2016年04月12日 公開
2023年10月24日 更新
明治期や戦後のような混乱期に現われた名経営者たち。その努力の上に、今の日本がある。そのような歴史的な視点を持つことの大切さを、楠木氏は強調する。
「メディアを見ていると、『最近の若者は内向きだ』『韓国など、他のアジア諸国の若者はどんどん留学したりしているのに……』と嘆いているおじさんたちがいます。『何を言っているんだ?』と私は思いますね。
私は南アフリカで育ちました。父が機械部品の会社で南アフリカ支社長を務めていたからです。当時、現地の日本人コミュニティで私が見ていたのは、ロクに現地の言葉もできないのに、極東のちっぽけな国から商品を持って乗り込んでくる、極めて外向きでアグレッシブな日本人でした。
でもそれは、当時は日本の内需があまりに小さくて国内では商品が売れなかったからであり、『ここにいても良いことはないし、アフリカにでも行くか』と思えるくらい昭和30年代の日本が貧しかったからです。
今の日本は安全で安心、清潔です。不況とは言ってもギリシャやブラジル、シリアと比べればはるかに豊かで住みやすい。となれば、外に出たくなくなって当然。もし、日本人が昔と比べて内向きになっているとしたら、それこそ戦後日本の偉大な成果です。
話を戻すと、こうした社会のダイナミズムを考えずに、表面だけを切り取って『最近の若者は内向きで……』と考えることは、まさに経営者的思考の対極です。つまり、物事の総体を見ていないわけです。『今、ここ』のことだけを切り取って、時間的にも空間的にも限られた状況で最適化してしまっている。これは『担当者』の思考です。長い時間軸を持って、広い視野で考えられるのが経営者なのです」
では、良くも悪くも成熟した現代の日本で、過去の経営者たちから何をどう学び取ればいいのだろう。
「彼らがやった1つひとつのアクションを自分の仕事に取り入れようとしても役に立たないでしょう。大事なのは『抽象化』することです。抽象化とはどういうことか。たとえば、私はクッキーやビスケットは嫌い。羊羹は好きで、水羊羹はもっと好きです。要するに、甘いものだったら水分の含有量が多いほうが好きだということ。この『要するに』が抽象化です。『水羊羹が好きだ』『みつ豆はどうだ』という個別のことではなく、その背後にある抽象化された論理は、違う文脈においても通用する汎用性があります。『ラスクとシュークリームなら、シュークリームのほうが好きそうだな』と応用して考えられるわけです。
ビジネスでは、日々の問題も成果も、個別具体的に現われます。完全に同じことは2度と起きません。優れた経営者は、個別具体的な事象から、必ず、『要するにこういうことだな』という抽象化された論理を引き出し、頭の中に入れておく。そして、別の問題に出会ったときに、使えそうな論理を取り出してきて解決できる。俗に『ブレない』と言われる経営者は、抽象化された論理がその人の行動の基準になっているために、世の中が変わってもジタバタせずに乗り越えていけるということでしょう。具体と抽象の行き来をする習慣を持つことは、我々にとっても有益だと思います」
名経営者の視点、思考から学べる点は多い。だからといって、誰もが経営者を目指す必要はないとも楠木氏は言う。
「経営者は1,000人に1人いればいい。みんなが経営者になったら、かえって住みにくい世の中です。フォロワーがいなければリーダーもいませんから。
私自身も経営者ではありませんが、仕事上、優れた経営者たちについて書かれた本を読みます。そして、読めば読むほど『経営者にならなくてよかったな』と思います。自分は向いていないからです。経営を担える特定少数の人材が組織のどこにいるのか、普段から見極めておくことが、多くの人にとってきわめて大切なのです」
《取材・構成:川端隆人 写真撮影:まるやゆういち》
《『THE21』2016年4月号より》
更新:11月22日 00:05