2015年04月15日 公開
2023年05月16日 更新
科学的にモチベーションをコントロールできる方法があるとしたら、知りたい人は多いのでは。人の行動はすべて脳が司っていると考えれば、脳の仕組みを理解することで、やる気を出す方法もわかるかもしれない。TV番組でも人気の脳科学者・澤口俊之先生に、「脳」と「やる気」の関係について教えてもらった。
<取材・構成 林 加愛 写真撮影:永井 浩>
人間はどんなときに「やる気」を出すのか。それは「報酬への期待を感じたとき」に尽きる、と言えます。
「報酬」の中身は、人によってさまざま。お金や地位、評価、充実感など、個々の価値観によって内容は変わってきます。しかし「頑張ればこれが得られる」と意識すればやる気が上がる、という点は共通です。
報酬を意識したとき、脳内では「ドーパミン」が分泌されます。この物質はやる気だけでなく、思考力や決断力もアップさせます。モチベーションも能力も最大限に発揮されるので、パフォーマンスを上げるには最適な状態となるわけです。
しかしドーパミンの分泌量は、5歳を境に少しずつ低下します。無邪気で好奇心いっぱいの幼年時代がピークで、その後は下がる一方です。
一般的に、若い頃から成功体験を得ていると、ドーパミンの分泌量は高まります。中でも、頑張ったことで「褒められる」という報酬が何より貴重な体験となるでしょう。これは、部下育成など、人を育てるときにも応用できる考え方です。
褒めるときに重要なのは、「頑張った」というプロセスを褒めることです。多くの親や上司が間違いがちなポイントですが、「頭がいいね」「君はデキるね」と能力だけを褒めても、効果はあまりないでしょう。努力や熱意を褒めることで、やる気の回路が育つのです。
努力を褒められて育った人は、たとえ失敗しても「次はもっと頑張ろう」「方法を変えてみよう」と考え、チャレンジを繰り返すことができます。
つまり、どんな状況でもモチベーションを維持できる人を育てるには、能力ではなく努力に価値を置くことが重要なのです。
一方、「叱られる」経験も時には必要です。叱られない状態が続くとそれ自体が報酬になってしまい、現状が悪くても変えようとしなくなるからです。
叱られたときには、「ノルアドレナリン」という物質が出ます。これは「戦うか、逃げるか」という状況で分泌されますが、叱られることに強いタイプなら戦うほうへと傾き、「悔しいから頑張ろう」と、やる気を発揮するでしょう。逆に、そのタイプに当てはまらない人は逃げる方向へ走り、やる気を失いがち。部下を育てる立場の人は、注意が必要です。
両者を見分ける際は、一度叱ってみて反応を見るのがベスト。「もう一度チャンスをください」と食い下がってくる場合は叱られて伸びるタイプ。落ち込んでその後のパフォーマンスが落ちるようなら、叱りすぎは禁物です。
やる気を出し、維持する力にはこのように個人差がありますが、日頃の行動や習慣を通して「やる気の出る脳」を育てることは可能です。
最も簡単な方法は、有酸素運動をすることです。最近の実験では、有酸素運動が「脳由来神経栄養因子(BDNF)」という、神経細胞の成長を担うタンパク質を増やすことが判明しています。感情コントロール力がつくだけでなく、記憶を司る「海馬」が大きくなるなど、記憶力や学習力の向上が図れる、というデータもあります。
ただし、あくまで「適度に」行なうことが大切。それには毎日10分~20分の早歩きがお勧めです。毎日の通勤で歩く速度を早めてみるだけで、十分に効果が出るでしょう。
自分で「報酬」を設定することも有効です。たとえば、「一日頑張ったら帰りに1杯飲もう」「この1週間を乗り切ったら週末は旅行だ」と、楽しいことを用意するのです。
これらの報酬を、1日や1週間といった短いスパンから、3カ月や半年、1年後といった長いスパンのものまで、バリエーションを持たせて設定すると、それだけやる気が続きます。
中でも大切なのは、スパンの長いもの──「目標」をしっかり定めることです。
明確な目標を持つと、人はそれだけ頑張れるもの。ただし、高すぎる目標を設定して「叶わない」と感じてしまうと、モチベーションは落ちてしまうので注意しましょう。
ここで役立つのが、「レンジ法」。目標を一つの数値や程度に限定すると、到達が困難に感じられ、挫折を招きやすくなります。しかし目標値の上下に幅を持たせると、その下限にはたやすく到達でき、さらに頑張ろうという意欲も湧きます。結果、最初の設定よりももっと高い到達点に達することができるのです。
たとえば、現在の体重が80kgの人がダイエットの目標値を定めるとき、いきなり「60kg」と1つの目標値だけを設定すると、失敗したときにすぐあきらめる結果になってしまう。しかし、目標値に幅を持たせて「50~70kg」とすると、まず70kgを達成したときにモチベーションがさらに上がり、結果的に60kg以下まで目指せるのです。
そして、目標よりもさらに強い原動力となるのが「夢」です。ハーバード大学のある実験で、(A)「夢を持ち、それを明記していた人」、(B)「夢はあるが、書いていなかった人」、(C)「夢のなかった人」の3グループの10年後を調べたところ、(A)の年収は(C)の10倍、(B)は(C)の2倍となっていたそうです。夢があるか、それを明確にイメージできているかが、どれだけ生きるエネルギーを左右するかが見てとれる結果です。
夢を持つことは、30代、40代からでも決して不可能ではありません。自分が何に関心を持ち、何に喜びを覚えるかを今一度見直してみましょう。そして「やりたい」と思うことをなんでも列挙してみましょう。
それを得るために頑張ろう、と思いながら毎日を生きられれば理想的です。仕事のみならず、考え方や生き方全体が、前向きでエネルギッシュなものへと変化していくでしょう。
※科学的事実は常にアップデートされることから、将来では否定もしくは正しくない記載も生じる恐れがあることをご了承ください。
《『THE21』2015年3月号より》
澤口俊之
(さわぐち・としゆき)
脳科学者
1959年、東京都生まれ。北海道大学理学部卒業。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。エール大学医学部研究員、北海道大学医学研究科教授を経て、2006年に人間性脳科学研究所所長に就任。11年より武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部教授を兼任。認知脳科学、霊長類学を専門とし、前頭前野の働きを中心に研究を行なう。近著『脳を鍛えれば仕事はうまくいく』(宝島社)など、著書多数。
更新:11月22日 00:05