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メルケル独首相、強力なリーダーシップの源泉とは?

2015年09月08日 公開
2023年02月20日 更新

熊谷徹(在独ジャーナリスト)

 

期待されていなかった「ピンチ・ヒッター」

 

 メルケルが2005年に首相に就任してから今年で10年。欧州首脳の中で最も豊富な経験を持つ。ユーロ危機にもかかわらず、ドイツは他の加盟国に比べ経済状況が良好で、EUの事実上のリーダー国と見られている。

 1954年生まれのメルケルは、ハンブルクから東側に移住した牧師の娘。社会主義政権が支配した東独で育った。東ベルリンの科学アカデミーで物理学を専門とする研究員として働き、政治とは無縁だった。だが、89年にベルリンの壁が崩壊すると東独の民主化を求める団体に加わり、政界に身を投じた。90年にキリスト教民主同盟(CDU)に加わり、当時首相だったヘルムート・コール党首の目に留まったことで、翌年に連邦青年家庭大臣に抜擢。94年には連邦環境大臣に就任した。

 彼女をCDUの上層部へ押し上げたのは、同党を揺るがしたスキャンダルだった。99年に表面化したコールへの不正献金問題によってCDUが深刻な危機に陥ったとき、メルケルが党首に選ばれたのだ。つまり、同党は、党を刷新するピンチ・ヒッターとして彼女を党の指導者にしたのである。

 2005年にシュレーダー政権が崩壊すると、メルケルは社会民主党(SPD)との大連立政権を率いる首相に就任した。このとき、多くの長老政治家やメディアは「メルケルは、最初の危機に直面したら、挫折して首相を辞めるだろう」とたかをくくっていた。保守政界に確固とした政治基盤を持っていなかったからである。

 だが、「メルケルはすぐ挫折する」という予想は外れた。リーマン・ショックや世界同時不況、ユーロ危機、ウクライナ危機という修羅場を経験するごとに存在感を強め、地歩を固めてきたのだ。日々の政策運営では、「元東独人」というアイデンティティーを極力抑え込んで、すべてのドイツ人の指導者になろうと努めた。

 

国民の支持と周辺国の信頼の理由は?

 

 現在、メルケルはドイツの政治家の中で最も人気が高い。13年9月の連邦議会選挙で、CDUおよび姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)の得票率は、SPDに約15ポイントもの差をつけた。

 メルケル政権の人気が高く、長期政権となっている理由の一つは、景気の良さだ。ドイツの14年の貿易黒字は、経済協力開発機構(OECD)加盟国で最大。10年以降のドイツの成長率は、EUの平均成長率を上回っている。15年4月のドイツの失業率は、4.7%という、EU域内で最も低い水準にある。つまり、同国はユーロ圏の中で「独り勝ち」の状態にあるのだ。

 好景気と脱税犯摘発の強化によって税収は年々改善。14年に連邦政府の歳入と歳出を均衡させ、新規国債の発行を不要とした。

 ドイツ経済が絶好調である理由は、前任者シュレーダーが03年に始めた改革プログラム「アゲンダ2010」によって、社会保障制度にメスを入れ、労働コストの伸び率を抑えて企業の国際競争力を強化することに成功したためだ。つまり、現在の好景気はメルケル自身の手柄ではないのだが、彼女はシュレーダーが蒔いた種子の果実を収穫するという、極めて幸運な役割を演じているのだ。

 さらに、歴代首相と同じく、メルケルがナチスによる犯罪を糾弾し、ユダヤ人や旧被害国に謝罪の意を表していることも、周辺諸国が信頼感を抱く理由となっている。もしもドイツが歴史問題で旧被害国と合意していなかったら、EUの事実上のリーダーになることは不可能だった。彼女は「欧州の政治統合・経済統合を深める以外に、ドイツの生きる道はない」と固く信じている。ドイツは、各国から集団安全保障の面で積極的な役割を演じることも期待されている。

 コールは16年間にわたり首相を務めた。もし、17年の連邦議会選挙でメルケルの続投が決まり、21年までの任期をまっとうすれば、彼女は首相在任年数において恩師コールと肩を並べる。ドイツの政界を見渡しても、現時点ではメルケルほどの影響力と人気を誇る政治家は一人もいない。メルケルが肩の荷を降ろせるときは、まだ当分の間やって来ないだろう。

著者紹介

熊谷 徹(くまがい・とおる)

ドイツ在住ジャーナリスト

1959年、東京都生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に『なぜメルケルは「転向」したのか ドイツ原子力40年戦争の真実』(日経BP社)、『脱原発を決めたドイツの挑戦』(角川SSC新書)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。

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