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【今週の「気になる本」】『王とサーカス』

2016年08月26日 公開
2016年08月26日 更新

米澤穂信著/東京創元社

報道の意義を考えさせられるミステリ

フリージャーナリストの太刀洗万智が取材のためにネパールに来ると、王宮で行なわれていた晩餐会の席で国王を含む王族9人が殺害される事件が起きた。取材を始めた太刀洗は、さらなる事件に巻き込まれる。

ミステリとしても十二分に面白かったが、それ以上に報道について、また自分の仕事について考えさせられる作品である。とくに、事件当夜に王宮にいたネパール軍の兵士・ラジェスワルと太刀洗のやりとりが印象的だった。

あるルートからラジェスワルとの面会が叶った太刀洗は、取材を申し込むが断られてしまう。そこで、彼からコメントを引き出すために、ジャーナリストとしての使命感、真実を伝えることの意義を話す。

それに対し、ラジェスワルは酒場のテレビで見た、とある2つのニュースについて話し始める。一方はキプロスで平和維持軍の車列が崖から落ち、死人が出た事故のニュース。もう一方はサーカスで虎が脱走し、逃げ惑う人々を映したニュース。その場にいた大衆の関心をさらったのは、後者のほうだった。自分の身に決して降りかかることのない惨劇は、人々にとって娯楽でしかなかったのだ。ラジェスワルはこう続ける。

「お前の書くものはサーカスの演し物だ。我々の王の死は、とっておきのメインイベントというわけだ」

太刀洗に近い立場の仕事をしている自分には、ラジェスワルの言葉が突き刺さった。報道とは何か、伝えることの意義とは何か。望まれる情報と、真に伝えるべき情報とは。太刀洗が最後に取った選択にもハッとさせられた。ジャーナリズムやマスコミのあり方に疑問を持っている人にも勧めたい1冊。

 

執筆:THE21編集部 Nao(「小説」担当)

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