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“池井戸潤”はなぜ社会現象になったのか?

2014年08月07日 公開
2022年08月08日 更新

香山リカ(精神科医),土井英司(ビジネス書評家)

 

昨年大ヒットしたドラマ「半沢直樹」は驚異の視聴率40%超えを達成し、「倍返し」が流行語大賞を受賞した。その原作者・池井戸潤氏は、「本が売れない」と言われる昨今にベストセラーを量産している。今、池井戸氏の企業を舞台にした小説が売れているのはなぜなのだろうか?

社会心理を分析し続ける精神科医の香山リカ氏と、多くのベストセラーの仕掛け人でもあるビジネス書評家の土井英司氏にお話しいただいた。

<取材・構成:塚田有香/写真撮影:まるやゆういち>

※本稿は『THE21』2014年8月号より一部抜粋・編集したものです。

 

組織の理不尽さをはね返す姿がウケた

――今、池井戸潤氏の作品がブームです。『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』を原作としたドラマ『半沢直樹』が40%を超える視聴率を記録したのも記憶に新しいですし、今年4月期にはやはり池井戸作品を原作とした『ルーズヴェルトーゲーム』『花咲舞が黙ってない』の2本が放映され、原作の売れ行きも好調です。この人気の背景には何があるのか、お2人に語っていただきたいのですが。

【香山】池井戸作品はどれくらい読まれましたか?。

【土井】僕は以前から大ファンで、ほとんどの作品を読んでいます。

【香山】私も、『半沢直樹』の原作シリーズなどの代表作を面白く読みました。池井戸作品以前にも、もちろん銀行や企業を舞台にした小説はあったわけですよね。

【土井】バブル崩壊後の金融業界を描いた高杉良さんの『金融腐蝕列島』などが代表的ですね。企業小説の中でも、銀行を舞台にした作品は以前から人気が高いんですよ。お金の論理が通るところには、何らかの理不尽さが発生するじゃないですか。そこに人間ドラマが生まれやすいのだと思います。

ただ、高杉作品では大企業で働く組織人の悲哀が描かれて、それに読者も共感するという図式だったのが、最近の小説は組織への不満を溜めた個人が描かれて、「この理不尽さに対して何か言ってやりたい」という思いが前面に出ている作品が多い。理不尽さに耐え忍ぶか、やり返すかの違いというか。後者はまさに、『半沢直樹』の世界ですよね。

【香山】私の診察室にも、理不尽な思いを抱えた人がたくさん来ますよ。「私の年収、低すぎ……?」という転職サイトの広告をよく見かけますが、あれに反応する人が多いということは、「今の私は正当に評価されていない」と思いたいわけですよね。「こんなはずじゃない」という気持ちを抱えている人が多いと思います。

【土井】経済が成熟すると、金融緩和によるインフレと増税があるのがセオリーですが、歴史的に見るとこのタイミングで必ず一揆が起きているんです。だから僕は、『半沢直樹』ブームは一種の一揆現象だと思います。理不尽なものに追い込まれた人たちが、あのドラマを見てうっぷんを晴らしたんじゃないかと。

【香山】なるほど。私なんかは、中学生レベルの感想で申し訳ないんですけど、「銀行員はこんな仕事をしているんだ」という、社会見学的な読み方をしたんですよ。だって正直、銀行員って何をしているか、よくわからないじやないですか(笑)。他にも、『下町ロケット』なら町工場が描かれますし、普段は縁のない世界を垣問見る楽しさがありました。でも、『半沢直樹』で描かれた銀行の姿って、実際はどれくらいリアルなんでしょうね。

【土井】かなりリアルらしいですよ。普通なら「上司の立場にいる人が、組織に残りたいがために部下に土下座までするか?」と思いますよね。でも銀行関係者に聞くと、「あるある」って。

【香山】えーっ!? あんなことがほんとうにあるんですか?

【土井】「泣いて土下座することくらい、よくあるよ」と言っていました(笑)。大きな組織にいる人間は、そこに残るためなら何でもするということかと。

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