 公開
2023年05月16日 更新
高いデザイン性と機能性を兼ね備えた家電を生み出して急成長を続けているベンチャー企業・バルミューダ。本連載では、その創業社長であり、元ミュージシャンという異色の経歴を持つ寺尾玄氏に、独特の経営観やクリエイティブ論をうかがってきた。最終回では、人生に対する考え方をうかがった。
『GreenFan』を発売する直前、バルミューダは倒産寸前の危機的状況にありました。普通なら平常心ではいられなくなるような状況でしょう。それなのに私が平然と『GreenFan』の開発に向かうことができたのは、メンタルが強かったからだと思います。
もちろん、昔は胃が痛くなることもありました。しかし、心配事というのは、何が起きるのかを理解していないから怖くなるのです。倒産したとしても、最悪でも自己破産をするだけのことです。病気になるわけでもありません。最悪の場合を何度も想像して、想像することに慣れてしまえば、怖くなくなります。
しかし、その後、そんな私が緊張のあまり恐怖に駆られる経験をすることになります。
『GreenFan』の製品発表会のときのことです。六本木のインテリアショップを借りきって、300人ほどを集めて行ないました。
当時、営業をするのは私1人しかいませんでしたから、販売先の開拓などに走り回っていて時間が取れず、スライドは作ったものの肝心の台本が固まらないまま製品発表会を迎えることになってしまいました。
それまで、そもそも製品発表会をやったことがありませんでしたし、スライドを使ったプレゼンテーションをしたこともありませんでした。会場のセッティングを終えた深夜、1度だけ練習をしてみましたが、当然のことながら、まったくしゃべることができない。
当日の午前中は取材が入っていて、インタビューに答えているうちにどんどん時間が過ぎてゆき、結局、1度も練習をすることができないままになりました。
音楽活動をしていたときも感じた、準備不足のまま慣れていないステージに立つ恐怖が、人生で最大のスケールで襲ってきました。
時間が迫る中、ふと「自分はこれまで、営業先で何回『GreenFan』の説明をしてきたのだろう?」と考えました。会場にはもう人が集まってきていましたが、駐車場に戻ってクルマでカレンダーを見ながら数えたところ、東京や大阪、名古屋など、いろいろなところで、いろいろな相手に、56回も説明していました。そのことを確認すると、「56回も説明してきたのに、今、できないわけがないじゃないか」という気持ちがわいてきました。
ただ、営業先でやってきたのは、スライドを使って台本に沿って話すのではなく、お客様の反応を見ながらのフリートークです。
そこで、スライドを順番に映し出すのではなく、私の話を聞きながら、それに合うスライドを選んで映してくれるように、社員にお願いしました。社員にとっては難しい注文ですが、フリートークにすればなんとかなるという自信が生まれていました。
『GreenFan』は倒産寸前の会社が持てるすべてを注ぎ込んで作りあげた自信作です。すでに販路は決まっていましたから、仮に発表会がうまくいかなかったとしても販売に悪影響はありません。
しかも、私は元ミュージシャンです。ミュージシャンにとっては、やはりステージこそがパフォーマンスの場です。そこで絶対にしくじるわけにはいきません。
そう思いながらステージに上がり、300人を前にした瞬間、私の中に浮かんだのは、「ああ、この風景、知ってる。馴染みの場だ」という感覚でした。音楽活動をしていたときには1,000~2,000人の前に立っていました。そのときの感覚が蘇って、一瞬で緊張が解けました。
本当にメンタルが鍛えられたのは、このときだと感じています。
その後、当社は製品発表会を何度も行なっています。はじめの頃はスライドも自分で作り、台本も自分で書いて、すべてを暗記して、そのとおりに話していました。ところが、暗記したことを間違えないように話そうとすると、そのことに気持ちが奪われてしまい、肝心のライブ感が失われてしまいます。そこで今では、『GreenFan』のときのように、スライドだけを使ってフリートークをするようにしています。
もちろん、以前に比べると慣れてきましたが、それでも怖さはあります。開発に1年~1年半の年月をかけ、社員みんなの労力が集まったものを披露するだけに、「審判の日」と言ってもいいくらいですから。
更新:11月25日 00:05